祈りの日々ー家族の闘病記ー

草加奈呼

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五月五日

7・教会

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 その場所を見つけるのに不安があったが、意外に早く辿り着くことが出来た。
 とは言っても、一直線に辿り着いた訳ではない。

 教会らしき建物を発見してこれだと思って車を停めてみると、西欧風の豪華な民家であったり、風変わりな託児所であったりして、少々迷った後に辿り着いたのだ。

 それは、古い民家に教会らしき看板が掲げられているに過ぎない、質素な建物であった。それが却って安心して私の足を踏み入れさせることにもなった。
 2階へ案内されるままについて行くと、そこは田舎風の民家によくありがちな、二間続きならぬ三間続きの座敷があった。襖は全部取り外されて、大きな一間の部屋の雰囲気である。そして一番奥には、仏壇の化け物とでも言いたげな、大きな壇飾が組まれてあり、私は田舎の一般家庭で行う葬式を想像した。

 誰もいない閑散とした部屋に、壇飾だけが立派で荘厳に思えた。
 案内してくれた住職らしき女性が、濃紫色の前掛けを出して来て、二枚のうち一枚をその人が腰に着け、もう一枚を私に着衣するようにと言った。
 その住職らしき人は、私がいかなる理由でここへ訪れたかを聞こうともせず、即座に般若心経を唱え始めた。それが終わると彼女と私は向かい合って座り、命ぜられるままに私は目を閉じた。瞼の向こうで、彼女が手を叩いたり、膝頭を掌で打ったりしながら、かの有名なシリーズ映画の主題歌に似た節回しで、私への教えのような文句をうたい始めた。

〈親を大事にせにゃならぬ。先祖の供養も忘れぬように。そして欲得考えず、血の汗流して働けば、どんな苦労も切り抜けられる。心配めさるな御方よ。今の苦労も三月の後に、必ず解決するだろう〉

 この通りではなかったかもしれないが、多分こんな歌であったと記憶している。
 私はその間、ずっと目を閉じたままであった。
 何も見えないことが、かえって私の不安な気持ちを沈めてくれたように思う。
 それが終わると住職は、

「目を開けて下さい」
 と言い、
「何か困ったことでも起きたのですか」
 と、初めて事情を訊ねた。

「実は、1歳と9ヵ月になる娘が、化膿性髄膜炎かのうせいずいまくえんという恐ろしい病気にかかりまして、医者から生命の保証が出来ないとまで言われました。何とか助かる見込みはないものかと途方にくれて、お伺いに参りました」

「そうですか。それはお気の毒ですねえ」

「一体どうしたら、娘の命を救えるのでしょうか。教えて下さい」

「現代医学は発達していますから、心配でしょうが、まず医学を信じるべきです。それから、貴方が我が子可愛さにここまで考えられた、その真剣な心が、お子様の病気を治すことになるかもしれません」

「今、私がやらなければならないことは何でしょうか」

「それは、先祖の供養です。そうすれば、きっと幸福が訪れますよ」

「先祖の供養が不足していたんでしょうか」

「いいえ、一概にそうとは言いきれませんが、貴方のおうちの方には、畳の上で死ぬことが出来なかった人がおられるように考えられます。その方に対する供養が充分でなかったこともあるかもしれません。それから、氏神様を大切にして下さい。先程お聞きになったように、3ヶ月の後には、あなたの今の苦難は、全て解決に向かうということです。焦らず、諦めず、毎日を強く、真心を持って生活して下さい」

 なんだか、ひどく一般的で誰に当てはめても不自然でない解答のように思えて、少し残念だった。安子さんの体験談によると、もっと具体的な解明が下される筈だったからである。
 その体験談というのは、安子さんが過去に原因不明の熱が出て、医者にかかっても薬を飲んでも治らないことから、この教会のお世話になり、

〈貴女は、生きた樹木に釘を打ったことはありませんか〉

 と言われたと言うのだ。
 彼女が、よくよく過去の記憶を辿ってみると大掃除の時、畳を叩いて埃を落とす作業をするため一人で畳を支えることが困難で、生きた松の大木に大きな釘を打ち付けて、それに畳を吊り下げたことを思い出した。
 早速その松の木を調べてみると、彼女が打ち付けた釘は、その時のまま誰に抜かれることなく残っていた。釘を抜いて許しを乞うと、嘘のように熱が引いてしまったと言うのだ。
 釘を打ったから熱が出たということもなかろうし、その釘を抜いたから熱が引いたというのも、眉唾ものだと言えそうであった。丁度熱も下がろうとしている時期に、釘を抜いたに過ぎないという、偶然だろうと私は思った。
 だが、そうは思っても小夜の病気の原因が、それと同じように具体的な原因からであるという答えが出されることを期待していただけに、私は何とも空虚な気持ちになっていた。
 氏神様を大切に、とか先祖供養を充分に、などの答えは、現代人の全ての人々に当てはめたいことであると思える。それに、畳の上で死ねなかった人があるというのも大昔にさかのぼれば、どこの家系にも一人ぐらいはいるだろう。
 残念な気持ちもあったが、具体的に何が悪いと言った恐ろしい答えが出なかったことに、安堵する気持ちも湧いていた。
 そして私は、あらかじめ用意して来ていた現金入りの祝儀袋を、御礼のつもりで差し出した。

「私共は、それを受け取らせて頂くわけにはまいりませんので、もし、お心があるのでしたら、仏壇に供えて下さい」

 と、住職に言われて、私は仏壇に静に供えると手を合わせた。
 何だか、ここに来たことによって小夜の病気が治るなどという浅はかな考えは、どこかへ吹き飛んでしまったような気がする。

 私は教会を出ると、そのまま中央病院へとハンドルを握った。
 車を走らせながら、どういう訳か、先程の映画の主題歌に似た節回しが、頭にこびり付いて消えなかった。
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