祈りの日々ー家族の闘病記ー

草加奈呼

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五月十四日

18・面会謝絶

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 それから家に帰って、昨夜やり残した背広の検査を終え、伯母に連れられて田舎へ行っている里志を迎えに行った。
 私の母は、たこやきやお好み焼きの店をやっていて、中学生くらいの客が数人いたために忙しそうであった。里志が、アイスクリームを5個も食べたが、腹の具合が悪くならなければよいが、と言って母が苦笑している。
 寝たきりであった祖母が、椅子に腰掛けていた。92歳にもなる年寄りが、こんなにも元気になるなんて不思議なくらいだ。と言って、伯母は毎日看病に通った成果を、さも満足そうに語った。
 父もソファに腰掛けて、身を持て余すように煙草を吹かしていた。
 私は、父や伯母の相手をして話し込む暇はなかった。
 これから直ぐにも里志を連れて帰り、紳士服工場へ行かなければならない。その後は配達がある。そして、夕食の準備も待っているのだ。
 私は、里志を連れて早々に田舎の家を出た。

「お父さん。電車で遊ぼ」
 家に着くと、早速里志がそう言った。

「今からアズマへ行かなきゃいけないから、また後で遊ぼう」
 アズマと言うのは、紳士服工場の会社名である。

「またアズマか……。つまんないなぁ」

 そう言って、里志はテレビのスイッチを入れた。午後5時にもなると子供向けの番組が多く、毎日楽しみにしているらしかった。
 20着ずつの背広を包み込んだ大きな風呂敷包みを3つ、合計60着を車に積み終えると、もう紳士服工場の終業時刻が近付いていた。

「早く早く。出掛けるよ。アズマへ行くよ」
そう言って、私は里志をせかせた。だが、テレビに熱中している里志は何の返事もしない。

「早くしないと遅れてしまうよ」
 少し声を大きくして言ってみた。だが、それでもテレビの画面を喰い入るように見つめている里志には、私の声が耳に入っていないかの様子である。

「里志、里志」
 私は、怒ったように声を荒くした。

「は……」
 と、里志は初めて気がついたように、驚いて私の方を見た。
「テレビを見たければ、見ながら留守番してなさい」
「僕も行く」
 里志は、しぶしぶスイッチを切って出て来た。
 何だか可哀想に思えて来る。
 車で走る途中でも、
「あの漫画、見たかったなあ。アズマから帰っても、まだやってるかなあ。もう終わってしまうかなあ……」

 などと、全く名残惜しそうにしている。
 留守番をしていろと私は言ったが、もしもその通りに里志が留守番をしていると言い出したとしたら、それはやはりさせてはならないことであった。5歳の幼児に留守を頼んで、事故でも起きたら大変なことである。庭も何もなく、玄関を出たら直ぐ道路になっている私の住まいは、うかつに飛び出そうものなら即座に自動車に跳ねられることになるだろう。心配で、とても里志一人だけ残して行くことは気持ちが許さない。

 今日もいつものように交換して来た背広を配達し、里志と二人で夕食を済ませた。そして、休む暇もなく病院へ向かった。
 二日ばかり病院へ行っていなかったので、小夜の容態が心配でたまらなかった。心配だが病院へ行くには遠過ぎたし、また忙し過ぎてとても行く暇などなかったのだ。
 それに、所帯が二つに分かれてしまったような今としては、病院では妻が小夜を見守り、家の方では私が里志を病気になどさせないように守って行くという風に、仕事の分担が必要だと考えたからである。
 夜になっても眠ることさえ許されないほど仕事が山積みされていて、体力の限界も考えなければならないことも事実であった。私が毎日病院へ行って、小夜の小さな手を握ったり、頬ずりしたところで容態が良くなる筈はない。それは、医師に任せるよりほか、何の術もないのである。であれば、小夜にとっても大事な、小夜の兄である里志の生活までも滅茶苦茶にしてしまってはならないのだ。

 とにかく、そんな理由で二日間、小夜の顔を見ていない。
 その二日間が、随分長く感じられた。
 どうか私の知らない間に、嘘のように回復していてくれと祈りながら、病室の入口まで来た。そこには、今までなかった白い樹脂製の札が掛けられてあり、黒い文字が印刷されていた。
 里志が、いち早く発見して、

「これなに?」と言った。
 私は、その札の文字を見て、愕然とした。

〈面会謝絶〉

 そう書いてあったのだ。
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