祈りの日々ー家族の闘病記ー

草加奈呼

文字の大きさ
22 / 44
五月二十四日

22・新幹線

しおりを挟む
 14日に撮影した航空写真の見本を、航空写真会社の社長である中川宅まで取りに行った。

 土曜日なので、保育園は11時までである。里志を迎えに行ったその足で、隣県の中川宅へ直行したのである。
 私の仕事は、会社が遠いことと、営業成績さえ上げて行けば良いということで、毎日出社する必要はない。急な用事がある時だけ、出社することになっている。
 中川宅までの道のりは、うまく行っても1時間、ラッシュアワーなどにぶつかると、1時間半もかかってしまうことがある。

「お父さん、新幹線が通るの見たいなあ」
 と、里志が言った。

「中川さんとの約束の時間に間に合わないから、帰りにしなさい」

 そう言いながら、新幹線のガード下を通過して間もなく、列車の音が聞こえて来た。里志が、車の後方をガラス越しに覗きながら、

「お父さん、ちょっと停まってよ。早く停まって」
 と、叫ぶように言った。

 可哀想だが、里志の言うことを聞いてやる訳にはいかなかった。

 中川氏に会うとすぐ喫茶店へ入り、仕事に関することで今後の打ち合わせなどを始めた。里志は、バナナサンデーなどを食べて御機嫌ではあったが、それも長くは続かなかった。暫くすると、もう帰りたいとか、まだお話終わらないのとか言い出して、だなめながら待たせるのに苦労した。

 帰り道、約束通り新幹線のよく見渡せる場所に車を停めて、ひかり号やこだま号の通過するのを里志に見せた。
「1、2、3、4、5、6、7、8……」
超スピードで通過する列車の数を、里志は懸命に数えたりして楽しんでいる。

「16輌。すごいなあ」

 もう帰ろうと言う私に、里志は「もう一回だけ、もう一回だけ」とねだって、ついつい時間が過ぎて行った。
 こんな時こそは、神経質な里志も、妹が入院していることや、母親のいないことを忘れているのだろうと私は思っていた。ところが、さあ帰ろうと思った時、

「小夜にも見せてやりたいなあ」
 と、里志が呟いたのである。

 ハンドルを握りながら、私の頭の中は、今日これからの仕事のことで一杯である。家に帰れば、すぐにもアズマへ行かなければならない時間だろう。その後は、配達である。配達が終わったら病院へ行って、小夜の様子を見て来なければ……。
 絶食から解放された当初の小夜は、凄まじい勢いで食べていたのだが、徐々に食欲が失せて来て、妻を嘆かせている。麺類なら比較的食べてくれそうに思って、病院内の食堂で買って来たうどんを食べさせたりもしているらしいが、何しろ食事時になると、妻は一苦労するらしい。

 それに、心配の種はもう一つある。
 点滴を止めてから、どうしたことか時々熱を出すと言うのだ。
 妻は、点滴を中止した時期が早過ぎたのではないかと、毎日心配でならず思い余って医師に相談したと言う。だが医師からは、髄膜炎から来る熱ではないから、暫く様子を見ると言われたそうだ。
 そんなこんなで、妻も安堵する時などなかっただろう。
 今日の小夜は、どんな容態でいるのか。私に仕事がなかったら妻と交替して、小夜を日毎夜毎看病していたい気持ちで胸が一杯になって来る。
 そうやって、運転中も小夜のことばかり考えてしまうのだった。
 里志は、中川氏の奥さんに買ってもらった菓子を食べながら、かなり退屈そうな表情で車窓を眺めている。
 里志とこの道を走るのも今では数回に及んでいて、もう彼にとっては何ら物珍しい風景ではなかった。
 ただ、新幹線列車の走るところだけはいつ来ても見たいらしく、それだけは飽きることがなかった。

「お父さんも、チョコレート食べたいなあ」

 暫く里志が黙っていたことで、私から話しかけてやらなければと思う気持ちも働いて、そう言ってみた。

「うん。これ全部食べなよ。僕はもう沢山食べたから、お腹一杯」

 5歳の保育園児とは思えないような、しっかりした答えが返って来て、私の気持ちを安堵させてくれる。そんな時、私は思う。
 ああ、もう何もいらない。子供たちさえいてくれたら、我が子さえ元気に育ってくれたら、それ以上のことをどうして望む必要があるだろう……と。
 それは、小夜が重病になったことで、ますます痛切に感じるようになった。

 子供を妻の母親に託して喫茶店を開業していたら、子供たちは親の愛を知らない人間に育ってしまうかもしれない。
 だがしかし、彼らが成人しようとする程まで大きく育った頃になれば、「もっと金持ちの家に産まれたかった」などと不平を言い出すかもしれない。
 けれども、それはそれでいい。不平を言える程の大きさにまで我が子が育ってくれたことに、喜びを感じるような親になりたいと思う。
 もしも、子供たちに不平を言われた時に困るからなどと、現在の幸せを犠牲にしてまで金儲けに追われていたとしたら。そして妻の体を借りなければならない、喫茶店などをやり始めたとしたら。父親の私はともかくも、母親まで奪われてしまった子供たちは、一体どんな気持ちで毎日を過ごして行くのか。
 私は、断じて子供たちに、そんな寂しい生活を送らせてはならないと考える。
 幼少時代には、幼少時代なりに親の愛が必要であり、大きくなればなったで、その年代に相応しい愛情を欠くことは出来ないのだと思う。
 それは決して過保護ではなく、親が子に対する深い愛であり、責任感だと思うからだ。
 親として立派なのは、財力でも権力でもない。
 ただひたすらに、我が子の幸福と健康を願い、世間に恥じることのない生きざまをして行くことこそ、私なりの生涯の仕事なのだと思う。

 ああ、早く小夜の病気が治ってほしい。小夜が元気になったら、その時こそ私は、必要以上の欲は持たないようにして、子供たちとの接触の時間を出来る限り作るように努力しよう。
しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?

新しい家族は保護犬きーちゃん

ゆきむらさり
エッセイ・ノンフィクション
〔あらすじ〕📝初めて🐶保護犬ちゃんを迎え入れる我が家。 過去の哀しい実情のせいで人間不信で怯える保護犬きーちゃん。 初日から試行錯誤の日々と保護犬きーちゃんがもたらす至福の日々。 ◇ 🔶保護犬ちゃん達の過去・現在の実情の記述もあります🐾 🔶日々の些細な出来事を綴っています。現在進行形のお話となります🐾 🔶🐶挿絵画像入りです。 🔶拙いエッセイにもかかわらず、HOTランキングに入れて頂き(2025.7.1、最高位31位)ありがとうございます🙇‍♀️

カクヨムでアカウント抹消されました。

たかつき
エッセイ・ノンフィクション
カクヨムでアカウント抹消された話。

【完結】『80年を超越した恋~令和の世で再会した元特攻隊員の自衛官と元女子挺身隊の祖母を持つ女の子のシンクロニシティラブストーリー』

M‐赤井翼
現代文学
赤井です。今回は「恋愛小説」です(笑)。 舞台は令和7年と昭和20年の陸軍航空隊の特攻部隊の宿舎「赤糸旅館」です。 80年の時を経て2つの恋愛を描いていきます。 「特攻隊」という「難しい題材」を扱いますので、かなり真面目に資料集めをして制作しました。 「第20振武隊」という実在する部隊が出てきますが、基本的に事実に基づいた背景を活かした「フィクション」作品と思ってお読みください。 日本を護ってくれた「先人」に尊敬の念をもって書きましたので、ほとんどおふざけは有りません。 過去、一番真面目に書いた作品となりました。 ラストは結構ややこしいので前半からの「フラグ」を拾いながら読んでいただくと楽しんでもらえると思います。 全39チャプターですので最後までお付き合いいただけると嬉しいです。 それでは「よろひこー」! (⋈◍>◡<◍)。✧💖 追伸 まあ、堅苦しく読んで下さいとは言いませんがいつもと違って、ちょっと気持ちを引き締めて読んでもらいたいです。合掌。 (。-人-。)

アルファポリス投稿時間について

黒いテレキャス
エッセイ・ノンフィクション
アルファポリスに投稿する時間はいつ頃がベストなのか?

アルファポリスの禁止事項追加の件

黒いテレキャス
エッセイ・ノンフィクション
アルファポリスガイドライン禁止事項が追加されるんでガクブル

皆さんは呪われました

禰津エソラ
ホラー
あなたは呪いたい相手はいますか? お勧めの呪いがありますよ。 効果は絶大です。 ぜひ、試してみてください…… その呪いの因果は果てしなく絡みつく。呪いは誰のものになるのか。 最後に残るのは誰だ……

投稿インセンティブで月額23万円を稼いだ方法。

克全
エッセイ・ノンフィクション
「カクヨム」にも投稿しています。

処理中です...