祈りの日々ー家族の闘病記ー

草加奈呼

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六月八日

28・指人形

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 今日は日曜日なので、病院へ行くにも里志を連れて行かないということは出来ない。

 久し振りにお母さんに会える。そして小夜に会えると言って、朝からはしゃいでいる。二人で朝食を終えると、妻に今日の昼食は、私の作った弁当を食べさせてやろうと準備した。
 それから、昨夜妻から電話で注文があった、着替えなどを探すのも一苦労だった。整理ダンスや洋服ダンスを引っ掻き回し、それでも見つからない場合は、ダンボールなどを棚の上から下ろして、一箱ずつ点検しなければならなかった。
 いざ見つけたと思っても、よく見るとそれが本当に妻の欲しい衣類であるかどうかがわからない。あれもこれも袋に詰め込んで持って行き、向こうで妻に選ばせればよいが、そうなると、予定の荷物が倍の量になって持ち運びさえ大変である。

 里志は、昨夜私が作った指人形を、小夜に見せてやるのだと言って準備している。里志が作ってくれと言うので、昨夜はほとんど徹夜で指人形を縫った。
 男の私が縫うのだから、女性が見たらなんと不器用な作り方をした人形だろうと、笑うかもしれない。
 頭と両手には、指が入るように厚手の画用紙程度の紙を小さく切って輪を作り、その輪に、あらかじめ作っておいた布製のパーツをくくり付けた。その布は、綿を詰め込んでテルテル坊主のような形にしてあり、それをピンク色の端布で作った、拳が入るくらいの可愛らしい洋服に仕上げたのだ。
 頭には茶色っぽい糸を何本も縫い付け、金髪のように見せかけた。だが、丸い頭全体に細い糸を一本一本取り付けるのは大変だったため、糸は額のところだけにとどめた。髪のない丸坊主の部分は、帽子を被せて隠し、最後にマジックペンで目・鼻・口を描いて、どうにか仕上げた。

「これ、僕が寝ている間に作ってくれたの? お父さん、僕のために指人形作ってくれてありがとう」

 里志は、わざとらしいほど丁寧に礼を言った。
それは、里志のいつもの癖である。嬉しい時は、いつもそうやってはっきりと礼を言うのだ。
 大方の準備を済ませ、車に持ち物を積み終える。どういう訳か忘れ物をしているような気がしてならず、部屋中を眺め回してみたり、裏窓のかぎは掛けただろうかと、いちいち点検している私を見て、

「お父さん、早く行こうよ」
 と、すでに外へ出て車の傍で待っている里志が、大声で私を急かせる。

 病院に着くと、小夜の熱は37度3分に下がっていて、まず一安心というところであり、驚くほど元気であった。
 妻の母親が昨日から泊まってくれて、妻の手助けをしてくれていた。
 昼になると、私の手作りの弁当を、妻と妻の母親は二人で分け合って食べていた。妻は、私の作った卵焼きを、少し固いから水を混ぜて焼いたほうがいいなどと小言を言いながら、それでも微笑んで食べていた。
 心の中では、きっと喜んでくれているに違いないと思った。

 今日は、里志を病室へ入れてやることにした。
 里志の風邪も治ったようであったし、それに小夜の麻疹が里志に伝染することは、恐らくないと考えた。そうでなければ病院へ来るたびに、里志だけが廊下で待ち惚けでは、余りにも可哀想で仕方がなかったからだ。
 それに、今日の場合はもう一つ理由があった。
 指人形を見せてやりたいと言って、わざわざ持って来た里志の気持ちを無駄にしたくなかったからである。
 小夜は、里志の指人形を借りて自分でもやってみようとしたが、うまく指を使うことが出来ず、結局手に持って眺めているだけだった。
 私が新しく買ってきた絵本を小夜に見せると、喜んで「これは?」などと質問して、私に答えさせて楽しんでいた。私が便所へ行きたいために妻と交替しようとすると、「パパ、パパ」と言って、私を離そうとしなかった。

 里志は、妻の母親と一緒に売店へ、菓子を買ってもらいに行った。
 麻疹もどうにか末期に差し掛かって来たのか、小夜の顔に出来ている赤いつぶつぶが、かさかさになって皮がむけている。麻疹は、髄膜炎に影響を及ぼさなくて済んでいきそうであった。
 後は、左手首の不自由がなければ完治するような期待を、ふと私はこの時抱いた。
 だが、意識が回復し元気になればなったで、それなりに可哀想であった。
 大人であれば、自分が入院しなければならない理由が判断できるものを、未だ2歳にもならない小夜には、それが判らないから可哀想なのだ。

 どうして家に帰れないのだろう。
 どうして、こうも同じ部屋の中で退屈な毎日を過ごさねばならないのだろう。
 何故、時々背骨に針を打たれて、痛い思いをしなければならないのだろう。

 そんなことを、恐らく私たち両親に問い掛けてみたいに違いない。
 だが質問しようにも、そんな言葉を知らない小夜には、「いやだ」とか「痛い」といった単語で訴えるしか方法がない。それしかできずに、もどかしい思いをしているのかと思うと、私は小夜が哀れで哀れで、いてもたってもいられない気持ちになるのだった。


 里志は、妻の母親に菓子などを買ってもらって、上機嫌であった。

「はい、小夜のプリン」

 と、やはり妻の母親に買ってもらったプリンを、里志が差し出す。すると小夜はそれには見向きもせずに、里志がもう一方の手に持っているチョコレートを欲しがった。

「チョコレート、チョコレート」
 と、泣きながら手を伸ばしている。

「半分あげなさい」
 と、妻が言うと、
「じゃあ、僕も小夜のプリンを半分もらうよ」

 と言いながら、しぶしぶチョコレートを割って小夜に与えていた。
 里志はプリンを半分食べたが、小夜に与えたチョコレートは三分の一ほどしかなかったのには苦笑した。

 帰り際、里志が指人形を持って帰ろうとすると、小夜が欲しいと言って離さないので困ってしまった。

「今度、また来るまで貸してあげなさい」
 と言いきかせても、里志はきかなかった。

「お父さんに作ってもらった、大事な人形だから」
 と言って、里志もべそをかく。

 仕方なく、小夜をなだめすかして里志に持たせてやることにした。

「小夜には、また今度作ってやるからね」
 と、私は言った。
「あのお人形は、お兄ちゃんの物だからね」
 妻も小夜を説得しようとしていた。

 だが、説得のきく年齢ではない。泣いて欲しがるのをなんとか振り切って、病室を出るより方法はなかった。
 妻の母親が、一緒に帰りたいから乗せて行ってほしいと言うので、三人で病室を出た。

「おばあちゃんと一緒に帰れる」

 と、里志は喜んではしゃいでいたが、一度に三人もが帰ってしまって、小夜はさぞかし寂しい思いをしているだろう。そして、妻がその小夜の気持ちを紛らせるために、四苦八苦しているだろうと思った。

 明日は、また髄液検査の予告を受けている。
 小夜の痛烈な泣き声を聞くのは、なんとも耐えられないことである。
 明日は病院へ来るのを止めようか……。それとも……。
 と、私は迷うことしきりであった。

 夕方、スナック結のマダムが「数日後に開店だから」と、オーデコロンやリクイドの高価な箱入セットを持って、丁寧に挨拶に来た。
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