九鬼妖乱 『鬼』

冬真

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11、その手にあるもの

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「雅也さん、大丈夫ですか! 」 
「なんとか……」

駆け寄ってきた伊坂が膝をついて雅也の手を取る。
打ち掛けを拾い上げた香坂が首を傾げる。

「消えてしまった。鬼はどうなったんでしょうか? 」
「分かりません。貴蝶をつけたけど、どこまで辿れるか……あまり期待できないかも」
 
はぁと、ため息をつく雅也。安堵なのか失望なのか、それとも両方なのか。
気が抜けたのかその場にしゃがみ込んでしまう。

「黒耀、ご苦労だった」
『アルジの思うままに……』
「うん。」
 
座したまま両足を投げ出して頷く。
頭だけ出していた黒耀は雅也の影に戻っていった。

「……まったく無茶をする」
「そうですか? 」
 
伊坂を見上げて困ったように笑う雅也。

「怪我は? これだけですか? 」
 
雅也の両手をとって、クルクルとひっくり返したり裏返したりを繰り返す。
右の手の平には先ほど真鏡でつけた切り傷が真横に走っていた。

見る見るうちに伊坂の白い眉間が寄りくっきりと深い縦皺が刻まれた。

「う……伊坂さんの顔が怖い」
「怖くないです」
「は、はい」
 
こくこく頷く雅也。先ほどまでの勇猛さは欠片も無い。

「えっとぉ、大したことないですよ。ちょっと切っただけで浅いし……もう血も止まってるし。あのー、本当に大丈夫ですから! 」
「本当ですか? 」

じっと見つめる。
目と目と合わせて確認すれば、雅也が小さく頷く。
はぁ、と大きくため息をつくと伊坂はスーツの内ポケットから小さめのバームケースを取り出した。
見た目はよくあるリップバームのようだが、中身は上尾家でよく使われる塗り薬だ。

「たしかに血は止まっているようですね、ひとまずこれを塗っておきましょう。帰ったらきちんと手当してくださいよ。」 
「はい」

少々固めの軟膏だが指先ですくえばそのうちに体温でゆるくなってくる。
雅也の手の平に伸ばしていく。

「それにしても伊坂さん用意が良いですね~。」
「たしかに。兄貴は準備がいい。それ、切り傷とか火傷によく効くんですよね。」
 
手を差し出したまま雅也は暢気に頷いて伊坂のなすがままに任せている。
手の平を見つめていた伊坂が急に真剣な顔をして黙したかと思えば、すぐに視線を落としてしまう。
雅也は首を傾げた。

「伊坂さん? 」
「すみません。本当は、あなたに傷一つ付けないために俺たちがいるのに」
 
きゅっと伊坂の大きな手の平が雅也の手を包み込んだ。

「え? 」
「たしかに。」
 
香坂がおもむろに頭を下げる。

「すみません雅也さん、今回は俺たちの力不足でした。」
「香坂さんまで、」

所在なさげに雅也の目が泳ぐ。
跡継ぎである雅也に何かあれば、それがどんなに些細な傷であっても頭を下げなければならない人間が出てくる。
自分が怪我をすればどうなるか、などということは子供の時にとっくに経験済みのはずだった。

怪我一つとっても自分だけの問題で済まない。
自分の体であっても不用意に傷つけることは許されていない。

「……ごめんなさい。」
 
大人二人に頭を下げられるのは、怒られるよりも堪えたらしい。
しゅん、として意気消沈してしまった雅也。
そのあまりに可哀想な様子にすかさず香坂が伊坂の背を肘でつつく。

(兄貴! やりすぎじゃないのか、雅也さんがかわいそうだ)
(おい、すぐ裏切るな! )
 
双子の以心伝心、目線だけでやり合って伊坂は仕方ないと肩を落とす。

「あー……ごほんっ 雅也さん? 」
「……はい」
「そんな顔しないで、貴方はよくやりました。誰にでも出来ることじゃない。立派でしたよ。」
「本当ですか? 」
 
小首を傾げたまま見上げられ、たじろぐ伊坂。
きらきらと光る鳶色の瞳を瞬かされたら絶対に勝てない。

高校生になって随分男っぽい顔立ちになってきた気もするが、なぜか「愛らしい」という言葉が伊坂の理性を殴ってくる。
子猫に見上げられているような気持ちに近い。

「も、もちろん。」
 
首肯するしかない伊坂を横目に吹き出す香坂。
仕方ないので役に立たない兄に変わって雅也に手を貸してやる。

「そういうことですから、そろそろ行きましょうか雅也さん」
「はい、そうですね」
 
立ち上がった雅也と香坂。


歩き出した二人に置いて行かれて伊坂は、「いや、なんで? 」と首を傾げた。
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