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第2章
14、「君が眠る時」
しおりを挟む後部座席のシートにもたれかかると雅也は、すぐにうとうとと船をこぎ始めた。
(ん~? 伊坂さん、なんか言ってるな)
「ご依頼主にはあとで……」
「そうです、ね」
(あったか~い。)
ふかふかのシートは寝心地がいい。それに伊坂は運転が上手い。
密閉された空間はゆりかごのようなものだ。規則正しいエンジンの振動に眠気が誘われたのか思わず大きなあくびが漏れる。
(ふわぁ、まだ伊坂さんが話してるのに…)
京子から受け取ったブレザーを無造作に放って目を閉じる。
皺になるかもしれないが「まぁ、あとでやるから」と自分に言い訳する。隣のシートに置きっぱなしのカバンも無視だ。
今日はまだ一度も帰宅していない。着替えるまもなく学校から直接河内邸へと足を運んだ。
(さすがに疲れた~)
軽く腕を伸ばして眠い目をこする。
ぼんやりと運転席を見やれば当然のことだが伊坂が変わらずに運転を続けている。
(伊坂さん、いつもといっしょだ)
前を向けばいつでも伊坂がいる。その代わり映えのしない光景が雅也を安心させる。肩の力を抜いても許される。あまつさえ眠ってもいい気がしてくる。
「協会と……警察には……」
「はい、はい」
「……それから、……ですよ? 」
「ですねー」
(僕、しゃべれてるよね)
伊坂には悪いが「はいはい」言いながらその実、話の半分も頭に入ってきてはいない。
ここ最近、学校に仕事にと大忙しなのだ。その送り迎えと言えば伊坂がしてくれていた。
もっと話したいことがあるような気もするが移動は今の雅也にとって貴重な睡眠時間となっていた。
(あー、伊坂さんも疲れてるのに悪いな。でも……ねぇ伊坂さん。僕、今すごーく眠いんですよ? )
伝わらないテレパシーを伊坂の後頭部にぶつけて首をすくめる。睡魔はそろそろ限界。
(そういえば初めて伊坂さんたちに会ったのはいつだったかな? )
伊坂曰く「あなたのことは生まれる前から知ってますよ」だそうだ。それもそのはず。伊坂たち双子の父、上尾有坂(ありさか)は上尾家当主、つまり雅也の父の側近だ。雅也が生まれる前から今の屋敷に出入りしていた。
背の高い有坂に連れられて屋敷を訪れた双子。まだ霧人が生まれる前のことだろうか。
少年らしい伊坂と香坂が寄り添っている姿がなぜかとても輝いて見えたのをよく覚えている。
まだ幼児と言っていいほどの年の雅也に伊坂はやんちゃそうな笑顔を見せ「よろしくね」と言ってくれた。
ことあるごとに有坂と双子は屋敷に顔を出してくれたし、大人たちが難しい話をしている間、雅也と霧人の相手をしてくれた。
(有坂さんはいずれ「側近」にって言うけど……僕にとっては、)
もっと近しい存在だと思う。
どんな言葉が適切なのか回らない頭で考える。
(友達? ではないな…。家族、親戚、うーん。お兄さん…? )
そう、いつも遊んでくれた親戚のお兄さんであることは間違いない。部下などという素っ気ない関係では無いはずだ。
少し年の離れた兄のような。近くもあり遠くもあり、なんとも言えない特別な存在だ。
「雅也さん? 」
(……伊坂さん、いつから僕のこと「雅也さん」って呼ぶようになったんだろ)
出会った頃はたしかに「雅也くん」と呼んでいたはずなのに。いつの間にか「さん」付けになり今や敬語で話している。年下の雅也を立てて次期当主として支えてくれているのは分かっている。
(でも、僕は)
中学生になった伊坂と香坂は、すっかり大人っぽくなって父親に似たのかぐんぐん背が伸びていた。
有坂がいる時は、「雅也さん」と呼び、二人の時は「雅也くん」と呼んだ。
いつの間にか伊坂は、立場というものを理解して振る舞うようになった。
雅也はそれに従った。やがて大人になった伊坂は「雅也くん」と、ほとんど呼ばなくなった。
昔は一緒に遊んでいたのに、それだけで良かったのに。いつの間にか伊坂は大人になり雅也に対して一線を引くようになった。要するにいつまでも子供ではいられないということだ。
寂しいと思うのは我が儘なのだろうか。
「雅也さん? 」
雅也は、こくこくと頷きながらもすでに夢の世界に片足を突っ込んでいる。
少しだけ振り返った伊坂が「雅也くん? 」と呟く。
「ん~……」
つい先ほどまで鬼と戦っていた勇ましい姿からはほど遠い。
すっかり眠りに落ちた雅也のまだあどけない頬を月明かりが優しく撫でる。
起こしてはいけない、と伊坂は言葉を飲み込む。
「…おやすみなさい、雅也くん」
ごく小さな呟きは夢の中へと消えていく。
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