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第2章
17、「上尾雅也の日常」
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『上尾雅也の日常』
都内某所。
良家のご子息ご令嬢が数多く通う有名私立の一貫校があった。
伝統と格式を備えた学び舎、それが「聖鳳学園」である。
広大な敷地と全国にあるキャンパスには、幼稚舎から大学院までそろっている。
一度入ってしまえばあとはエスカレーター式というわけでなんとなく学園全体にのんびりしたお上品な雰囲気が漂っている。
有名企業のご令嬢やら果ては政財界のご子息までお金持ちの学生が多いので車での送迎やら家人のお見送りは日常の光景であった。
さて、雅也も伊坂に見送られて「大丈夫です」と意気揚々と学園に向かったまでは良かった。
学生の本分は勉強。ということで、あくまで家業はまだ見習の範疇を出ない。
いくら多忙を極めようとも学校を欠席することは許されないのだ。
――とはいえ、眠いのもまた事実で。
軽快なチャイム音が授業の終わりを告げる。解放された生徒たちがやにわにおしゃべりを始める。こういうところは普通の学校となんら変わりなかった。
「……はぁ」
そんな明るい雰囲気に似つかしくない翳りのある表情で上尾雅也は小さくため息をついた。
このまま机に突っ伏して眠ってしまいたい。
そんなことを考えていると窓際の席から顔見知りのクラスメートが近寄ってきた。
「雅也くんどうしたんだい? そんな深刻そうな顔して」
「北城くん、いやなんでもないんだけど」
「さては恋の悩みですな! 」
「お、青梅くん? 」
独特な登場を果たしたのは斜め後ろの席の青梅だった。
少々古風にも見える黒縁の眼鏡フレームを押し上げて「ふっふっふ」と意味深長に笑う。
「恋の悩み? 」
「青少年が昼間からため息なんて…ずばり! それしか考えられないでしょう」
「なるほどな! 」
「うぅん…そうとは限らないと思うけど…」
いわゆる華のあるスポーツマン系の北城とオタク気質な青梅。まったく合わなそうなのになぜか意気投合した二人がズイッと詰め寄ってくる。
曖昧に微笑みつつ首を傾げる雅也。
「ちがうのかい? 」
「僕の調べではそうなんですけどね」
「どんな調べだよ」と、突っ込む者はいなかった。
なぜならこの学園に通う者の大半は名家のご子息である。育ちが良い。そしてご多分に漏れずこのクラスの男女のほとんどが資産家の出である。
苦労知らずの彼らの世間は意外と狭い。
(まさか昨日鬼と戦ってそのせいで眠いんです~なんて言えないしな)
「そうだったらいいんだけど…」
「おやおや~? 」
ふぅ、と意味深長にため息をつき頬杖をつく雅也。柔らかそうな髪が微かに揺れた。ただそれだけの行動にクラスの一部がそわそわした。
目敏い青梅が役者ばりに「よよよ」と、よろめいて雅也の机に突っ伏した。
「おお、上尾氏・・・罪なことを!! 」
嘆く青梅に「どうしたの? 大丈夫? 」と、きょとんとしている雅也。
髪を掻き上げながら北城が首を傾げた。
「本当に恋の悩みじゃないのかい? 」
「んー、そういうことにしておいても良いけど」
「またまたぁ! 思わせぶりなことを! これだから陽キャは」
「ようきゃ? 」
復活した青梅が奇声を上げる。彼は時々、雅也の知らない言葉使う不思議なクラスメートであった。
「君のせいでクラスの女の子たち落ち着きがなくなってるよ」
「んー? 」
「雅也くんも北城くんも学園ヒエラルキートップ、その二人が話してるだけで女子諸君がざわめくんだよぉ…その中になぜボクみたいな日陰者がまざっているかというとあれは、そう数ヶ月前に遡る。ボクたちの出会いを語る時がきたようだ」
「え、その話長いの? 」
「聞く気ないですと?! なぜですか雅也くん!! ひどい仕打ち! 」
再度撃沈した青梅を雅也が適当に「よしよし」と慰めている。
「うっうっ原因なのに優しい、ひどい」などと宣う。
「ボクはもう雅也くんの飴と鞭の虜だよぉ…」
「うん? なんかよく分からないけどありがとう? 」
「いやダメだろ、よく分からないのにありがとうって言っちゃ」
泣きつく青梅に呆れる北城。
なかなかにカオスな光景であった。
その時、平和な教室の談笑を打ち切るかのようにガタンッと大きな音が響いた。
「おー、こわっ」
誰かが囁く。
一番後ろの席、佐藤が立ち上がった際に椅子が大きな音を立てたのだった。
周りの女子生徒が一瞬おしゃべりをやめる。
立ち上がった佐藤は無言でそのまま教室を後にした。
「うるさかったかな? 」と、雅也が呟けば北条も「さぁ? 」と首を傾げる。
「そういえば佐藤くん、アルバイトしてるらしいよ」
片手で口元を隠した青梅がこっそりという風に言てくる。
「へぇ~たくましい。っていうか、うちの学校ってバイト禁止じゃなかったんだな」
「バイトってなんの? 」
「さぁ、そこまではさすがのボクも知らないけど。でも! ご実家の方針とか、お父さんの事業が失敗したとか・・実は学校一の不良だとかいろいろ噂になってるんだよ」
「なんだそれ。どれが本当なんだ? 」
「えっ、いや、あくまで噂でして」
「要するになにも知らないってことだね~」
「えっ? え? 二人ともひどくないかな!! 」
バッサリ切られて狼狽える青梅。
「部活にバイトもなんて俺には無理だなあ。」
「北城くんはサッカー忙しいもんね。」
「まぁ、大会もあるしな。それにうちの親、成績が下がるとうるさいんだよね。」
「うちもですー。第一、ボクには初対面の人とのコミュニケーションなんて無理だよ…。雅也くんは? 」
「僕? うーん、どうだろ」
「上尾くんがバイトしてるのなんて想像できないよ」
「たしかに! 上尾のご子息がバイト…ご実家が許してくれなさそうですな。」
「そうでもないけど」
(バイトか。僕のもバイトみたいなものかな? )
「ふうむ」と、頬杖をついて窓の外を見やる。どこまでも続く青い空。天気が良い。
青梅たちの話を上の空で聞き流す。クラスの喧噪ももはや心地良い子守歌だ。
雅也はうとうとしつつあくびをかみ殺す。
そして、家業手伝いはバイトとは言わないと雅也に突っ込める者はいなかった。
都内某所。
良家のご子息ご令嬢が数多く通う有名私立の一貫校があった。
伝統と格式を備えた学び舎、それが「聖鳳学園」である。
広大な敷地と全国にあるキャンパスには、幼稚舎から大学院までそろっている。
一度入ってしまえばあとはエスカレーター式というわけでなんとなく学園全体にのんびりしたお上品な雰囲気が漂っている。
有名企業のご令嬢やら果ては政財界のご子息までお金持ちの学生が多いので車での送迎やら家人のお見送りは日常の光景であった。
さて、雅也も伊坂に見送られて「大丈夫です」と意気揚々と学園に向かったまでは良かった。
学生の本分は勉強。ということで、あくまで家業はまだ見習の範疇を出ない。
いくら多忙を極めようとも学校を欠席することは許されないのだ。
――とはいえ、眠いのもまた事実で。
軽快なチャイム音が授業の終わりを告げる。解放された生徒たちがやにわにおしゃべりを始める。こういうところは普通の学校となんら変わりなかった。
「……はぁ」
そんな明るい雰囲気に似つかしくない翳りのある表情で上尾雅也は小さくため息をついた。
このまま机に突っ伏して眠ってしまいたい。
そんなことを考えていると窓際の席から顔見知りのクラスメートが近寄ってきた。
「雅也くんどうしたんだい? そんな深刻そうな顔して」
「北城くん、いやなんでもないんだけど」
「さては恋の悩みですな! 」
「お、青梅くん? 」
独特な登場を果たしたのは斜め後ろの席の青梅だった。
少々古風にも見える黒縁の眼鏡フレームを押し上げて「ふっふっふ」と意味深長に笑う。
「恋の悩み? 」
「青少年が昼間からため息なんて…ずばり! それしか考えられないでしょう」
「なるほどな! 」
「うぅん…そうとは限らないと思うけど…」
いわゆる華のあるスポーツマン系の北城とオタク気質な青梅。まったく合わなそうなのになぜか意気投合した二人がズイッと詰め寄ってくる。
曖昧に微笑みつつ首を傾げる雅也。
「ちがうのかい? 」
「僕の調べではそうなんですけどね」
「どんな調べだよ」と、突っ込む者はいなかった。
なぜならこの学園に通う者の大半は名家のご子息である。育ちが良い。そしてご多分に漏れずこのクラスの男女のほとんどが資産家の出である。
苦労知らずの彼らの世間は意外と狭い。
(まさか昨日鬼と戦ってそのせいで眠いんです~なんて言えないしな)
「そうだったらいいんだけど…」
「おやおや~? 」
ふぅ、と意味深長にため息をつき頬杖をつく雅也。柔らかそうな髪が微かに揺れた。ただそれだけの行動にクラスの一部がそわそわした。
目敏い青梅が役者ばりに「よよよ」と、よろめいて雅也の机に突っ伏した。
「おお、上尾氏・・・罪なことを!! 」
嘆く青梅に「どうしたの? 大丈夫? 」と、きょとんとしている雅也。
髪を掻き上げながら北城が首を傾げた。
「本当に恋の悩みじゃないのかい? 」
「んー、そういうことにしておいても良いけど」
「またまたぁ! 思わせぶりなことを! これだから陽キャは」
「ようきゃ? 」
復活した青梅が奇声を上げる。彼は時々、雅也の知らない言葉使う不思議なクラスメートであった。
「君のせいでクラスの女の子たち落ち着きがなくなってるよ」
「んー? 」
「雅也くんも北城くんも学園ヒエラルキートップ、その二人が話してるだけで女子諸君がざわめくんだよぉ…その中になぜボクみたいな日陰者がまざっているかというとあれは、そう数ヶ月前に遡る。ボクたちの出会いを語る時がきたようだ」
「え、その話長いの? 」
「聞く気ないですと?! なぜですか雅也くん!! ひどい仕打ち! 」
再度撃沈した青梅を雅也が適当に「よしよし」と慰めている。
「うっうっ原因なのに優しい、ひどい」などと宣う。
「ボクはもう雅也くんの飴と鞭の虜だよぉ…」
「うん? なんかよく分からないけどありがとう? 」
「いやダメだろ、よく分からないのにありがとうって言っちゃ」
泣きつく青梅に呆れる北城。
なかなかにカオスな光景であった。
その時、平和な教室の談笑を打ち切るかのようにガタンッと大きな音が響いた。
「おー、こわっ」
誰かが囁く。
一番後ろの席、佐藤が立ち上がった際に椅子が大きな音を立てたのだった。
周りの女子生徒が一瞬おしゃべりをやめる。
立ち上がった佐藤は無言でそのまま教室を後にした。
「うるさかったかな? 」と、雅也が呟けば北条も「さぁ? 」と首を傾げる。
「そういえば佐藤くん、アルバイトしてるらしいよ」
片手で口元を隠した青梅がこっそりという風に言てくる。
「へぇ~たくましい。っていうか、うちの学校ってバイト禁止じゃなかったんだな」
「バイトってなんの? 」
「さぁ、そこまではさすがのボクも知らないけど。でも! ご実家の方針とか、お父さんの事業が失敗したとか・・実は学校一の不良だとかいろいろ噂になってるんだよ」
「なんだそれ。どれが本当なんだ? 」
「えっ、いや、あくまで噂でして」
「要するになにも知らないってことだね~」
「えっ? え? 二人ともひどくないかな!! 」
バッサリ切られて狼狽える青梅。
「部活にバイトもなんて俺には無理だなあ。」
「北城くんはサッカー忙しいもんね。」
「まぁ、大会もあるしな。それにうちの親、成績が下がるとうるさいんだよね。」
「うちもですー。第一、ボクには初対面の人とのコミュニケーションなんて無理だよ…。雅也くんは? 」
「僕? うーん、どうだろ」
「上尾くんがバイトしてるのなんて想像できないよ」
「たしかに! 上尾のご子息がバイト…ご実家が許してくれなさそうですな。」
「そうでもないけど」
(バイトか。僕のもバイトみたいなものかな? )
「ふうむ」と、頬杖をついて窓の外を見やる。どこまでも続く青い空。天気が良い。
青梅たちの話を上の空で聞き流す。クラスの喧噪ももはや心地良い子守歌だ。
雅也はうとうとしつつあくびをかみ殺す。
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