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第3章
27、一報
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それから数日もしないうちに香坂が一報をもたらした。
銀杏館、執務室。
伊坂に伴われて雅也が出社すると、香坂が資料を手に入室してきた。
「分かりましたよ、」
「早かったですね」
雅也がにこやかに頷く。
「河内宗助氏は、安全のため身を隠しています。」
「あぁ、」と声を漏らす。言わずもがな、ここにいる皆が同じ人物を思い浮かべた。
「…佐久間さんが匿ってるわけですね」
「はい。そうですねー。」
佐久間の老獪な笑顔を思い浮かべて誰もが「あのオヤジめ」と、思ったがさすがに口には出さなかった。
「ご明察の通り。ま、最初から佐久間のじい様は全部知ってたわけなんですが」
「うん…まぁ、佐久間さんが匿っている以上、宗助さんの身の安全は保証されているようなものだし良かったということにしましょうか? 」
「さすが、雅也さんは優しいな」と頷く伊坂。
「そういう訳で直接は会えなかったんですが、代理人を通して話は聞けましたよ。まず、彼の話によれば被害者は恨まれるような人物ではなかったと」
「警察にもそのように証言していますね」
香坂の言を伊坂が裏付ける。
「ただ、「枯桜香炉」を巡って面白い話が聞けましたよ。これは警察には話していないんじゃないかな」
「勿体ぶるなよ」
「聞かせてください」
「まあ、落ち着いて。」
香坂が咳ばらいをする。
「宗助氏によると、河内氏と会ったのは事件の1週間ほど前が最後だったそうです。」
亡くなった河内家の当主、河内統吾と宗助は10才程年の離れた従弟であった。
宗助は統吾を「お兄さん」と呼んで慕っていた。統吾はいたって温厚でこれといったトラブルを聞いたこともないしましてや恨まれるような人間ではなかった。
「その日もいつもと変わらず統吾氏行きつけの割烹料理屋で飲んでいたそうですよ。」
熟年に差し掛かった統吾の目じりには皺が増えた。白いものが混じった頭髪を撫でつけながら統悟は「そういえばね、最近、やけにしつこく枯桜香炉を欲しいという人がいて困っているんだよ」と言った。
「枯桜香炉? あのおじい様が気に入っていたとか言うやつですか」と問えば、おしぼりで手を拭きながら「うん」と頷く。
「そうあれだよ。売り物じゃないから、と言っても聞かなくて。何度も連絡してくるので困ったよ」
「はぁ、大変ですね。売ってしまってはダメなんですか? あれはそんなに価値があるものでもないでしょ」
そう聞けば統悟は少し笑ってから首を横に振った。
「まあ、金額は大して問題じゃないんだよ。売ってしまったらおじい様にあの世で怒られてしまうから」
熱めのお茶を一口すすって宗助も「そうですね」と返した。
枯桜香炉は確かに名品だが、決して国宝級だとかマニア垂涎の品だとか言う物ではなかったと記憶している。
売り値も数百万つけば良いところだろう。
しかし、人にはそれぞれ思い入れというものがある。いくら高値がついても売りたくない品物があっても不思議ではない。
「あんまりしつこいんで、この間もう来ないでくれとキツく言ってしまってね」
「それで、その人どうしたんです」
「それから音沙汰なしさ。」
「なんだ、それなら良かったじゃないですか」
「うん。ただあんなにしつこかったのに何もかもパッタリやんだのが逆に気がかりで…。妻がね、変に思い詰めて泥棒にでも入られたらってどうしましょうって言うんだよ」
「なるほど。それは奥様も心配でしょうね」
「それで君、あれを預かってくれないか? 」
「え! 僕がですか! 」
同じ美術品愛好家であり、なにより身内である宗助に預けるのが一番良い解決策だと考えたらしい。
「でも、いいんですか」
「売るわけじゃないし、少しの間だから。もちろんお礼はするから、頼むよ宗助君」
「お兄さん、そんな、いつもお世話になっていますから、ええ、まあ預かるだけなら…分かりました」
宗助が頷くのを見て統悟はホッとしたように目を細めた。
その目じりには深い皺が寄った。
少々気味悪く思いつつも「お兄さんが言うなら」と、宗助はそこまで深刻に考えず枯桜香炉をしばらく預かることにしたのだった。
銀杏館、執務室。
伊坂に伴われて雅也が出社すると、香坂が資料を手に入室してきた。
「分かりましたよ、」
「早かったですね」
雅也がにこやかに頷く。
「河内宗助氏は、安全のため身を隠しています。」
「あぁ、」と声を漏らす。言わずもがな、ここにいる皆が同じ人物を思い浮かべた。
「…佐久間さんが匿ってるわけですね」
「はい。そうですねー。」
佐久間の老獪な笑顔を思い浮かべて誰もが「あのオヤジめ」と、思ったがさすがに口には出さなかった。
「ご明察の通り。ま、最初から佐久間のじい様は全部知ってたわけなんですが」
「うん…まぁ、佐久間さんが匿っている以上、宗助さんの身の安全は保証されているようなものだし良かったということにしましょうか? 」
「さすが、雅也さんは優しいな」と頷く伊坂。
「そういう訳で直接は会えなかったんですが、代理人を通して話は聞けましたよ。まず、彼の話によれば被害者は恨まれるような人物ではなかったと」
「警察にもそのように証言していますね」
香坂の言を伊坂が裏付ける。
「ただ、「枯桜香炉」を巡って面白い話が聞けましたよ。これは警察には話していないんじゃないかな」
「勿体ぶるなよ」
「聞かせてください」
「まあ、落ち着いて。」
香坂が咳ばらいをする。
「宗助氏によると、河内氏と会ったのは事件の1週間ほど前が最後だったそうです。」
亡くなった河内家の当主、河内統吾と宗助は10才程年の離れた従弟であった。
宗助は統吾を「お兄さん」と呼んで慕っていた。統吾はいたって温厚でこれといったトラブルを聞いたこともないしましてや恨まれるような人間ではなかった。
「その日もいつもと変わらず統吾氏行きつけの割烹料理屋で飲んでいたそうですよ。」
熟年に差し掛かった統吾の目じりには皺が増えた。白いものが混じった頭髪を撫でつけながら統悟は「そういえばね、最近、やけにしつこく枯桜香炉を欲しいという人がいて困っているんだよ」と言った。
「枯桜香炉? あのおじい様が気に入っていたとか言うやつですか」と問えば、おしぼりで手を拭きながら「うん」と頷く。
「そうあれだよ。売り物じゃないから、と言っても聞かなくて。何度も連絡してくるので困ったよ」
「はぁ、大変ですね。売ってしまってはダメなんですか? あれはそんなに価値があるものでもないでしょ」
そう聞けば統悟は少し笑ってから首を横に振った。
「まあ、金額は大して問題じゃないんだよ。売ってしまったらおじい様にあの世で怒られてしまうから」
熱めのお茶を一口すすって宗助も「そうですね」と返した。
枯桜香炉は確かに名品だが、決して国宝級だとかマニア垂涎の品だとか言う物ではなかったと記憶している。
売り値も数百万つけば良いところだろう。
しかし、人にはそれぞれ思い入れというものがある。いくら高値がついても売りたくない品物があっても不思議ではない。
「あんまりしつこいんで、この間もう来ないでくれとキツく言ってしまってね」
「それで、その人どうしたんです」
「それから音沙汰なしさ。」
「なんだ、それなら良かったじゃないですか」
「うん。ただあんなにしつこかったのに何もかもパッタリやんだのが逆に気がかりで…。妻がね、変に思い詰めて泥棒にでも入られたらってどうしましょうって言うんだよ」
「なるほど。それは奥様も心配でしょうね」
「それで君、あれを預かってくれないか? 」
「え! 僕がですか! 」
同じ美術品愛好家であり、なにより身内である宗助に預けるのが一番良い解決策だと考えたらしい。
「でも、いいんですか」
「売るわけじゃないし、少しの間だから。もちろんお礼はするから、頼むよ宗助君」
「お兄さん、そんな、いつもお世話になっていますから、ええ、まあ預かるだけなら…分かりました」
宗助が頷くのを見て統悟はホッとしたように目を細めた。
その目じりには深い皺が寄った。
少々気味悪く思いつつも「お兄さんが言うなら」と、宗助はそこまで深刻に考えず枯桜香炉をしばらく預かることにしたのだった。
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