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9 王都への召喚(ゼインside)
しおりを挟む──まったく、くだらん。
王都から届いた封書を開いた瞬間、俺は呆れた。
王家は「魔王を討伐する力を持つ勇者となる者を、王都へ召喚する」とのお触れを発した。
その話は国中に広まり、誰もが固唾を飲んで見守っているという。
勇者が誰なのか。
もしかしたら自分かもしれない、と浮き足立つ者もいるらしい。
「……馬鹿げているな」
書簡を手に、俺は深いため息をついた。
「ゼイン様、また難しい顔を……」
侍従のアルフが控えめに近づく。アルフは小柄で平坦な愛嬌のある顔立ちで、女性にモテるタイプだ。俺と違って。
「王家は、また面倒事を押しつけてきたのですか?」
「面倒どころか……」
俺は書簡を机に叩きつける。
「魔王討伐を“勇者召喚”に頼るとはな。自分たちでどうにかできんのか。そんな力も知恵もないのか」
アルフが苦笑した。
「まあ……魔王軍の勢力は日増しに強まっておりますから。藁にもすがりたいのでしょう」
「藁にもすがるなら、まず自分たちの腰を上げるべきだ」
そんな話をしていると、突然部屋の空気が震えた。
光が差し込んだわけではない。“降ってきた”のだ。天井も壁も関係なく、圧倒的な光が俺を包む。
「っ……ゼイン様!? 魔力反応です、これは……!」
アルフの声がかすれる。
(まさか……)
胸の奥に嫌な予感が走る。書簡に書かれていた文面。
“勇者となる者を召喚する”。まさか、とは思ったが。
「おい、待て。まさか俺が──」
言い終わる前に光は俺の足元へと収束し、魔法陣を描きながら体を絡め取った。アルフの顔を目の端に捉えた。
「……アルフ、しばらく公務は任せる。俺が戻るまで、頼むぞ」
そう言い残すと、光に包まれる感覚が強まり、意識が逆巻く。
(……ありえん。よりによって何故“俺”なのだ。こんなにも忌み嫌われる、“醜い男”を? 王家も神も、何を間違えた?)
疑念と皮肉を抱えたまま、俺は光に飲み込まれ、王城の大広間へと引きずり出された。
まぶしい光の中で視界が徐々に落ち着くと、目の前には聖女と思わしき人物──この国の希望と称される女がいた。
静まり返る大広間。そして、次の瞬間、ざわめきが恐怖に変わる。
……なるほど。
周囲の男たちは、魔法陣から現れた俺を見て、心底恐ろしそうに顔を歪め、目を逸らした。
女性陣に至っては、恐怖に耐えかねて数名が卒倒した。だが、ただ一人だけ。俺を召喚したと思われる女だけは、俺を真っ直ぐに見つめていた。
その視線は恐怖ではなく、何故か熱と期待に満ちているように見えた。人々が悲鳴を漏らす中、俺から目を逸らさず、むしろ吸い寄せられるように見つめている。
美しい女だった。
金糸の髪、白磁の肌、繊細な骨格。この国では完璧な美と称される聖女──名はミリアだったはず。
「ふむ。俺は辺境伯のゼインだ。これは、王家から通達が来ていた、魔王を倒すために勇者を呼び出すという『勇者の器』ってやつか」
周囲の反応に慣れている俺は、苛立ちを隠さずに腕を組み、冷たい声でそう言い放つ。
俺は幼い頃から、人々から向けられる視線は、ほとんどが冷たく、恐怖や嫌悪、全てが拒絶に満ちていた。
その経験から、俺は自ら望んだわけではないが、周囲の視線や感情の機微を察知することに長けてしまった。
だが、何だ? この女の熱っぽい眼差しは。頬が赤い? 瞳が潤んでいる?
普通、この世界の女は、俺の顔を直視しただけで青ざめる。時には倒れるほどだ。鼻筋が高く、目鼻立ちも奇妙なバランスで配置されてしまった俺は“異形”とされ、婚姻市場では最下層だ。いや、その層にも入れてはいない。
なのに。
「ゼイン様。わたくしはこの国の聖女ミリアと申します。お越しいただき、心より感謝申し上げます……」
ミリアの声は震えていた。目には涙が浮かぶ。だが、その震えは恐怖ではないように思える。
俺は思わず眉をひそめた。
(……本気で言っているのか?)
周りの貴族どもは俺を見て怯え、「聖女様まで震えておられる!」と騒いでいる。
だが当の聖女の目は、真っ直ぐに俺を見ていた。熱い。溶けそうなほどの視線だった。
(この女は、他の連中とは違う。さすがは聖女と呼ばれるだけのことはあるな。俺の醜貌を前にしても、恐怖を理性でねじ伏せているのか。その心意気は褒めてやろう──)
だが、その異常なまでの熱意が、どうにも気に食わない。
(少し脅して、その仮面を剥がしてやるか)
ゼインは冷たい笑みを浮かべ、ミリアに近づいた。俺がミリアに一歩一歩近づくたび、彼女は息をのむ。
そして、その美しい頬に触れた瞬間──
「はぁぁぁんっっっ!!」
彼女からとんでもない声が出て、俺は思わず手を離した。
(……は?)
周囲は大混乱だ。
「ミリア様が倒れられた!」
「ああ、あの男の容貌に耐えられなかったのだ!」
──そうなのか?
俺には、彼女が倒れた理由が“恐怖”ではないように見えた。
俺の触れた頬は、熱いほどに紅潮していた。倒れる瞬間の表情は……陶然としていたように見えた。
(まさか、俺みたいな“醜い男”を、怖がっていないのか?)
そんな馬鹿な、と自嘲しながらも、胸の奥に小さな違和感が残った。だが、倒れたというとは俺が原因だろう。
周囲が大騒ぎする中、俺は無言で歩み寄った。倒れた彼女をそっと抱き上げ、軽く腕で支える。
「俺が原因のようだ。俺が運ぶ」
周囲の貴族たちは目を剥き、口々に制止を試みる。
「ミリア様に触れるな!」
「聖女様にそのような醜い手を──」
そんな静止など構う事なく、視線だけで止めろと示し、「聖女の自室はどこだ?」と冷たく訊く。
従者や侍女たちは半ば恐怖で目を丸くしていた。唯一、ミリアの侍女と思わしき人物が、自分が案内すると言い出し共に歩き出すと、耳に届いたのは貴族たちの声だ。
「ミリア様は丸一日もかけて召喚に挑まれたのに、あんな醜悪な男に触れさせるなんて……!」
周囲から憤慨する声が聞こえる。俺は驚きを抑えた。そんな極限状態の中で、この女は気丈に振る舞っていたのか。
抱き上げたミリアの顔を見下ろす。額に柔らかく光が差し込み、整った顔、淡い紅に染まった頬。
──美しい。
ただそれだけが、俺の率直な感想だった。
翌日。彼女が俺の部屋に現れた。
扉をノックするかすかな音。
低い声で「入れ」と応えると、そこに現れたのはミリアだった。彼女は静かに部屋に入ってきた。
ベッドの端で剣の手入れをしていた俺の視線が、自然と彼女に向く。いつも通り、冷徹な瞳で。
「ゼイン様。倒れたわたくしを部屋まで運んでいただいたと伺いました。心よりお礼申し上げます」
彼女は深く頭を下げ、礼を述べる。声は穏やかだが、芯の強さがにじみ出ていた。目を逸らすことなく、しっかりと俺を見ている。
(……やはり、目をしっかり合わせて話ができる女なのか)
内心、驚きと少しの興味を覚えながらも、俺は剣を鞘に戻し腕を組む。
「礼はいい。それより、そんな軟弱な身体で魔王討伐に行けるのか?」
挑発的に告げると、ミリアは一瞬も怯まず、力強く答えた。
「えぇ、今すぐにでも行けますわ」
その声、揺るがぬ瞳。立ち姿も容姿も、全てが美しく圧倒的だ。
(……面白い女だ)
思わず口元が緩んだ。ミリアの背後のドアから覗いていた従者や侍女たちは、俺の「醜悪な化物の笑み」を見た途端悲鳴を上げ、何人かが卒倒したようだ。
そんな中真っ直ぐに俺を見つめる彼女を、無言で見つめる。
召喚されたことに煩わしさを感じていた。長期間、辺境を空けることへの懸念も当然あった。
だが、俺はこの時思った──
この聖女となら、魔王討伐も面白いのかもしれない、と。
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