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10 魔王討伐遠征(ゼインside)
しおりを挟む討伐出立の日。王宮前の広場は騒がしかった。
──祭りか。
色とりどりの旗、号令、見送る民衆。魔王討伐のためではなく、建国祭か、というような賑わいだ。
隣に立つミリアを横目で見ると、口数は少ないが常に穏やかな微笑みを浮かべている。
女子供はこういう大げさな式典が好きそうだ、と内心思う。
討伐隊は当初二百人ほど組まれていた。王国の精鋭たちだ。しかしミリアは言った。
「無駄な戦力は不要です」
その一言に、周囲の騎士や貴族たちは息を呑み、感動のため息を漏らす。騎士たちが次々に参加の意志を示すが、ミリアは一人ひとりに、優しく納得できる理由をつけた。
小さな子どもや高齢者、家庭の事情など──皆が涙ながらに受け入れていく。
結局、俺とミリアと騎士団長、それに宰相閣下を含む二十名ほどの討伐隊となった。
「お待たせしてしまい申し訳ありません、ゼイン様」
ミリアは微笑みながら、俺に一言そう告げた。
ちらりと見た彼女の顔は、昨日よりわずかに目元が柔らかくなっている。表情は依然として静かだが、微妙な変化があった。
「行くぞ」
短く告げ、俺たちは出立した。
討伐隊は、一日かけて魔境との境まで移動した。
大半の兵士や騎士たちはバテていて、馬から降りるや否や地面に崩れ落ちるほどだ。
宰相閣下や騎士団長も同様だった。それを尻目に荷物を運び、馬を繋ぎ、焚き火を囲んでようやく息を整える。
……情けない連中だ。
そう思う中、俺はミリアの顔をちらりと見た。疲れを微塵も見せない姿に、少し見直した。
そのうち、ミリアは持参した調理道具を取り出し、炊き出しの準備を始めた。正直、驚いた。聖女でありながら、まさか自ら皆の料理まで作るとは。
「お前が作るのか」
思わずそう問いかけた俺の声掛けに、顔色を変えることなくミリアは静かに微笑み返す。
「はい。皆さまお疲れのようなので、少しでも美味しいものをと思いまして」
そう話した彼女の手際は慣れたもので、炎の扱い、鍋の中のスープの様子、肉の焼き加減まで、無駄のない動き。思わず目を奪われてしまった。
料理ができあがり俺の前に差し出さると、わずかに彼女の手に触れてしまった。その感触は温かく、少し震えたようにも感じた。
触れてしまったか、申し訳ないと一瞬思う。食事を口に運ぶと、予想外の美味さだった。
「……美味いな」
自然と声が溢れた。それが聞こえたのか彼女が微笑んだが、その表情は静かで柔らかく、何故か眩しく感じる。
普段なら俺と目を合わせた者は、誰もが恐怖の表情を浮かべ失神するような容姿だ。
ああいった表情を俺は今まで見たことがない。だから特に、光を帯びたように感じるのだろう。
炎の揺れる夜の野営地。
疲弊した騎士たちの間で、ミリアの微笑みは静かに周囲を支配していた。
夜。野営地が静まり返ったころ、俺は一人で見回りに出た。
天幕では騎士たちがぐっすり寝息を立てている。宰相も、騎士団長も夢の中だ。
(……呑気なものだ。魔物の気配も察知できないとは、このままじゃ魔王城に着く前に全員死ぬぞ)
周囲には魔物の気配が微かに漂っているというのに、誰一人として気づきもしない。
悪態をつきながら、森の奥へ足を進めたその時だ。魔物の気配とは明確に違う“何か”が近づいてくる。
静かで、澄んだ魔力の波。存在を探れないほどの繊細な気配。俺はとっさに身を潜めた。
月の光が揺れた。暗い森に、白い衣がふわりと浮かぶ。
そこに現れたのは──ミリアだった。
闇に似合わぬほど静かで、柔らかい気配。その手には可愛らしい装飾の施された杖を握っている。
次の瞬間、杖の先端が輝き魔力が灯った。
風の刃とも、光の鎖ともつかぬ魔力が一気に広がり、周囲の魔物たちが悲鳴をあげる間もなく吹き飛んだ。
あっという間に、森が静寂に戻る。
(……殲滅した? たったひと振りで?)
思わず息を呑む。だが、まだ終わりではなかった。
ミリアは杖を軽く振る。そこから光が走り、円を描いて野営地全体を包み込んだ。薄い膜のような魔力が立ち上がり、結界となって野営地を覆った。
その動きは自然で、美しく無駄がない。結界は月光の中で淡く虹色に輝いていた。
「……すごいな」
その姿を見て、俺は自然と言葉が出た。その声が聞こえたようで、彼女は杖を下ろしながら静かにこちらを目を向けた。
「驚くではないですか」
月光の中、彼女の瞳に柔らかい光が宿る。
心臓がごく小さく跳ねた気がしたが、表情には出さず彼女の前に歩み出た。
「……名ばかりの聖女様かと思っていたが。すごいな」
口から出たのは素直な言葉だった。
「俺が殺る前に、全滅したぞ」
ミリアは一瞬、誇らしげに目を細めて微笑む。その笑みに、ゼインはなぜか胸の奥が少しだけざわついた。ふと気になって口を開く。
「お前、俺が怖くないのか?」
「へ?」と、声が返ってくる。思わず苦笑し、昨日のことを思い出した。
「俺が笑えば、大体のやつは卒倒するぞ。昨日見ただろう」
自嘲の笑みを浮かべたつもりが、ミリアの目にはどう映ったのか。彼女は少し驚いた顔をし、そして柔らかく微笑んだ。
「こんな夜中に皆を守るために戦おうとしてくださるゼイン様が、怖いわけありませんわ」
その微笑みは、これまでに誰からも向けられたことのない種類のものだった。俺が笑えば怯え、顔を見れば卒倒する。それが当たり前の人生。
だがこの女だけは、違う。そう思うだけで、胸のどこかが熱くなる。
「……そうか」
たったひと言しか出せない。それ以上、何か言えば、何かが崩れそうだった。
背を向けると、月光の影が長く伸びる。
「明日も早い。……寝るぞ」
そう言って、自分の天幕へ戻った。
夜の森は静かだった。
翌朝。
森の境を越えた瞬間、空気が変わった。肌にまとわりつく邪気の濃度が跳ね上がる。
(魔境か……)
非戦闘員たちは、安全のために昨夜の野営地の結界内へ残された。
ミリアはというと、今日も穏やかに微笑みながら杖を軽く振るだけで魔物の群れを光で払っていく。俺が剣を抜く間すらないほどの速度だ。
(……この女、一人で十分じゃないか?)
そう思いかけていると、ミリアが時々ちらりとこちらを見て、あえて魔物を倒し残していた。
(何が目的なんだ……?)
魔境の中だというのに、その落ち着いた微笑みは崩れない。静かで、ふわりとした雰囲気のまま、怪我をするものがいれば即座に治癒魔法をかけ、防御魔法や身体強化をかけている。
騎士たちの悲鳴がやけに多いのは気になるところだが、ミリアが治癒魔法を即座に飛ばして援護したため、なんだかんだで全員生存していた。
そんな中、宰相が魔物に追われているのが見えた。
「助けてくれぇぇ!!」
彼らしい。こんな所まで付いてくるのだから自業自得だ。ゼインは軽く息を吐き、瞬時に距離を詰めてその魔物を斬り払う。
剣についた血を払うと、遠くからミリアがこちらを見ていた。目が合うと、彼女は静かに微笑む。
(……なぜそこで笑う?)
ゼインは視線を外した。妙に胸が落ち着かなくなった。
魔王城まで半分ほど進んだところで、騎士たちの疲労が限界を迎えた。
野営のための天幕が張られ、炊き出しの準備が始まる。
(まぁ、ここまで来れただけ上出来か)
騎士団長は肩で息をしながら倒れ込むように座り込み、ミリアはその傍らで騎士たちの小傷を治して回っていた。
──ふいにミリアの気配が沈む。
(さすがに、疲れたのか?)
ゼインは近づくと、彼女が鍋の前で肩を落としているのが見えた。
「炊き出しは俺がやる。お前は休め」
そう言うと、ミリアはぱちりした目でこちらを見た。
「え? いいですよ、ゼイン様は休んでいてください」
「お前、疲れているんだろ。昼間、あんなに動いて、騎士たちの治癒までして、ここまでしなくていい。俺がやる」
彼女から調理器具を奪い取ると、作業を代わった。それを見たミリアの表情がぱっと明るくなる。
(……そんなに嬉しいことか?)
その時──ミリアがふらりと身体を揺らした。
「おい」
反射的に腕を伸ばし腰を支えたが、ミリアの髪がかすかに肩に触れ、柔らかな香りが鼻をくすぐる。
俺は慌てて手を離し、落ち着かない声で言った。
「……すまん」
「い、いえ……!」
ミリアの頬が少し赤くなり、また微笑む。その笑みを見ると、やはり胸が妙にざわつく。
(なんなんだこれは……)
炊き出しの鍋をかき混ぜていると、ミリアの声がした。
「ゼイン様、ありがとうございます。ですが、そのジャケットが少し破れています。脱いでください。直しますので」
「いや、別にいい……」と断ろうとしたが、「ゼイン様がご飯を作ってくださっている間、私はゆっくり座っていますので、ジャケットをお預けください」と言いながら、彼女が近づいてきて破れた部分を指先で示す。
「別に気にするほどでもない」
「直しますので、脱いでください」
ゼインは一瞬だけ迷ったが、結局、言われるままに脱いで渡してしまった。
(……俺を怖がらないどころか近づいて来るとは、不思議なやつだ)
ミリアは裁縫セットを取り出し、器用な手つきで縫い始めた。ふと視線を向けると、彼女は真剣そのもの。ジャケットを手に、少しだけ眉間に皺を寄せていた。
(なんでもできるんだな……)
その横顔が、やけに静かで綺麗だった。
炊き出しを作り終え、配膳しながら周囲を見ると、騎士たちはなぜか微妙な表情をしながらスープを手に固まっている。
(大方、味が合わなかったか、俺みたいな醜男が作った料理など食いたくないというやつだろう)
そう考えていたゼインの隣で、ミリアは幸せそうにスープを飲んでいた。
「今まで食べた料理の中で一番美味しいです」
「……お前の味覚は壊れてるのか」
耳を疑うようなセリフが彼女の口から出た。本気で味覚障害を疑う程だ。だが、そうは言ったが悪い気分ではない。
そして、彼女から差し出された修繕済みのジャケットを受け取る。
「……助かった」
そう告げると、ミリアは照れたように嬉しそうに微笑んだ。その微笑みに、また胸が落ち着かなくなる。
(……なんなんだ、この女は。天然の人たらしなのか?)
魔境の夜は静かに更けていく。
けれどゼインの胸の中に芽生え始めているものは、魔物の気配よりずっと厄介なものだと、なんとなく理解しはじめた。
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