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第四章
16. ニコラウスの家
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「どこに行くつもりですか?」
ベルを肩に乗せリュックを背負ってニコラウスさんの後ろを歩く。ニコラウスさんは歌でも歌いそうな程ご機嫌な様子だ。まさかこの町をニコラウスさんと一緒に歩くことになるとは思わなかった。ニコラウスさんは急ぐこともなくジェーバ・ミーヴァの長距離馬車乗り場に行くとオルヴ行きの馬車に乗った。
「君も乗って。」
手を差し出すわけでもなく、先に乗った馬車から顔を出して私にも乗るようにと急かす。
「オルヴへ?」
「そこまでは行かないよ。ポタで降りる。」
馬車の隅っこに二人並んで腰を下ろした。
「ポタに着くのは翌朝だから今のうちに眠った方がいい。」
ニコラウスさんの言葉を信用していいものだろうか。寝ている間に薬を盛られたりしないだろうか。探る様にニコラウスさんの顔を見るとニコラウスが吹き出した。
「寝ている時に何もしないから大丈夫だよ。だいたい君を弱らせてしまったら君を連れてきた意味がない。君を薬で思い通りに動かすことにも興味は無いから安心していい。それから・・・色恋系も心配しなくていい。その気はない。あとは、肉体的欲求も」
「もういいです!!それ以上は言わなくても大丈夫です。」
肉体的欲求だなんてなんてことを言うのだ。こんな時だというのに・・・・。
「ぷぷっ。」
ニコラウスさんが可笑しそうに笑ったので、見られないようにと顔を背けた。
「とにかく、寝ても大丈夫だから寝たらいい。」
寝ている間に何もしないというニコラウスさんの言葉は本当だろうと思う。だが、寝たらいいと言われて、はいそうですかとスッと眠れるわけなどない。ニコラウスさんの言動から私のスキルについて知っているのだろうと察しがついた。そのスキルを利用したがっているのだろうということも。急に心細くなってレイから貰ったペンダントに触れる。
レイの魔力が宿るこのペンダント。ニコラウスさんが私を守る効果があるからと身に着けることを許したものだ。ニコラウスさん特製の薬液につけることでレイの魔力を覆い、レイの魔力として追跡できないようになっている。
今頃レイ達はリーヤと戦っているのだろうか。怪我をしてないといいけど。
レイの笑顔を思い出し、記憶の中にあるレイの手の温もりを追うと泣きそうになる。あんなに近くに居たのに随分離れてしまった。私のことは忘れても、この先一緒にいることは出来なくてもレイには自分の意志で人を好きになって欲しい。
必ず、必ず解毒薬を手に入れてみせる。
寝不足は頭を鈍らせる。眠れる時に寝るんだ。私は深く息を吐き出すと深く息を吸い込んだ。
翌朝は馬車が停まる音で目が覚めた。
「降りるよ。」
ニコラウスさんは二人分の料金を御者に払うと私を振り返りもせずに降りた。私がついて来なくなるとは微塵も思っていないらしい。ベルが行かないの?というように私の顔を見た。
ポタは寂れた町という感じだ。数十年前は栄えていたのではないかという気配はあるものの建物もあちこちが痛んでおり、人の少なさがより町を暗くしていた。ニコラウスさんが町の中央にある一軒の古びた家の扉に手を当てると、扉は長らく留守にしていた主人が帰ってきたとでもいうようにその身を開いた。
「どうぞ。」
恐る恐る家の中に入る。埃まみれの廊下を通り、埃の積もったリビングを抜け、通った道には私たちの足跡がついた。その地下の部屋こそが唯一、人のいた形跡を感じる部屋だった。ここも埃だらけだけど他の部屋よりは随分マシだ。
「すごい、まるで研究室みたい。」
部屋の隅にベッドは置かれているものの専門書がたくさん並べられた本棚、机の上には研究器具が並べられており、薬材用の棚らしきものもある。初めての場所に本来のベルならば一人で飛んで探検をするのだが私の警戒が伝わっているのかベルは私から離れようとはしなかった。
「ここで研究に明け暮れていたからね。」
「ここはニコラウスさんの家ですか?」
「そうだよ。もう随分帰ってはいなかったけど。」
ニコラウスさんはそう言って机の上の器具に触れた後、私の方を向き直った。
「私に聞きたいことがあるだろう?」
緊張で口の中が乾く。フランシールで一緒に過ごした日々がちらついて胸が軋んだ。
「ターザニアを滅ぼした魔獣に使われていた薬、あの薬を調合したのはニコラウスさんですよね?」
「そうだよ。私が調合してローザに渡した。ついでに言えば、あの魔獣を作ったのも私だ。」
「どうして!!」
ニコラウスさんの服を掴んで詰め寄った。ニコラウスさんの体が机にぶつかり器具がガシャっと音を立てた。ターザニアの惨状がありありと脳裏に浮かび、手に憎しみが籠る。
「どうしてそんなことを!そのせいでたくさんの人が死んだ!!」
感情が高ぶり目に涙が滲んでくる。
「研究の為だよ。研究だけが私の感情を動かす。ローザに古の研究者たちがなしえなかった研究を完成させてみないかと持ち掛けられた時、体中の血が沸騰するのではないかと思う程興奮した。昔、ターザニアで行われていた実験、禁忌とされ国王により何人もの研究者が処刑された。その事件については私も知ってはいたからね。当時の研究資料の一部を見せられた時には引き受ける以外の選択肢など思いつかなかったよ。」
当時の興奮を思い出すのかニコラウスさんの表情にはうっすらとした笑みと熱が見える。これは本当にフランシールで一緒に過ごしたニコラウスさんなのだろうかと疑いたくなるほどだ。
理解できない。ニコラウスさんの感情が理解できない。
「ひとつ言っておくけど、私はあの薬があんな使われ方をするとは知らなかった。」
「だからと言って許されたりなんか!!」
「そんなことは望んでいない。望んでいないというか、興味がない。それに、薬がどんな使われ方をするか知っていても私は薬を作っただろう。」
恐い。あれだけのことをしておきながらその表情には罪悪感の欠片も見つけられない。
「自分の作った薬のせいでたくさんの人が死んだ。それに対して何とも思わないのか!!」
「君は私に何を期待している?大変なことをしたと泣いて許しを請えば満足するのか?」
「何を・・・。」
何かおかしい。感情的になるわけでもなく淡々と話すニコラウスさんの温度感か。
「私にそのようなことを求めても無駄だ。私には悲しみや罪悪感、そういった感情が分からない。」
「何を言って・・・。」
「君が今、私を分からないと思っているのと同じようにわたしはそれらの感情がわからない。だから、私に後悔や罪悪感を求めたところで無駄だよ。」
窓から侵入する日差しが温かそうにニコラウスさんを照らすのに、部屋の空気は深い闇の中に落ちていくかのようだった。私はニコラウスさんから手を離すとゆっくりと後ずさる。
「こんなことを言っていいのか分からないけど、これ以上この話をするのは不毛だと思うね。君は僕を理解できないし、僕も君の感情を理解できない。仕方ないじゃないか。」
そうだろう。きっとニコラウさんスのいう通りだ。でも、仕方ないという言葉がたくさんの人が亡くなったあの出来事を切り捨てているかのようで、そのままニコラウスさんを睨むように見つめた。ニコラウスさんは困ったように首を傾けると、ふぅ、と息を吐いた。
「私にどうしろと?ここで謝ったところで過去は変わらないし、言葉だけの謝罪や後悔なんて要らないでしょ。それとも、ここで私が死ねばいい?」
貴族を跪かせるのにも興味はなくなったしな、とニコラウスは呟きながらフルーツでも手にするかのように刃物を持った。刃の部分を上にして刃こぼれがないか確認するような仕草を見せると何の躊躇いもなく腕を動かした。
「やめろ!!」
ニコラウスの手を止めようと手を伸ばし、両手でニコラウスの腕を捕まえた。その衝撃でニコラウスの手が本来の軌道を外れて動き、ニコラウスの頬に赤い筋をつくった。血が滲み頬から垂れる。
赤い。
赤。
ターザニアのあの日がまた扉を開ける。
「キヨ!ナターシャさんっ!!」
強い力で腕を捕まれた。魔獣が私にも牙をむく。
ギャアアアアアアアアアアア
叫んだ瞬間、黒い闇に飲まれていった。
ベルを肩に乗せリュックを背負ってニコラウスさんの後ろを歩く。ニコラウスさんは歌でも歌いそうな程ご機嫌な様子だ。まさかこの町をニコラウスさんと一緒に歩くことになるとは思わなかった。ニコラウスさんは急ぐこともなくジェーバ・ミーヴァの長距離馬車乗り場に行くとオルヴ行きの馬車に乗った。
「君も乗って。」
手を差し出すわけでもなく、先に乗った馬車から顔を出して私にも乗るようにと急かす。
「オルヴへ?」
「そこまでは行かないよ。ポタで降りる。」
馬車の隅っこに二人並んで腰を下ろした。
「ポタに着くのは翌朝だから今のうちに眠った方がいい。」
ニコラウスさんの言葉を信用していいものだろうか。寝ている間に薬を盛られたりしないだろうか。探る様にニコラウスさんの顔を見るとニコラウスが吹き出した。
「寝ている時に何もしないから大丈夫だよ。だいたい君を弱らせてしまったら君を連れてきた意味がない。君を薬で思い通りに動かすことにも興味は無いから安心していい。それから・・・色恋系も心配しなくていい。その気はない。あとは、肉体的欲求も」
「もういいです!!それ以上は言わなくても大丈夫です。」
肉体的欲求だなんてなんてことを言うのだ。こんな時だというのに・・・・。
「ぷぷっ。」
ニコラウスさんが可笑しそうに笑ったので、見られないようにと顔を背けた。
「とにかく、寝ても大丈夫だから寝たらいい。」
寝ている間に何もしないというニコラウスさんの言葉は本当だろうと思う。だが、寝たらいいと言われて、はいそうですかとスッと眠れるわけなどない。ニコラウスさんの言動から私のスキルについて知っているのだろうと察しがついた。そのスキルを利用したがっているのだろうということも。急に心細くなってレイから貰ったペンダントに触れる。
レイの魔力が宿るこのペンダント。ニコラウスさんが私を守る効果があるからと身に着けることを許したものだ。ニコラウスさん特製の薬液につけることでレイの魔力を覆い、レイの魔力として追跡できないようになっている。
今頃レイ達はリーヤと戦っているのだろうか。怪我をしてないといいけど。
レイの笑顔を思い出し、記憶の中にあるレイの手の温もりを追うと泣きそうになる。あんなに近くに居たのに随分離れてしまった。私のことは忘れても、この先一緒にいることは出来なくてもレイには自分の意志で人を好きになって欲しい。
必ず、必ず解毒薬を手に入れてみせる。
寝不足は頭を鈍らせる。眠れる時に寝るんだ。私は深く息を吐き出すと深く息を吸い込んだ。
翌朝は馬車が停まる音で目が覚めた。
「降りるよ。」
ニコラウスさんは二人分の料金を御者に払うと私を振り返りもせずに降りた。私がついて来なくなるとは微塵も思っていないらしい。ベルが行かないの?というように私の顔を見た。
ポタは寂れた町という感じだ。数十年前は栄えていたのではないかという気配はあるものの建物もあちこちが痛んでおり、人の少なさがより町を暗くしていた。ニコラウスさんが町の中央にある一軒の古びた家の扉に手を当てると、扉は長らく留守にしていた主人が帰ってきたとでもいうようにその身を開いた。
「どうぞ。」
恐る恐る家の中に入る。埃まみれの廊下を通り、埃の積もったリビングを抜け、通った道には私たちの足跡がついた。その地下の部屋こそが唯一、人のいた形跡を感じる部屋だった。ここも埃だらけだけど他の部屋よりは随分マシだ。
「すごい、まるで研究室みたい。」
部屋の隅にベッドは置かれているものの専門書がたくさん並べられた本棚、机の上には研究器具が並べられており、薬材用の棚らしきものもある。初めての場所に本来のベルならば一人で飛んで探検をするのだが私の警戒が伝わっているのかベルは私から離れようとはしなかった。
「ここで研究に明け暮れていたからね。」
「ここはニコラウスさんの家ですか?」
「そうだよ。もう随分帰ってはいなかったけど。」
ニコラウスさんはそう言って机の上の器具に触れた後、私の方を向き直った。
「私に聞きたいことがあるだろう?」
緊張で口の中が乾く。フランシールで一緒に過ごした日々がちらついて胸が軋んだ。
「ターザニアを滅ぼした魔獣に使われていた薬、あの薬を調合したのはニコラウスさんですよね?」
「そうだよ。私が調合してローザに渡した。ついでに言えば、あの魔獣を作ったのも私だ。」
「どうして!!」
ニコラウスさんの服を掴んで詰め寄った。ニコラウスさんの体が机にぶつかり器具がガシャっと音を立てた。ターザニアの惨状がありありと脳裏に浮かび、手に憎しみが籠る。
「どうしてそんなことを!そのせいでたくさんの人が死んだ!!」
感情が高ぶり目に涙が滲んでくる。
「研究の為だよ。研究だけが私の感情を動かす。ローザに古の研究者たちがなしえなかった研究を完成させてみないかと持ち掛けられた時、体中の血が沸騰するのではないかと思う程興奮した。昔、ターザニアで行われていた実験、禁忌とされ国王により何人もの研究者が処刑された。その事件については私も知ってはいたからね。当時の研究資料の一部を見せられた時には引き受ける以外の選択肢など思いつかなかったよ。」
当時の興奮を思い出すのかニコラウスさんの表情にはうっすらとした笑みと熱が見える。これは本当にフランシールで一緒に過ごしたニコラウスさんなのだろうかと疑いたくなるほどだ。
理解できない。ニコラウスさんの感情が理解できない。
「ひとつ言っておくけど、私はあの薬があんな使われ方をするとは知らなかった。」
「だからと言って許されたりなんか!!」
「そんなことは望んでいない。望んでいないというか、興味がない。それに、薬がどんな使われ方をするか知っていても私は薬を作っただろう。」
恐い。あれだけのことをしておきながらその表情には罪悪感の欠片も見つけられない。
「自分の作った薬のせいでたくさんの人が死んだ。それに対して何とも思わないのか!!」
「君は私に何を期待している?大変なことをしたと泣いて許しを請えば満足するのか?」
「何を・・・。」
何かおかしい。感情的になるわけでもなく淡々と話すニコラウスさんの温度感か。
「私にそのようなことを求めても無駄だ。私には悲しみや罪悪感、そういった感情が分からない。」
「何を言って・・・。」
「君が今、私を分からないと思っているのと同じようにわたしはそれらの感情がわからない。だから、私に後悔や罪悪感を求めたところで無駄だよ。」
窓から侵入する日差しが温かそうにニコラウスさんを照らすのに、部屋の空気は深い闇の中に落ちていくかのようだった。私はニコラウスさんから手を離すとゆっくりと後ずさる。
「こんなことを言っていいのか分からないけど、これ以上この話をするのは不毛だと思うね。君は僕を理解できないし、僕も君の感情を理解できない。仕方ないじゃないか。」
そうだろう。きっとニコラウさんスのいう通りだ。でも、仕方ないという言葉がたくさんの人が亡くなったあの出来事を切り捨てているかのようで、そのままニコラウスさんを睨むように見つめた。ニコラウスさんは困ったように首を傾けると、ふぅ、と息を吐いた。
「私にどうしろと?ここで謝ったところで過去は変わらないし、言葉だけの謝罪や後悔なんて要らないでしょ。それとも、ここで私が死ねばいい?」
貴族を跪かせるのにも興味はなくなったしな、とニコラウスは呟きながらフルーツでも手にするかのように刃物を持った。刃の部分を上にして刃こぼれがないか確認するような仕草を見せると何の躊躇いもなく腕を動かした。
「やめろ!!」
ニコラウスの手を止めようと手を伸ばし、両手でニコラウスの腕を捕まえた。その衝撃でニコラウスの手が本来の軌道を外れて動き、ニコラウスの頬に赤い筋をつくった。血が滲み頬から垂れる。
赤い。
赤。
ターザニアのあの日がまた扉を開ける。
「キヨ!ナターシャさんっ!!」
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