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Encore*玉手箱はお受けいたしかねま…す?
玉手箱はお受けいたしかねま…す?[3]ー②
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「静さん、起きて」
肩をトントンと叩かれて声を掛けられたわたしは、「はっ」として両目を開いた。さっきまで程よい揺れを作り出していた車は、どこかタイムパーキングらしきところに停まっていて、窓の外はうっすらと白みかけている。
「着いたよ」
「ごめん、寝ちゃってた……」
たしか車の会話したあと、程なくアキが運転する車は高速道路に入った。そこまでは覚えている。
山やトンネルばかりの高速道路は見るべきところもなく、色々なことを黙って考えているうちにいつの間にか眠ってしまったのだと思う。
「いいんだ、眠くなったら寝ていいよって言っただろ? むしろ、気持ち良さそうに寝ているのに起こしてごめん。可愛い寝顔をもっと見ていたかったんだけど……そろそろ行こう。もう陽が昇る」
いつから寝顔見てたの!?
ここはどこ?
陽が昇るのが何か関係あるの?
次々に頭に浮かぶ疑問をわたしが口にする前にアキが車の外に出る。わたしも慌ててドアの外に出た。
アキに手を引かれて数分歩いたところで、わたしはここがどこだかすぐに気が付いた。
看板に書かれた文字。見覚えのある景色。
「ここ……嵐山っ…!?」
思わず声を上げたわたしを、隣からアキが嬉しそうに見下ろす。
「正解。急ごう、あと少しで時間だ」
「え? アキ、時間って…!?」
訊ねている途中で手を引かれて歩く速度が上がる。
なんだかよく分からないけれど、アキは日の出を見たくてここに来たのかも。ちょうど少し前に、彼と『嵐山の桜は今週が見頃だって』と話したばかりだし。
この時期に嵐山に来るなら、今日みたいな平日の早朝がベスト。休日の昼間なんて、桜を観に来たのか人を観に来たのか分からない状態になる。
実際、『渡月小橋』を渡るところから見える渡月橋は、人影はほとんどなかった。
「うわぁ…!」
「おおっ…!」
目に映った渡月橋に二人同時に声を上げた。薄暗い中でも分かるぼんやりと白っぽいものが、満開に近い桜なのだと分かったからだ。
「行こう、夜明けだ」
アキがわたしの手を引いて渡月橋を渡り出さす。ちらほらと橋の上に見られる人たちも、日の出を待っているのか途中で足を止めている。わたしたちも橋の中ほどまで来たところで足を止めた。
じわじわと山の端に赤みが差し、黒い川面がそれを映し始める。
「きれい……」
「だな」
藍色からオレンジ色へ、グラデーションを作る空。
川面に映る朝陽。少しずつ鮮明になっていく桜色。
前に二人で来た時は真冬で、ピンと糸を張ったような冷たい空気の中、明け行く嵐山の荘厳さに感動した。
けれど、『春はあけぼの』
古の歌人が言うだけある。
まだ寒さの残る早朝の空気の中、差し込んでくる朝陽が柔らかくすべてを包み込む。春の夜明けは、筆舌に尽くしがたい。
しばらくの間、二人とも黙って嵐山の春の夜明けに魅入っていると、不意にアキがわたしの肩を抱き寄せた。振り仰ぐと、綺麗な瞳が甘く弧を描いていて。
「アキ…?」
「静さん、お誕生日おめでとう」
「あっ! ……覚えててくれたんだ……」
「もちろん。本当は今朝一番に言いたかったのだけど、ここで日の出を見てから言うって決めてたから」
「そうなの……?」
「ああ。あなたが生まれたのが日の出の頃だって聞いたから」
「えっ、誰に…!?」
「あなたのお母さまに。この前電話で少しお話したんだ」
「えっ…! アキ、うちに電話したの!?」
「ああ。一緒に暮らすことになる前にひと言ご両親にご挨拶だけでもと思ってね」
「そんなこと……知らなかった……」
そもそもわたしは、実家の家族とは頻繁に連絡を取り合う方じゃない。母が時々ハルの様子を写真で送って来てくれるくらい。用がなければ特にあちらからもこちらからも連絡はしない。
両親も内心では、三十になる娘の“嫁き遅れ”を心配しているだろうけれど、三年前のわたしの状態を見ているせいか、二人ともわたしのに結婚のことをうるさく言ったりはしなかった。
一生独り身で生きていこうと思っていたわたしにとっては、みっつ下の弟が既に結婚していたのは幸いだった。
「『近々ご挨拶にお伺いします』と伝えたら、すごく喜んで下さったよ」
「……そうなんだ……」
「ああ。で、そのとき静さんのお母様と少しお話をさせていただいた時に、あなたが生まれた時のことを聞いたんだ」
「そうだったの……」
わたしは自分が生まれた時間は知っている。母から何度も「夜通し陣痛で苦しんで、やっと生まれた時に見た朝陽は今も忘れないわ」と聞いていたから。
「ありがとう、アキ……素敵な誕生日になったわ」
隣を見上げて言うと、アキが一瞬だけ困ったような微苦笑を浮かべた。いつもの彼なら、笑顔で「良かった」と言ってくれるはずなのに。
「アキ……?」
首を傾げながら彼の様子を伺った時、肩に回された手がするりと外された。
え、なに? ――そう思った次の瞬間、アキが突然その場に片膝を着いた。
どうしたの? ――そう思うのに、口から出るのは息を吸い込んだ音だけ。
片膝を着いたまま、アキがわたしの両手を取る。
怖いくらいにまっすぐで真剣な瞳に見上げられ、「吉野」と呼ばれた瞬間、全身の血管が「ドクン」と脈打った。
「静さん、起きて」
肩をトントンと叩かれて声を掛けられたわたしは、「はっ」として両目を開いた。さっきまで程よい揺れを作り出していた車は、どこかタイムパーキングらしきところに停まっていて、窓の外はうっすらと白みかけている。
「着いたよ」
「ごめん、寝ちゃってた……」
たしか車の会話したあと、程なくアキが運転する車は高速道路に入った。そこまでは覚えている。
山やトンネルばかりの高速道路は見るべきところもなく、色々なことを黙って考えているうちにいつの間にか眠ってしまったのだと思う。
「いいんだ、眠くなったら寝ていいよって言っただろ? むしろ、気持ち良さそうに寝ているのに起こしてごめん。可愛い寝顔をもっと見ていたかったんだけど……そろそろ行こう。もう陽が昇る」
いつから寝顔見てたの!?
ここはどこ?
陽が昇るのが何か関係あるの?
次々に頭に浮かぶ疑問をわたしが口にする前にアキが車の外に出る。わたしも慌ててドアの外に出た。
アキに手を引かれて数分歩いたところで、わたしはここがどこだかすぐに気が付いた。
看板に書かれた文字。見覚えのある景色。
「ここ……嵐山っ…!?」
思わず声を上げたわたしを、隣からアキが嬉しそうに見下ろす。
「正解。急ごう、あと少しで時間だ」
「え? アキ、時間って…!?」
訊ねている途中で手を引かれて歩く速度が上がる。
なんだかよく分からないけれど、アキは日の出を見たくてここに来たのかも。ちょうど少し前に、彼と『嵐山の桜は今週が見頃だって』と話したばかりだし。
この時期に嵐山に来るなら、今日みたいな平日の早朝がベスト。休日の昼間なんて、桜を観に来たのか人を観に来たのか分からない状態になる。
実際、『渡月小橋』を渡るところから見える渡月橋は、人影はほとんどなかった。
「うわぁ…!」
「おおっ…!」
目に映った渡月橋に二人同時に声を上げた。薄暗い中でも分かるぼんやりと白っぽいものが、満開に近い桜なのだと分かったからだ。
「行こう、夜明けだ」
アキがわたしの手を引いて渡月橋を渡り出さす。ちらほらと橋の上に見られる人たちも、日の出を待っているのか途中で足を止めている。わたしたちも橋の中ほどまで来たところで足を止めた。
じわじわと山の端に赤みが差し、黒い川面がそれを映し始める。
「きれい……」
「だな」
藍色からオレンジ色へ、グラデーションを作る空。
川面に映る朝陽。少しずつ鮮明になっていく桜色。
前に二人で来た時は真冬で、ピンと糸を張ったような冷たい空気の中、明け行く嵐山の荘厳さに感動した。
けれど、『春はあけぼの』
古の歌人が言うだけある。
まだ寒さの残る早朝の空気の中、差し込んでくる朝陽が柔らかくすべてを包み込む。春の夜明けは、筆舌に尽くしがたい。
しばらくの間、二人とも黙って嵐山の春の夜明けに魅入っていると、不意にアキがわたしの肩を抱き寄せた。振り仰ぐと、綺麗な瞳が甘く弧を描いていて。
「アキ…?」
「静さん、お誕生日おめでとう」
「あっ! ……覚えててくれたんだ……」
「もちろん。本当は今朝一番に言いたかったのだけど、ここで日の出を見てから言うって決めてたから」
「そうなの……?」
「ああ。あなたが生まれたのが日の出の頃だって聞いたから」
「えっ、誰に…!?」
「あなたのお母さまに。この前電話で少しお話したんだ」
「えっ…! アキ、うちに電話したの!?」
「ああ。一緒に暮らすことになる前にひと言ご両親にご挨拶だけでもと思ってね」
「そんなこと……知らなかった……」
そもそもわたしは、実家の家族とは頻繁に連絡を取り合う方じゃない。母が時々ハルの様子を写真で送って来てくれるくらい。用がなければ特にあちらからもこちらからも連絡はしない。
両親も内心では、三十になる娘の“嫁き遅れ”を心配しているだろうけれど、三年前のわたしの状態を見ているせいか、二人ともわたしのに結婚のことをうるさく言ったりはしなかった。
一生独り身で生きていこうと思っていたわたしにとっては、みっつ下の弟が既に結婚していたのは幸いだった。
「『近々ご挨拶にお伺いします』と伝えたら、すごく喜んで下さったよ」
「……そうなんだ……」
「ああ。で、そのとき静さんのお母様と少しお話をさせていただいた時に、あなたが生まれた時のことを聞いたんだ」
「そうだったの……」
わたしは自分が生まれた時間は知っている。母から何度も「夜通し陣痛で苦しんで、やっと生まれた時に見た朝陽は今も忘れないわ」と聞いていたから。
「ありがとう、アキ……素敵な誕生日になったわ」
隣を見上げて言うと、アキが一瞬だけ困ったような微苦笑を浮かべた。いつもの彼なら、笑顔で「良かった」と言ってくれるはずなのに。
「アキ……?」
首を傾げながら彼の様子を伺った時、肩に回された手がするりと外された。
え、なに? ――そう思った次の瞬間、アキが突然その場に片膝を着いた。
どうしたの? ――そう思うのに、口から出るのは息を吸い込んだ音だけ。
片膝を着いたまま、アキがわたしの両手を取る。
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