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第3幕:重なる想いの交響曲(シンフォニー)
第2-3節:気遣いのティータイム
しおりを挟む庭の散歩から戻ると、玄関ホールにある階段の下の方にモーリスさんが腰を掛けていた。全身はほんのりと赤く染まり、肌からかすかに湯気が立っている。おそらく温泉から上がって間もないということなのだろう。
彼は私の姿に気付くと機嫌良さげに声をかけてくる。
「おうっ、奥方様っ!」
「モーリスさん、大浴場ではゆっくり出来ましたか?」
「おかげさまでサッパリしたわい。腰痛も少しは緩和した気がするしな。ただ、汗を流したせいか、喉が渇いてなぁ」
「あっ、それならアブラズナ茶をお持ちしますね。この場で少々お待ちください」
即座に私はそう言い残し、急いで自室へと駆けて戻った。もちろん、お茶は食堂にもあるはずだけど、今はスピーナさんやポプラが朝食の準備をしていて邪魔をするのは悪いから。
こうして部屋に着くと、私は食器棚から陶器製のポットとカップ、それにアブラズナ茶の入った缶を取り出す。
ちなみにこのお茶はアブラズナの根をカラカラになるまで乾燥させ、それを石臼で挽いて粉末にしたものだ。さらにその粉末を焙煎すると完成となる。独特の甘い香りと味わい深い渋味が特徴となっている。
私はそれをポットに入れ、そこへ水瓶の水を注いでお茶を抽出させる。
本当は白湯に浸したり鍋で煮出したりした方が色も味も濃く出るんだけど、今回はその時間がないのでこうするするしかない。もっとも、水出し茶はサッパリとした味わいで飲みやすく仕上がるので、これはこれで美味しい。
「そうだ! モーリスさんは湯上がりだから冷たい方が喜ばれるかも」
このままでもそれなりに冷えているけど、井戸から汲み上げたばかりの水と比べてぬるいのは否めない。早朝ということもあって、まだポプラが水瓶の水を交換してくれていないから。
――ただ、それなら魔法を使って冷せばいい。
私はお茶の入ったポットを机の上に置き、そこに向かって手のひらをかざす。そして初歩的な氷系魔法のスペルを詠唱する。この程度の魔法なら私にも扱えるし、所要時間や汎用性を考えると精霊の力を借りるより便利だ。
程なく私の手は魔法力の蒼い光に覆われ、氷点下の冷気が放たれ始める。それに伴ってポットは中身ごとキンキンに冷えていき、やがて表面は結露して水滴が無数に付くようになる。
「うんっ、これでよし!」
頃合いを見計らい、魔法を止めた私はトレーにカップとそのポットを載せた。さらに戸棚の中に置いてあった『とあるお菓子』を小さなボウルに入れ、それも持っていくことにする。
こうしてモーリスさんへお茶を出す準備が整い、私はそれらを落とさないように注意しつつ早足で玄関ホールへ戻ったのだった。
「――お待たせしました、モーリスさん」
「いやいや、気にせんでくれ。ワシの急な我が儘だったわけじゃからな」
「温泉で汗を流して塩分も失われていると思うので、お茶請けに『揚げ花』もご用意しました」
私はモーリスさんにカップを手渡してそこにお茶を注いだあと、『揚げ花』の入っているボウルを差し出した。これはアブラズナの花を油で軽く揚げ、そこに細かく砕いた岩塩をまぶしたお菓子だ。
カリッとした食感と花のほのかな苦みや甘み、活き活きとした生命力を感じる鮮烈な青い香りが見事に調和し、さらに岩塩の塩味がそれらを引き立てている。
私もフィルザードに来て初めて知ったお菓子なんだけど、即座にその美味しさの虜になってしまった。ただ、栄養価が高いから、食べ過ぎには注意しないといけないのが玉に瑕だ……。
「シャロン様はよく気が利く娘さんじゃな! しかもこの茶は充分に冷えていて、風呂上がりには嬉しい。どうやって冷した?」
「氷系魔法を使いました。私、少しだけ魔法の心得がありますので」
「なるほど、こりゃ毎日でも大浴場に通いたくなるほどのサービス振りじゃな。リカルド様は良い娘さんを娶ったもんじゃわい」
モーリスさんはすっかり上機嫌になって、『揚げ花』とお茶をどんどん口に運んだ。そのため、ポットもボウルも中があっという間に空っぽになる。
こんなことならどちらももう少し多めに用意しても良かったかなとも思うけど、お腹がタポタポに膨れちゃっても良くないからこれでいいのかも。いずれにしても、温泉もお茶も満喫してくれたみたいでなによりだ。
(つづく……)
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