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第5幕:分水嶺の奏鳴曲(ソナタ)
第3-2節:想定外の妨害
しおりを挟む戸惑う私に対し、クレストさんも肩を落としながら深いため息をつく。
「それはそうなのですが、残念ながらそのルールは明文化されているわけでもありません。多くはその領地の領主の裁量に任されています。それはシャロン様もご存知のことでしょう?」
「えぇ、まぁ……。どうにもならない時は最後の手段として、王都へ申し出て何らかの処置をしてもらうという選択肢もあるとは思いますが。ただ、それは時間とコストが掛かりすぎるでしょうね」
「はい。そこで今回の地方会議にご出席の際、関所を設けている領地のご領主様にリカルド様やシャロン様から直接お話を付けていただけないかと。私からのお願いとはそういうことです」
「確かにこれはトップダウンで話をした方が早いし、確実ですもんね。なるほど、用件は承りました。屋敷へ帰ってリカルドと相談をさせていただきます。それでそのご領主様とはどなたなのですか?」
私の問いかけに、なぜかクレストさんは眉を曇らせながら言葉に詰まった。一瞬の間のあと、彼は重苦しい様子で口を開く。
「……スティール伯爵です。会議が開催される地、ヴァーランドのご領主様です」
「えっ!? スティール伯爵ですか? そんなまさか……っ!」
「はい、フィルザード家とスティール家が良好な関係にあることは、私も存じ上げています。ですが関所の設置は風車の建設が決定し、その情報が公になった直後のこと。つまり妨害の意思があることは、残念ながら明らかかと」
「……っ……」
「資材を荷揚げする港は王家の直轄地にあるのですが、そこからフィルザードまで続く街道はいくつかのご領主様の領地を貫いています。その中でこのような措置を取っているのはヴァーランドだけ。これには私も想定外で、困惑しております」
クレストさんから告げられた事実を知り、私は戸惑いを隠せなかった。頭の中が混乱して、思わず呆然としてしまう。
だってリカルドとノエルくんの関係はもちろん、そのお父上であるスティール伯爵とだって仲が険悪であろうはずがないから。少なくとも私の認識している範囲では、そんな雰囲気だという話は聞いたことがない。
そもそもそんな事態であれば、ノエルくんがスティール伯爵や実務の責任者に対して是正を促してくれると思うし……。
…………。
やっぱりどう考えても彼らが私たちの妨害をするわけがない。となれば、スティール家の窺い知らぬところで何かが起きているということだろうな。
横をチラリと見てみると、ナイルさんは深刻そうな表情で何か考え込んでいる。ポプラも真っ青な顔をして茫然自失という感じだ。
これは想像以上に事態が深刻かもしれない。そして私もリカルドも、ヴァーランドへ乗り込む際にはそれなりに用心と覚悟が必要になる。様々な状況に備えるためにも、今は少しでも情報が欲しい。
私は心の中で気合いを入れ直すと、やや身を乗り出してクレストさんを見据える。
「クレストさん、この件で何か気になることはありませんか? 想像でも構いません、教えてください」
「おそらくスティール伯爵は関所のことに関して、詳細をご存じないのではないかと。スティール伯爵はここ数年、体調が優れず公務に関しては側近や文官が中心となって動かしていると聞きます。そんな御方がこの件を主導しているとは思えません」
「やはりスティール伯爵は無関係ですか……。話を聞いて、私もクレストさんと同じような感想を持ちました。つまり黒幕は伯爵よりも立場が少し下で、ある程度の権力を持っている人ということになりますよね? 文官か武官かは分かりませんが」
それを聞いたクレストさんは小さく首を縦に振る。
「ヴァーランドにはスティール伯爵が直接治めている領地のほか、その実弟である宰相のラグナ様に権限が委譲されている領地が小さいながらも存在します。そして関所の多くはその領地内に設置されているのです。それらの状況を考えると、そういうことかと」
「怪しいのは宰相のラグナ様ですか……」
「私の口から具体的な名前は申し上げられません。爵位もなく単なる一商人に過ぎない私にとって、それは恐れ多いことですから。……フフッ、実質的には申し上げたも同然ではあるのですが」
「いえいえ、クレストさんにとって万が一の時に『名前を言っていない』という事実は大きいですもんね。処世術のひとつですよ。交渉に長けた商人らしい対応だと思います。お気になさらず。――あ、これは皮肉ではありませんよ?」
「そうおっしゃっていただけて恐縮です」
ペコリと小さく頭を下げるクレストさん。いつになく神妙な様子を見ると、少しは本心で私に感謝してくれているのかもしれない。
(つづく……)
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