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第6幕:来るべき日の前奏曲(プレリュード)
第1-1節:無茶の絶えないご令嬢
しおりを挟むとうとう私たちはヴァーランド領内に突入し、さらに山岳地帯を抜けたところまで到達した。ここから先は平坦な道となり、前方にはすでに関所が見えている。おそらくあと十数分も歩けばそこへ辿り着けることだろう。
思い返せば、アンデッドの群れに襲われたのは二日前。あの事件以来、幸いなことに目立ったアクシデントには遭遇していない。何もないのはありがたいことだけど、その無風状態がむしろ不気味でもある。
なによりここはヴァーランド内でも宰相のラグナ様が統治を任されている地域。私たちの妨害をした黒幕がその御方だという疑義がある現状では、決して気が抜けない。
まずはすんなりとあの関所を抜けられるかどうか……。
私が眉を曇らせていると、隣を歩くリカルドが不意に肩をポンと叩いてくる。
「そんなに不安そうな顔をしなくても大丈夫だ。平民相手ならまだしも、貴族本人に対して関所の役人が通行を妨げるなどあり得ん」
「そう……なのかな……? 事ここに至ったら、敵は手段を選ばないかもよ?」
「その可能性は否定できないが、それならそれで僕にも考えがある。関所の役人ならアンデッドと違って話が出来るからな。まぁ、任せておけ」
「うん……。でもあまり無茶なことはしないでね?」
そう私が声をかけると、なぜかリカルドはキョトンとする。直後、頭を抱えながら深いため息をついて肩を落とす。
「やれやれ、キミがそれを言うか? 無茶ばかりしているのは、どこのご令嬢だったかな?」
「う……」
「アンデッドを一掃してキミたちのところへ戻った時、ことの顛末を聞いて僕は目まいがして倒れそうになったのだぞ? あまり心配をかけてくれるな……」
「あ、あはは……ごめん……。確かにあの時は少し無茶しちゃったかな。でもなんとしてもあの危機を乗り越えないといけないって、夢中だったから」
「やはりなんとしてでも、常に僕がキミのそばにいなければならんかもな。目を離すと気が休まらん」
「だ、大丈夫だよ。今後はもっと気を付けるから。だから私に気を遣いすぎず、リカルドは今まで通り自由度高く能動的に動いて」
私は彼の瞳を真っ直ぐに見つめ、必死の気持ちで訴えた。
もちろん、彼が私を心配してくれるのは嬉しいけど、それによって彼の最適な選択が妨げられたり周りに悪影響を与えたりしたくない。枷にはなりたくないのだ。
そんな私の言葉に対し、リカルドは少しの間、真剣な表情をして無言で考え込む。
その場に響く私たちの足音や荷車の車輪の音――。
そして固唾を呑んでその様子を窺っていると、やがて彼は頭を軽く掻きながら苦笑いを浮かべる。
「……分かった。やれやれ僕も甘いな。本来なら何と言われようと、ここでキミの言葉を突っぱねなければならんところだからな」
「感謝してます、私の愛しい旦那様っ♪」
「ふふっ、調子の良いヤツだ。だが、本当に次は無いぞ?」
「――うん、今まで以上に慎重に行動する!」
私が真顔になって答えると、リカルドは安堵したような表情で静かに頷いた。
ただ、なんだかんだ言って彼はまた私が同じようなことやらかしても、きっと許してくれると思う。だからこそ、私は今度こそその想いに甘えず自制しなければならない。
だってそんなことを繰り返していたら歯止めが利かなくなるだろうし、いつか必ずしっぺ返しを食う時が来るはずだから。なにより彼に心配をかけっぱなしには出来ない。
……いつも気遣ってくれて、私の我が儘を受け入れてくれてありがとう、リカルド。
「さて、ポプラ。お前には本当に感謝している。アンデッド襲撃時、よくぞシャロンを守ってくれた」
リカルドは私の一歩後ろを歩いているポプラに顔を向け、深々と頭を下げた。
それに対して彼女は恐縮しつつも、どことなく当惑したような複雑な表情を浮かべて俯く。
「い、いえ、私は自然に体が動いてしまっただけなのです。今も自分でもよく分かっていなくて……。ただ、シャロン様が無事だったのは良かったのです……」
「そうか。まぁ、この恩はいつかきっと返す」
「恩だなんてそんな……。私はいつもシャロン様やご領主様にお世話になっている立場で、むしろ今までのそのご恩に報いることが出来たのならそれで私は満足なのです。本当にフィルザード家に関わる皆様は……いい人ばかりなのです……」
なぜかポプラの空気は重苦しく、顔はますます曇る。視線だけを動かしてさりげなく彼女の様子を窺ってみると、両手の拳は強く握りしめられ、唇もわずかに噛んでいるように見える。
――やっぱりなんだか様子がおかしい。
そういえば、いつもならリカルドに感謝を伝えられたとしたらもっと焦って照れるはずなのに、今はそうした気配が感じられない。何か後ろめたさのようなものが心の中を支配していて、そちらにまで気が回っていないというか……。
(つづく……)
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