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第6幕:来るべき日の前奏曲(プレリュード)
第1-4節:リカルドの奥の手
しおりを挟むただ、それを見てもフレインさんの態度や表情は変わらない。依然として淡々としていて、歯牙にも掛けない空気を漂わせている。
「それも召集令状の場合と同様です。本物である確認が必要ですし、あなたが辺境伯本人であるかどうかは別問題です」
「……やれやれ、どうあっても僕たちを通したくないらしいな。ならば通行税を納め、調べも受け入れるなら通してもらえるか?」
「はい、それであればもちろん。ただし、この大人数ですからな。それにほかにも関所の通行を希望する者が多数待っております。順番に手続きを進めますゆえ、最短でも一週間はこの場でお時間をいただくことになるでしょう」
「なるほど、そう来たか……。だが、それでは会議に間に合わんのだが?」
「あなたがおっしゃるように、近日中にヴァーランド城では重要な会議が開かれる予定になっています。だからこそ怪しい者たちを領内の中心部に入れぬよう、関所の警備に力を入れねばならないのです。ご理解ください」
フレインさんは丁寧な所作で、深々と頭を下げた。ただ、それは社交辞令的で、スティール家と友好関係にあるフィルザード家の当主に対しての礼儀とは思えないほど素っ気なくて冷たい。
それでいて彼の言い分はそれなりに筋が通っているので、私たちとしても返事に苦慮してしまう。反論の隙が微塵もないほどの真理を突きつけなければ、論破することは出来ないだろう。
どうするの、リカルド……?
八方塞がりな状況に、困惑した私は眉を曇らせる。ただ、チラリと視線を向けてみると、彼はなぜかこの状況でも余裕に満ちた表情をしている。何かこのピンチを切り抜ける名案でもあるのだろうか?
固唾を呑んで見守っていると、彼はフレインさんに対してゆっくりと口を開く。
「フレイン、お前は貴族の身分か?」
「いえ、私は平民です」
「やはりそうか! ならば僕にとっては都合が良い。というのもな、イリシオン王国には『貴族に対して無礼な振る舞いをした平民は罰せられる』という法律があるのだよ」
攻撃的な感情を押し殺すような態度を装いつつ、強い口調で問いかけるリカルド。
その言葉を聞いたフレインさんは私たちと対峙して以来、初めて怯えたような瞳を見せて狼狽える。つまり彼はリカルドの言わんとしている意味を理解し、それをうまく回避する手立てがないことを悟っているのだ。
一瞬の間が空いた後、フレインさんは観念したようにポツリと呟く。
「……侮辱罪……ですか」
「なんだ、知ってるんじゃないか! ならばその罪の重さの決定権も、当事者である貴族の裁量に任されていることを承知しているだろう。つまり極論を言えば、お前は僕に問答無用で殺されても文句は言えんということだ」
「そ……それは……」
「もし当家とスティール家の間でトラブルになったとしても、その時は王都で裁判を開いて決着をつけることになるだけだ。僕が辺境伯であるということは、その際に明らかになる。だから今、僕が貴族であるかどうかを確かめる必要はない。僕としてはお前を殺すという選択をするだけだ」
「そ、そうなればフィルザード家とスティール家の関係は最悪なものになるでしょうな。ましてや侮辱罪など過去の時代の名残。今やその横暴な振る舞いは、近隣の貴族たちや領民たちから白い目を向けられるに違いありません」
そうは言ったものの、フレインさんの態度にも声にも覇気がなかった。それを見る限り、苦し紛れで絞り出した言い分といったところ。事実、現在でも侮辱罪によって罰せられている平民はたくさんいる。特に珍しいことじゃない。
もちろん、それが良いことかどうかは別問題だけど……。
当然、リカルドはそうした事情やフレインさんの動揺を見透かしているようで、全く動じる様子は見られない。むしろニタリと怪しい笑みを浮かべつつ、彼にさらなる追い打ちを掛ける。
「――分かった。貴様、死ぬ覚悟は出来ているということだな。僕が本気になればこんな小さな関所くらい、得意な炎の魔法で跡形もなく焼き尽くせる。簡単なことだ」
「なっ!? ス、スティール家やほかの貴族からの非難が――」
「構わん! 僕はそんなもの気にしない。邪魔者は消すだけだ。それに地方会議出席の妨害をしようとした貴様らに対しての処罰だ、むしろ僕を理解してくれる者も多かろう」
クククと喉の奥で笑ったリカルドは手のひらを掲げ、そこに魔法力で生み出した小さな炎の塊を猛らせた。端から見ているとまさに『悪の権化』という感じだ。
(つづく……)
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