運命の人は貴方ではなかった

富士山のぼり

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運命の人は貴方ではなかった

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「パウラ・ ヴィンケル……君との婚約は破棄させてもらう。」


 厳しい冬のある日婚約者のフレドからそう言われた時は信じられない思いだった。
私達程仲のいい婚約者はいない。今は少しだけ仲違いしているだけ。
内心ずっとそう思っていたのに私の思い込みだったのだろうか。
ある時期を境に彼の態度は冷たくなり、そして今回の言葉を聞く事となった。


「フレド、何で……。」

「わざわざ聞くのか? もう分かっているだろう、君も。」


 フレドとルーサ伯爵令嬢の噂話は聞いていた。
嘘だと思いたかったがやはり本当だったのだ。
男爵の平凡二女と侯爵の美貌の長女を比べられたら敵わない。
そんな物を歯牙にかけない程の私に対する愛情は彼には無かった様だった。


「……ご実家にはお話をされたの?」

「ああ。両親とも納得していなかったが最後は認めてくれた。」

「……。」

「私には好きな女性が居るんだ。本気で愛している運命の人がな。
 その人の為なら何でも出来る。」


 フレドはルーサ様への愛情に酔った様に顔を赤くしながらそう言った。
こうまで言われて今更私達の仲が回復するとは思えない。
彼の首からは私とおそろいのネックレスもいつしか消えていた。
私にとっては最後通牒の様なものだ。
口をぐっと引き締めて泣きたくなるのを堪えて声を絞り出す。


「……わかりました。」

「私は自分の愛に殉じたいんだ。君と会う事はもう無いだろう。」


 今まで二人で過ごした時間は一体何だったのだろう。
フレドの去った後、傷ついた私の目から止めどなく涙があふれてきた。

 屋敷に帰った私はしばらく涙に暮れる日々を過ごして家に閉じこもり続けた。
悲しむ私の様子を見て父は激怒して子爵家へ行ってくれたが結局手続き自体は
すんなりと終わった。
なにせ子爵家の次男と男爵家の二女だ。
お互いの家に大きな被害を与えるという程の婚約では無かったからだろう。
私に残った物は少々の違約金と婚約破棄された令嬢という肩書だけだった。

 しばらくして心もようやく落ち着いて来た頃、私は自分の部屋のバルコニーから
夜景を見ながら呟いた。


「運命の人、か……。」


 居るとしたらそれはフレドに違いないと思っていた。しかし全て錯覚だった。
こんな自分にもそういう人は居るのだろうか。
幼い時からの婚約が破棄になって私の心の傷は周囲が思う以上に大きい。
こんな抜け殻になった様な私を娶ってくれる人なんているのだろうか。

 だが、私の心配は直ぐに解消された。
自分から出会いを求める性格では無かったのに直ぐ婚約が決まったのだ。

 お相手はモルヴァン伯令息のジスランだ。
ジスランはフレドの最も親しい友人でもあった。
以前から私に好意を寄せていたとの事を告白して婚約を申し込んできた。

 女性は愛するより愛される方が幸せ。
母からのそんな言葉に後を押されて気が進まないまま私達は付き合い始めた。
しかし空虚だった私の心をジスランは急ぐ事なくゆっくり温かく満たしてくれた。
そして婚約期間を経て三年後に私達は結婚した。

 優しい夫に最愛の子供。
穏やかな時間は私の傷を癒し、いつしかフレドとの苦い別れも思い出す事は少なくなっていた。
彼はその後すぐルーサ様への愛が実らず命を絶ったと聞いている。
婚約破棄と別に私にとっては複雑な思いだ。

 しかし、そんなある日私は夫の書斎で見つけてしまったのだ。
フレドとおそろいのあのネックレスを。


「あなた、なぜこれがここにあるの?」

「……親友の形見だからだ。」

「それだけではないでしょう?
 これが私にとってどの様な意味を持っていたか知らなかったというの?」


 ここにこれがある理由がない。私はジスランを問いつめた。
そして彼がようやく語ってくれた事実は私にあの婚約破棄以上の衝撃を与えた。


「そのネックレスは私が形見分けとして彼の両親から譲り受けた物だ。
 ……いや、実際には奪った様な物なのかもしれない。
 彼に君の一部を天界ヴァルハラに持って行かれるような気がしてね……。」

「どうして……?」

「彼が君を誰よりも愛していたからだ。」

「何を言っているの? 私は彼に婚約破棄をされたのよ。
 あなたもご存じでしょうに。」

「彼にはそうせざるを得ない理由があったんだ。」

「理由?」

「……赤死病だ。」


 赤死病とはあの当時出始めた全身が真っ赤に腫れあがってやがて死に至る病気だ。
接触しなければ感染しないが対処方法も無い。
発生当初は一度発症したら助からない不死の病と言われていた。
フレドが病に侵されたのもその時期だったそうだ。
その一年ほど後に錬金術師によって特効薬が開発されて今は鎮静している。

 あの時の情熱を帯びた様に話す彼の赤い顔。
思えばある時期から別れる時まで私達はお互いの手に触れた記憶がない。
私が手を伸ばしてもさりげなく避けられた記憶がある。


「死を悟った彼は私に君を託した。私が君に懸想している事を知っていたからだ。
 知らない誰かに君を取られるくらいなら、と。」 

「……。」

「それだけじゃない。当時ルーサ嬢に彼が横恋慕しているという噂を流した事も
 彼と相談してやった事だ。」

「そんな。なぜそんな事……。」


 託す、託さないなどと、私はモノではない。一人の人間なのだ。
どうしてあの時私に何も相談してくれなかったのか。

 私はその後夫の制止を振り切ってしばらく実家に帰ってしまった。
そして、父に問いただした。
思えばあの時、嘆き悲しむ私を見て父は憤怒して子爵家に押しかけたはずだったが、
結局、離婚そのものは流れる様に成立した。
その事を知っていたのだろうか。

 結論から言えば、私の父母は全てを知っていた。
フレドの死を覚悟していた彼の両親に全てを聞いて婚約破棄を了承していたのだ。
確かにあの時手酷くふられない限り私はフレドの傍を離れる事はしなかっただろう。


 世間体を考えて形ばかりの違約金のやり取りはした。
お金を受け取らないと私自身に瑕疵があった離婚と見られて私自身の世間体が更に
傷つくからだ。
結局、何も知らないのは私だけだった。

 10日後、私は夫と子供の元へ戻った。
夫と子供を愛している事には違いないし、今更取り戻し様もない過去だったからだ。

 そして現在、私の腕にはネックレスを加工したブレスレットが光っている。
夫から渡してもらったフレドの物だ。
身に着ける事を屋敷に戻る条件として許してもらったのだ。

 今年も冬が近づいて来た。
暖炉の前の椅子に座って私は物思いに耽っていた。
子供をあやしている夫の姿を目に入れた後、手首のブレスレットに視線を落とす。

 私が結ばれる運命の人は貴方ではなかったけど……。
一番愛した人だったという言葉を私は飲み込んだ。
悪者になってまで自分を諦めさせてくれたフレドの優しさは今もこれからもずっと
私の心を苛むのだろう。
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