21 / 102
「ちゃんちゃら」21話
しおりを挟む
「ちゃんちゃら」21話
「辞める?大学を辞めるんですか?」
思わず耳を疑い、大原はそのまま聞き返してしまった。
海斗は顔は俯いているが、表情は薄ら微笑を浮かべていた。
「うん、いいんだ。」
大原は海斗がまるで未練のない表情だったのが気がかりだった。
「元々ギリギリのお金で大学に入ったから、留年とかする余裕も無いし。働こうと思う。」
「遠慮してるんですか?お金の事ならこちらで工面するので気になさらないで下さい。」
しかし、海斗は浮かない顔だった。
「どうせ大学に行っても泉谷みたいな奴から白い目で見られるから、いいんだ。」と苦笑している。
「そうですか。」と大原もこれ以上、話を続けない方がいいと判断し、それ以上追及するのはやめた。
暫く沈黙が続いたが、突然なにかに気づいたかのように海斗は慌てて付け加えた。
「いや、今の話、大地には言わないで欲しいんだ。」
「どうしてですか?」
海斗は気まずそうに視線が泳がせる。
「いや、その、大学辞めるのは言っていいんだけど、その理由とかは、知らなくていいかなって」
明らかに海斗が大地に気を遣っているのは一目瞭然だった。本来なら、大地にお金を要求したり、婚約を迫ったり、いくらでもやりようはあったと思う。しかし、海斗はそれらを実行する事なく、一人で決断し、ましてや大地の傍から離れていこうとしている。
「お優しいんですね、貴方は。」
大原はなんて言えば分からず、ありきたりな言葉しか口から出なかった。しかし、その言葉を聞いた海斗は、さっきまで苦笑していたのが嘘のように能面のような顔に一変した。どうしたものかと大原が目を丸くしていると、海斗が一言呟いた。
「優しくないよ、俺は。」
大原はまた謙遜しているのだろうと思い、その言葉を否定する。
「そんな事ないですよ。大地様のことを考えて下さっているのですから。」
「優しくない。」
今度はきっぱりと否定されたので、大原は口を噤んだ。どうやら、海斗にとっては言われたくない言葉だったようだ。今後、「優しい」という言葉を使う時は細心の注意を払わなければ、と大原は頭の中で考えた。
そんな大原に気づいたのか、罰が悪そうに海斗は自分の頭を掻く。
「あー、そうじゃなくてー。うーん。」
海斗がベッドの上で胡座をかいて唸る。どうやらこちらに気を遣ってなにか話そうとしているようだ。
少しして、海斗は小さくため息をついて話し始めた。
「俺、そんな優しいやつじゃないんだ。」
海斗はまた同じことを喋った。
「大地は俺のこと、偶然会って、偶然親しくなった仲だって思ってるかもしれないけど、違うんだ。」
海斗の瞳に影が落ちたので、大原はちゃんと海斗の顔が見えるよう、椅子を座り直した。
「俺ん家、貧乏なんだ。本当は高卒で働こうと思ってたんだけど、あの人、母さんが死んで、あの人がまだ使い切ってないお金を使って大学に行ったんだ。その方が、良いところに就職できると思って」
海斗は指を組んだ。
「あー、貧乏って言ったけど、実質、貧乏だったのは俺だけね。」と態と海斗は照れ臭そうに笑っている。大原は息を呑んだ。
「俺、自分の父親には会ったことないんだけど、たぶん相場より多く養育費貰ってたと思うんだよね。でも、ほとんどはあの人のパチンコとか酒代に消えちゃってさ。」と全く洒落にならない話を海斗は笑いながら洒落にしていた。
「だから、まさか財閥のお坊っちゃんが普通の大学にいるとは思わなくて、びっくりしたなぁ。」
海斗は顔の前に手を組み、虚空を見つめていた。
「あーこれはチャンスだって思ったんだ。あいつと一緒に行動するようになったら、少しは就活も有利になれるんじゃないかって。笑っちゃうよなぁ。」
海斗は鼻で笑っていた。別に誰を笑うでもなく、自分自身を嘲り笑っているように大原には見えた。
「だから、大地の言っていたことは、あながち間違いじゃなかったんだ。」とようやく海斗は大原を見た。
「嘘をつくとバチが当たるんだ。よくあの人、あー、母さんが言ってた。自業自得だったんだ。」
ここでようやく大原は海斗がなぜ大地に対して軽蔑な態度を微塵に見せないのか見当がついた。
「どうしてバチが当たると言われたんですか?なにか、あったんですか?」
大原の質問に少し意外そうに海斗はしていたが、また冷笑を浮かべて話し始めた。
「あぁ、おれ小学生の頃、一度だけあの人の財布から500円玉を抜き取ったことがあったんだ。どうしても遠足のおやつが買いたくってさ。子どもも色々大変なんだよ。一人だけお菓子持ってないってなると色々と、さ。あの人、普段は金遣いが荒い癖にがめついんだ。最初、出掛ける前に500円玉が無いって言われたんだけど、知らないふりしたんだ。でも、遠足から帰ってきた時にお菓子の袋が見つかっちゃって。そん時に言われたんだ。あの日はこっぴどく叱られたなぁ。」
ここまで言って海斗は恥ずかしそうに大原から視線を逸らした。
「あー、なんか喋りすぎたな、うん。」と首の裏を掻く。
「じゃあ、どのみち見つかったのなら、いっそのこと千円持っていっても良かったかもしれませんね。」
予想外の大原の発言に海斗は目を丸くした。そして吹き出すように笑った。途中、「イテテ」と気がついたように首を押さえている。
「あんた、面白い人だな。」
微笑んでいる大原に海斗は涙を指で拭いながら言った。
「なあ、さっきの話、大地に話しといてよ。そうしたら、もう俺に気を遣ったり、傍にいようなんて思わないだろうからさ。」
「辞める?大学を辞めるんですか?」
思わず耳を疑い、大原はそのまま聞き返してしまった。
海斗は顔は俯いているが、表情は薄ら微笑を浮かべていた。
「うん、いいんだ。」
大原は海斗がまるで未練のない表情だったのが気がかりだった。
「元々ギリギリのお金で大学に入ったから、留年とかする余裕も無いし。働こうと思う。」
「遠慮してるんですか?お金の事ならこちらで工面するので気になさらないで下さい。」
しかし、海斗は浮かない顔だった。
「どうせ大学に行っても泉谷みたいな奴から白い目で見られるから、いいんだ。」と苦笑している。
「そうですか。」と大原もこれ以上、話を続けない方がいいと判断し、それ以上追及するのはやめた。
暫く沈黙が続いたが、突然なにかに気づいたかのように海斗は慌てて付け加えた。
「いや、今の話、大地には言わないで欲しいんだ。」
「どうしてですか?」
海斗は気まずそうに視線が泳がせる。
「いや、その、大学辞めるのは言っていいんだけど、その理由とかは、知らなくていいかなって」
明らかに海斗が大地に気を遣っているのは一目瞭然だった。本来なら、大地にお金を要求したり、婚約を迫ったり、いくらでもやりようはあったと思う。しかし、海斗はそれらを実行する事なく、一人で決断し、ましてや大地の傍から離れていこうとしている。
「お優しいんですね、貴方は。」
大原はなんて言えば分からず、ありきたりな言葉しか口から出なかった。しかし、その言葉を聞いた海斗は、さっきまで苦笑していたのが嘘のように能面のような顔に一変した。どうしたものかと大原が目を丸くしていると、海斗が一言呟いた。
「優しくないよ、俺は。」
大原はまた謙遜しているのだろうと思い、その言葉を否定する。
「そんな事ないですよ。大地様のことを考えて下さっているのですから。」
「優しくない。」
今度はきっぱりと否定されたので、大原は口を噤んだ。どうやら、海斗にとっては言われたくない言葉だったようだ。今後、「優しい」という言葉を使う時は細心の注意を払わなければ、と大原は頭の中で考えた。
そんな大原に気づいたのか、罰が悪そうに海斗は自分の頭を掻く。
「あー、そうじゃなくてー。うーん。」
海斗がベッドの上で胡座をかいて唸る。どうやらこちらに気を遣ってなにか話そうとしているようだ。
少しして、海斗は小さくため息をついて話し始めた。
「俺、そんな優しいやつじゃないんだ。」
海斗はまた同じことを喋った。
「大地は俺のこと、偶然会って、偶然親しくなった仲だって思ってるかもしれないけど、違うんだ。」
海斗の瞳に影が落ちたので、大原はちゃんと海斗の顔が見えるよう、椅子を座り直した。
「俺ん家、貧乏なんだ。本当は高卒で働こうと思ってたんだけど、あの人、母さんが死んで、あの人がまだ使い切ってないお金を使って大学に行ったんだ。その方が、良いところに就職できると思って」
海斗は指を組んだ。
「あー、貧乏って言ったけど、実質、貧乏だったのは俺だけね。」と態と海斗は照れ臭そうに笑っている。大原は息を呑んだ。
「俺、自分の父親には会ったことないんだけど、たぶん相場より多く養育費貰ってたと思うんだよね。でも、ほとんどはあの人のパチンコとか酒代に消えちゃってさ。」と全く洒落にならない話を海斗は笑いながら洒落にしていた。
「だから、まさか財閥のお坊っちゃんが普通の大学にいるとは思わなくて、びっくりしたなぁ。」
海斗は顔の前に手を組み、虚空を見つめていた。
「あーこれはチャンスだって思ったんだ。あいつと一緒に行動するようになったら、少しは就活も有利になれるんじゃないかって。笑っちゃうよなぁ。」
海斗は鼻で笑っていた。別に誰を笑うでもなく、自分自身を嘲り笑っているように大原には見えた。
「だから、大地の言っていたことは、あながち間違いじゃなかったんだ。」とようやく海斗は大原を見た。
「嘘をつくとバチが当たるんだ。よくあの人、あー、母さんが言ってた。自業自得だったんだ。」
ここでようやく大原は海斗がなぜ大地に対して軽蔑な態度を微塵に見せないのか見当がついた。
「どうしてバチが当たると言われたんですか?なにか、あったんですか?」
大原の質問に少し意外そうに海斗はしていたが、また冷笑を浮かべて話し始めた。
「あぁ、おれ小学生の頃、一度だけあの人の財布から500円玉を抜き取ったことがあったんだ。どうしても遠足のおやつが買いたくってさ。子どもも色々大変なんだよ。一人だけお菓子持ってないってなると色々と、さ。あの人、普段は金遣いが荒い癖にがめついんだ。最初、出掛ける前に500円玉が無いって言われたんだけど、知らないふりしたんだ。でも、遠足から帰ってきた時にお菓子の袋が見つかっちゃって。そん時に言われたんだ。あの日はこっぴどく叱られたなぁ。」
ここまで言って海斗は恥ずかしそうに大原から視線を逸らした。
「あー、なんか喋りすぎたな、うん。」と首の裏を掻く。
「じゃあ、どのみち見つかったのなら、いっそのこと千円持っていっても良かったかもしれませんね。」
予想外の大原の発言に海斗は目を丸くした。そして吹き出すように笑った。途中、「イテテ」と気がついたように首を押さえている。
「あんた、面白い人だな。」
微笑んでいる大原に海斗は涙を指で拭いながら言った。
「なあ、さっきの話、大地に話しといてよ。そうしたら、もう俺に気を遣ったり、傍にいようなんて思わないだろうからさ。」
19
あなたにおすすめの小説
あなたの家族にしてください
秋月真鳥
BL
ヒート事故で番ってしまったサイモンとティエリー。
情報部所属のサイモン・ジュネはアルファで、優秀な警察官だ。
闇オークションでオメガが売りに出されるという情報を得たサイモンは、チームの一員としてオークション会場に潜入捜査に行く。
そこで出会った長身で逞しくも美しいオメガ、ティエリー・クルーゾーのヒートにあてられて、サイモンはティエリーと番ってしまう。
サイモンはオメガのフェロモンに強い体質で、強い抑制剤も服用していたし、緊急用の抑制剤も打っていた。
対するティエリーはフェロモンがほとんど感じられないくらいフェロモンの薄いオメガだった。
それなのに、なぜ。
番にしてしまった責任を取ってサイモンはティエリーと結婚する。
一緒に過ごすうちにサイモンはティエリーの物静かで寂しげな様子に惹かれて愛してしまう。
ティエリーの方も誠実で優しいサイモンを愛してしまう。しかし、サイモンは責任感だけで自分と結婚したとティエリーは思い込んで苦悩する。
すれ違う運命の番が家族になるまでの海外ドラマ風オメガバースBLストーリー。
※奇数話が攻め視点で、偶数話が受け視点です。
※エブリスタ、ムーンライトノベルズ、ネオページにも掲載しています。
キンモクセイは夏の記憶とともに
広崎之斗
BL
弟みたいで好きだった年下αに、外堀を埋められてしまい意を決して番になるまでの物語。
小山悠人は大学入学を機に上京し、それから実家には帰っていなかった。
田舎故にΩであることに対する風当たりに我慢できなかったからだ。
そして10年の月日が流れたある日、年下で幼なじみの六條純一が突然悠人の前に現われる。
純一はずっと好きだったと告白し、10年越しの想いを伝える。
しかし純一はαであり、立派に仕事もしていて、なにより見た目だって良い。
「俺になんてもったいない!」
素直になれない年下Ωと、執着系年下αを取り巻く人達との、ハッピーエンドまでの物語。
性描写のある話は【※】をつけていきます。
流れる星、どうかお願い
ハル
BL
羽水 結弦(うすい ゆずる)
オメガで高校中退の彼は国内の財閥の一つ、羽水本家の次男、羽水要と番になって約8年
高層マンションに住み、気兼ねなくスーパーで買い物をして好きな料理を食べられる。同じ性の人からすれば恵まれた生活をしている彼
そんな彼が夜、空を眺めて流れ星に祈る願いはただ一つ
”要が幸せになりますように”
オメガバースの世界を舞台にしたアルファ×オメガ
王道な関係の二人が織りなすラブストーリーをお楽しみに!
一応、更新していきますが、修正が入ることは多いので
ちょっと読みづらくなったら申し訳ないですが
お付き合いください!
ふた想い
悠木全(#zen)
BL
金沢冬真は親友の相原叶芽に思いを寄せている。
だが叶芽は合コンのセッティングばかりして、自分は絶対に参加しなかった。
叶芽が合コンに来ない理由は「酒」に関係しているようで。
誘っても絶対に呑まない叶芽を不思議に思っていた冬真だが。ある日、強引な先輩に誘われた飲み会で、叶芽のちょっとした秘密を知ってしまう。
*基本は叶芽を中心に話が展開されますが、冬真視点から始まります。
(表紙絵はフリーソフトを使っています。タイトルや作品は自作です)
この手に抱くぬくもりは
R
BL
幼い頃から孤独を強いられてきたルシアン。
子どもたちの笑顔、温かな手、そして寄り添う背中――
彼にとって、初めての居場所だった。
過去の痛みを抱えながらも、彼は幸せを願い、小さな一歩を踏み出していく。
好きな人がカッコ良すぎて俺はそろそろ天に召されるかもしれない
豆ちよこ
BL
男子校に通う棚橋学斗にはとってもとっても気になる人がいた。同じクラスの葛西宏樹。
とにかく目を惹く葛西は超絶カッコいいんだ!
神様のご褒美か、はたまた気紛れかは知らないけど、隣同士の席になっちゃったからもう大変。ついつい気になってチラチラと見てしまう。
そんな学斗に、葛西もどうやら気付いているようで……。
□チャラ王子攻め
□天然おとぼけ受け
□ほのぼのスクールBL
タイトル前に◆◇のマークが付いてるものは、飛ばし読みしても問題ありません。
◆…葛西視点
◇…てっちゃん視点
pixivで連載中の私のお気に入りCPを、アルファさんのフォントで読みたくてお引越しさせました。
所々修正と大幅な加筆を加えながら、少しづつ公開していこうと思います。転載…、というより筋書きが同じの、新しいお話になってしまったかも。支部はプロット、こちらが本編と捉えて頂けたら良いかと思います。
君の恋人
risashy
BL
朝賀千尋(あさか ちひろ)は一番の親友である茅野怜(かやの れい)に片思いをしていた。
伝えるつもりもなかった気持ちを思い余って告げてしまった朝賀。
もう終わりだ、友達でさえいられない、と思っていたのに、茅野は「付き合おう」と答えてくれて——。
不器用な二人がすれ違いながら心を通わせていくお話。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる