ちゃんちゃら

三旨加泉

文字の大きさ
42 / 102

「ちゃんちゃら」42話

しおりを挟む
「ちゃんちゃら」42話


「海斗くんは一人暮らしを始めてから自炊し始めたの?」
 海斗はエビが入ったサラダを盛り付けている最中だった。
「いや、子どもの頃には似たようなことしてました。」
「へーそうなんだ。海斗くん偉いねぇ」
「いや、偉くないですよ。自分で作らないと何も無かったんで。」
 海斗の言葉に雫は取り皿を手に持ったまま海斗を凝視していた。
「何も無いって、家に何も置かれてなかったの?」
 大原も顔を上げる。しかし、海斗はサラダの盛り付けをいかに綺麗に見せれるかに頭を割いていた。
「あの人、ああ、母はいつも飲み歩いていたから、俺の分は碌に置かれてなかったんですよ。」
 レタスやトマトの上に雫と頑張って剥いた小エビを乗せて満足気に海斗は言った。
「でも、おつまみで買ってたのかな。漬け物とかは冷蔵庫にあったんで、子どもの頃はよくその漬け物マヨネーズご飯食べてたな。あ、なんか他にも良い料理ないかなぁって柄にもなく料理番組をこっそり見たこともあったっけ」と懐かしむ様子でサラダの上に、雫から教わった特製ドレッシングをかけた。かけ終わってすぐにハッとした顔をして雫の方を見る。
「あ、ドレッシングって食べる直前にかけるべきでした!?」
 雫は呆気に取られていたが、海斗の絶望した表情を見て次第に笑いが込み上げてきたのか、クスクス笑っていた。
「あ、笑ってないで教えて下さいよ。」
「海斗くん、料理の才能あるから、今度は一人で作ってみるのもいいんじゃない?」
 いきなり褒められたので海斗は唖然としたが、言葉の意味を理解し始めたのか、珍しく子どものように目を輝かせた。
「他には何作ってたの?」
「えーと、スープは卵が奇跡的にあったら味噌汁に入れてました。」
「お、豪華だね。よし、それも作ろう。」

 子どものようにはしゃぎながら料理する二人は天衣無縫な笑顔を浮かべていた。それを大原は微笑ましく見ていたが、同時にどこか浮かない表情だった。

 気がつけばチキン南蛮以外にも卵入り味噌汁やエビサラダ、それに加え、雫がよく作るという小松菜とツナの和え物を海斗は雫の支持通りに作っていった。テーブルの上に並べると海斗が今まで見た中で一番豪華で品数が多い食卓になった。
「海斗くん、一緒にやってみて思ったけど、料理作るの本当に好きなんだなあって思ったよ。今度、作る時は大原さんに言って自分で作ってみるのも良いんじゃない?」と雫は腰に手を当てながら海斗に話しかける。

 しかし、海斗からの返事は無く、静まり返っているので、不審に思い、雫は海斗の方を一瞥する。すると、どういうわけか海斗の顔は真っ青だった。さっきまで天真爛漫に料理していた姿とは全くの別物になっていた。
 驚いて雫は大原と顔を見合わせるが、大原も何が起きたのか分からないといった表情を浮かべていた。この間のハンバーガーの時のように具合が悪くなったのかと思い、雫は海斗の肩にそっと手を置く。
「どうしたの?」
 海斗は今にも泣きそうな表情で雫の袖を掴む。
「どうしよう。こんなに作って、俺、怒られないかな」
 雫は訝しげに海斗を見た。
「怒る?誰に?」
「大地に。」
 また雫は大原と顔を見合わせるが、大原も思い当たる節はどこにも無さそうだった。
「大地くんにご馳走して怒られたことがあるの?」
「いや。」
 不自然な返答に雫たちは困惑する。
「誰かに怒られたんですか?」と大原が雫に続けて訊ねた。
 すると、困り眉で海斗が自分の胸の前で指をモジモジさせた。

「子どもの頃、今回みたいに料理をすることにハマって調子に乗って作り過ぎちゃったことがあって」
 少し呼吸が荒くなってきたのか、さっきまでスラスラ話していた海斗の言葉は途切れ途切れになっていった。
「あの時はそうだな。スーパーの惣菜にあった唐揚げのパックも使っちゃったな。マヨネーズかけて。思ったよりよくできた気がしたから、母さんにプレゼントしようってその時の俺は思ったんだ。」
 海斗はまるでそこに痛みがあるかのようにモジモジさせていた手を胸に強く当てている。
「でも、母さんが帰ってきたら、めちゃくちゃ怒られて。なんでこんなに食材使ったんだって。無駄にするなって。」
 気がついたら雫は海斗を抱き寄せ、頭を撫でていた。そこで海斗は我に返り、瞳から溢れ出しそうな体液を慌てて引っ込めた。
「なんか、すみません。一人で喋って。」
 雫も大原も首を振る。
「海斗くんは、その過去があるから大地くんが怒ると思ったの?」
「そんなにいらないって言うかも。好き嫌いも俺よく知らないのに。」
「そうかなぁ。大地くん、基本なんでも食べるよ。」とこの間の大知と同じことを雫は言ってる。横で大原も激しく頷いている。

 しかし、不安そうにしている海斗を他所に、「じゃあ僕は、これとこれを持ち帰ろうかなあ」とタッパーに多めに作った料理を詰め込み始める。それを見て海斗の背筋は凍った。
「え?雫さん、一緒に食べないの?」
 雫は微笑みながらタッパーの蓋を閉める。
「うん。大知がそろそろ帰ってくるだろうし。」
 海斗は雫の裾を強く引っ張った。
「え。食べてって、下さい!」
 海斗の潤んだ瞳を見て雫は大笑いしている。焦った海斗の様子とは真逆で雫はとても落ち着いていた。
「ダメダメ!一番に食べたい人いるでしょう。」と海斗のおでこを人差し指で軽くつつく。そして大原に目配せをして玄関へ歩き始めてしまった。しかし、その途中で雫は足を止める。

「これ、大地くんの?」
 見ると、今日の朝に海斗が食器棚の上に置いた水色のテディベアだった。海斗が雫に言われた通り、大地の匂いがついた物を彼から貰った経緯を話した。
「そっか。大地くん、僕と大和さんが再婚してからは、ほとんどここの別荘で過ごしてたから、ちょうど良いかもね。まあ、僕たちに気を遣っていたんだろうね。」と雫はテディベアの鼻に優しく人差し指を近づける仕草をした。海斗は一人で部屋に籠ってひたすら勉強している大地を想像した。想像の中の大地の背中はどこか小さく見えた。

 そんなことを想像していると、雫は玄関へ到着してしまっていた。絶望しながらも海斗は雫に力なく手を振った。
 海斗は雫が運転する車が遠ざかっていくのを気が気でない様子で眺めることしかできなかった。


しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

あなたの家族にしてください

秋月真鳥
BL
 ヒート事故で番ってしまったサイモンとティエリー。  情報部所属のサイモン・ジュネはアルファで、優秀な警察官だ。  闇オークションでオメガが売りに出されるという情報を得たサイモンは、チームの一員としてオークション会場に潜入捜査に行く。  そこで出会った長身で逞しくも美しいオメガ、ティエリー・クルーゾーのヒートにあてられて、サイモンはティエリーと番ってしまう。  サイモンはオメガのフェロモンに強い体質で、強い抑制剤も服用していたし、緊急用の抑制剤も打っていた。  対するティエリーはフェロモンがほとんど感じられないくらいフェロモンの薄いオメガだった。  それなのに、なぜ。  番にしてしまった責任を取ってサイモンはティエリーと結婚する。  一緒に過ごすうちにサイモンはティエリーの物静かで寂しげな様子に惹かれて愛してしまう。  ティエリーの方も誠実で優しいサイモンを愛してしまう。しかし、サイモンは責任感だけで自分と結婚したとティエリーは思い込んで苦悩する。  すれ違う運命の番が家族になるまでの海外ドラマ風オメガバースBLストーリー。 ※奇数話が攻め視点で、偶数話が受け視点です。 ※エブリスタ、ムーンライトノベルズ、ネオページにも掲載しています。

ただ愛されたいと願う

藤雪たすく
BL
自分の居場所を求めながら、劣等感に苛まれているオメガの清末 海里。 やっと側にいたいと思える人を見つけたけれど、その人は……

流れる星、どうかお願い

ハル
BL
羽水 結弦(うすい ゆずる) オメガで高校中退の彼は国内の財閥の一つ、羽水本家の次男、羽水要と番になって約8年 高層マンションに住み、気兼ねなくスーパーで買い物をして好きな料理を食べられる。同じ性の人からすれば恵まれた生活をしている彼 そんな彼が夜、空を眺めて流れ星に祈る願いはただ一つ ”要が幸せになりますように” オメガバースの世界を舞台にしたアルファ×オメガ 王道な関係の二人が織りなすラブストーリーをお楽しみに! 一応、更新していきますが、修正が入ることは多いので ちょっと読みづらくなったら申し訳ないですが お付き合いください!

キンモクセイは夏の記憶とともに

広崎之斗
BL
弟みたいで好きだった年下αに、外堀を埋められてしまい意を決して番になるまでの物語。 小山悠人は大学入学を機に上京し、それから実家には帰っていなかった。 田舎故にΩであることに対する風当たりに我慢できなかったからだ。 そして10年の月日が流れたある日、年下で幼なじみの六條純一が突然悠人の前に現われる。 純一はずっと好きだったと告白し、10年越しの想いを伝える。 しかし純一はαであり、立派に仕事もしていて、なにより見た目だって良い。 「俺になんてもったいない!」 素直になれない年下Ωと、執着系年下αを取り巻く人達との、ハッピーエンドまでの物語。 性描写のある話は【※】をつけていきます。

この手に抱くぬくもりは

R
BL
幼い頃から孤独を強いられてきたルシアン。 子どもたちの笑顔、温かな手、そして寄り添う背中―― 彼にとって、初めての居場所だった。 過去の痛みを抱えながらも、彼は幸せを願い、小さな一歩を踏み出していく。

ふた想い

悠木全(#zen)
BL
金沢冬真は親友の相原叶芽に思いを寄せている。 だが叶芽は合コンのセッティングばかりして、自分は絶対に参加しなかった。 叶芽が合コンに来ない理由は「酒」に関係しているようで。 誘っても絶対に呑まない叶芽を不思議に思っていた冬真だが。ある日、強引な先輩に誘われた飲み会で、叶芽のちょっとした秘密を知ってしまう。 *基本は叶芽を中心に話が展開されますが、冬真視点から始まります。 (表紙絵はフリーソフトを使っています。タイトルや作品は自作です)

【完結】初恋のアルファには番がいた—番までの距離—

水樹りと
BL
蛍は三度、運命を感じたことがある。 幼い日、高校、そして大学。 高校で再会した初恋の人は匂いのないアルファ――そのとき彼に番がいると知る。 運命に選ばれなかったオメガの俺は、それでも“自分で選ぶ恋”を始める。

好きな人がカッコ良すぎて俺はそろそろ天に召されるかもしれない

豆ちよこ
BL
男子校に通う棚橋学斗にはとってもとっても気になる人がいた。同じクラスの葛西宏樹。 とにかく目を惹く葛西は超絶カッコいいんだ! 神様のご褒美か、はたまた気紛れかは知らないけど、隣同士の席になっちゃったからもう大変。ついつい気になってチラチラと見てしまう。 そんな学斗に、葛西もどうやら気付いているようで……。 □チャラ王子攻め □天然おとぼけ受け □ほのぼのスクールBL タイトル前に◆◇のマークが付いてるものは、飛ばし読みしても問題ありません。 ◆…葛西視点 ◇…てっちゃん視点 pixivで連載中の私のお気に入りCPを、アルファさんのフォントで読みたくてお引越しさせました。 所々修正と大幅な加筆を加えながら、少しづつ公開していこうと思います。転載…、というより筋書きが同じの、新しいお話になってしまったかも。支部はプロット、こちらが本編と捉えて頂けたら良いかと思います。

処理中です...