ちゃんちゃら

「ちゃんちゃら」53話

「ちゃんちゃら」53話


「海斗先輩！」
「空島。」
　大学の頃の後輩が勢い良く海斗に抱きつく。海斗は驚きながらも空島の頭を撫でる。
「久しぶりだな。元気にしてた？」
「はい！めっちゃ元気です！」
　二人のやり取りを微笑ましく大地が見ていると、マスターもグラスを置いてこちらへ歩いてきた。
「まあ、積もる話もあるでしょ。今日はサービスしてあげるわよ。ノンアルで。」
　そう言うと、マスターがカウンターでカクテルなどで使うジュースを二人に出してくれる。
　二人が腰を下ろして再会にみんなで乾杯をすると、今までの経緯についてマスターと空島の二人に話した。
　話を聞き終わると、マスターはジュースが入ったグラスを少し傾けて揺らす。
「あら、随分と時間掛かったのねぇ、くっつくのに。」
　大地は俯きながらも口を尖らせる。
「仕方ないだろう。こんなに鈍感だと思わなかったんだから。」
「そんなに俺って鈍感かなぁ」とジュースを飲みながら海斗は天井を仰ぐ。
「俺、ちゃんと告白したのに。」と膨れっ面で大地がブツブツ呟いているのを海斗は微笑ましく見る。その様子を掃除の続きを始めた空島がモップを立てながら、壁に寄りかかる。
「良いっすねぇ、仲睦まじくて！妬けちゃいますね～」とニヤニヤと二人の様子をおちょくっていた。
「お酒どころかジュースしか飲んでないのに一番盛り上がってるな、あいつ」と大地は苦笑しながらオレンジジュースを口にする。

「そういう空島は最近どうなんだ？このBARでバイトしてるなんて知らなかったぞ。」と少し癪に触ったので大地が訊き返した。
　空島は呆気に取られていたが、マスターの顔を見て笑う。
「俺、強くなりたくて大地さんたちと一緒にいたんすけど、別にそこに固執しなくても良いかなって思えてきて。」
「強くなりたい？」
　海斗がグラスを持ちながら小首を傾げる。彼からそんな話を聞いたのは初めてだったからだ。空島は急に何かハッとして慌てて手を振った。
「あ、二人のことは大事に思ってるっすよ！ただ、泉谷先輩たちと無理して一緒にいるのはなぁと思って」
「大丈夫だよ、分かってるよ。」と大地も海斗も空島の様子が可笑しくて笑いながら宥めた。落ち着いた空島はモップで床を軽く拭き始める。
「俺、Ωなんで、舐められないように強くなりたいんすよ。」
　空島の言葉に三人とも顔を見合わせる。
「それで俺、この間の、その、二人がいない時に起こった事件で対応したマスターがカッコいいなって思えて。」
　海斗は怪訝な表情で大地を見る。大地は視線を逸らす。事件というのは、恐らく泉谷たちがこのBARで海斗に対する軽蔑的な発言をしたことだろう。海斗は泉谷に乱暴をされたことを思い出したのか、それ以上なにも訴えてこなかった。

「あら、そんな理由だったのね。」とマスターはというと恥ずかし気に自分の頬に手をやって体をくねらせている。
「あたし、そんなに強くないわよ。」と照れながらビールがたくさん入った木箱を軽々しく持ち上げているのを三人は苦笑しながら見つめていた。大地はそれを指差す。
「強くなるって腕力とかの話なのか？」
　空島は笑いながら頷く。
「それもあるっす！」
　大地は空島の体の下から頭のてっぺんまで軽く見遣る。
「一体あと何十年後の話やら。」
　すると、空島は頬を膨らませながら力瘤をつくってみせる。
「失礼っすね！俺、これでも中学の時は野球部でピッチャーやってたんすよ」と彼が言い終わる前に空島の顔色はお酒を飲んでもいないのに真っ赤に染まっていった。そしてモップを手放し、床に膝をついたので驚いた三人は空島に駆け寄る。顔を見合わせる大地と海斗を他所にマスターは怒鳴り声に近い声で大地の肩を掴んだ。

「ヒートよ！外に出なさい！」