ちゃんちゃら

三旨加泉

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「ちゃんちゃら」54話

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「ちゃんちゃら」54話


 マスターの言葉に頭で考えるより先に足が動いていた。海斗も大地の後ろにつき、店のドアまで走っていく。大地がドアを開けて後ろを振り向くと、ドアを潜らずに大地を心配そうな目で見ている海斗がいた。
「俺、空島が心配だから店に残るよ。大丈夫になったら連絡するから。」
 大地に焦燥感が走る。
「俺に、俺になにか出来る事ない!?」
 海斗は目を丸くしたが、やがて笑ってドアを閉めながら「分かった。それも連絡する。」と言った。ドアが完全に閉まる音が大地の耳に余韻を残していった。

 大地はとりあえずBARを離れるしかなかった。せっかく助けてもらったのにΩのフェロモンで理性を失っては元も子もなかった。あの夜の、海斗とのトラブルを思い出す。すでに海斗と番になっているからか、空島がヒートを起こした時はなんにも感じなかった。しかし、やはり危険を感じずにはいられなかった。
 今まで空島がヒートを起こした姿を見たことはなく、これが初めてだった。だからこそ、空島がΩだということに大地は全く気づかなかったのだ。苦しそうに顔が火照って床に蹲る空島を、大地はただ眺めることしかできなかった。その一方で海斗は最近、Ωだと診断されたというのに、冷静に大地を送り出し、空島の元へ戻っていったのを見て、またしても大地は自分への無力感に腹が立ってきていた。
 海斗とは番となり、ヒートの心配は無くなったものの、今回のように生まれてからずっと体の不調に苦しめられているΩはたくさんいるのだ。今までそんなことを考えもしなかった大地にとって、空島のヒートはまさに寝耳に水だった。

 暫くBAR周辺を歩き回っていると、スマホが震えたのが分かり、大地は急いでホーム画面を開く。海斗からの連絡で、空島の体調は芳しくなく、なにかゼリーなど軽く食べれる食べ物を買ってきてほしいとのことだった。
 大地はコンビニまで走って向かった。ーもし、海斗が元々Ωだと自他共に知っていたら、自分は優しくできただろうか。父の再婚の一件の時と同じように、ずっと冷たい態度を取ってしまっていたのではないか?いや、そもそもお互い友達になろうなどと思わなかったのではないか?
 大地は物思いに耽りながらも簡単に栄養が摂れるゼリー飲料を手に取った。

 大地は一目散にBARへ走った。走ったところで大して何も変わらないかもしれないが、それでも今は走りたい気分だった。
 海斗に連絡すると、BARの入り口のドアが開いた。
「空島、薬が効いてきたから、もう入って大丈夫だと思う。たぶん。」
「たぶんって。」
「俺αじゃないからさ。今どんな状況なのか正直よく分からないんだ。」
 その不安でいっぱいな海斗の表情を見て、海斗もまた自分と同じ気持ちなことに気づいた。彼も分からないなりに懸命に動いていたのが分かって大地は安心したのと同時に、海斗がいつもより小さく見えた。大地は海斗を抱きしめた。海斗は驚きつつもゼリーやスープが入ったレジ袋を受け取る。
「大地も来てみる?何かあってもマスターがどうにかすると思うから、大丈夫だと思う。」
 これ以上にないくらい安全な提案だった。


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