ゼロから千まで

三旨加泉

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「ゼロから千まで」3話

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「ゼロから千まで」3話


「ねぇ、そんなに零一くんが好きなら何で言ってくれなかったの?」
 百合愛の言葉に頬を押さえながら目を見開く。頭の中には何も思い当たるものなど無かった。
「なに、言ってるの?」と震えた声で千歳は百合愛に問いかける。しかし、百合愛の冷笑は治るどころか、どんどん濃くなっていった。
「そんな大怪我してまで、零一くんが好きだったの?聞いたよ。零一くんを助けてこうなったんだよね?」

 千歳の脳裏に男に襲われた時の光景が甦ってくる。
 あれはちょうど休憩時間中に木に登っていた時のことだった。千歳はよく木登りをしては、好物のメロンパンを食べながら外から見える景色を眺めるのが楽しみの一つだった。友人たちからは「バカは高いところが好きだとはよく言ったものだ」とよく揶揄われ、先生たちからもよく叱られたが、千歳は気にしていなかった。
 しかし、あの日見た木から眺めた景色は違った。工事中で組まれた鉄骨を黒い何かが屋上まで登っていく姿を千歳は目撃したのだ。そして、その日は美化委員の仕事で屋上に零一が行くことを千歳は知っていた。
 まるで猿のようだと言われていた千歳の身体能力は決して的外れなんかではなく、あっという間に不審者を追って彼女も屋上まで駆けつけてしまった。
 突然の不審者の登場に動揺していた零一を見て、思わず千歳が一声「やーい、こっちだ」と叫んだことにより、不審者はまんまと千歳にターゲットを変えてしまったのだ。

 どうやら、百合愛は千歳が零一が好きで無理をしたのだと勘違いしている様子だった。彼女の瞳から静かに涙が溢れ出ているのを見て慌てて千歳は首を振るが、百合愛は目を合わせてはくれなかった。
「私のこと、応援するフリしてずっと零一くんのこと狙ってたのね。こんなことしてまで」
 ずっと千歳は首を振った。必死に首を振った為、彼女の表情はよく見えなかった。零一を助けようと思ったことに下心など無かった。零一は百合愛の大事な恋人なのだから。どちらかといえば、二人には幸せになって欲しいと思ってやったことだった。
 しかし、千歳の思いは虚しく、百合愛は病室を足早に立ち去ってしまった。

 動揺した千歳はただ開け放たれた病室のドアを眺めることしか出来なかった。千歳が本来思い描いていた光景はこうだ。心配してこちらの手を取り、いつも通り百合愛とお話をして、それから。それから。
 気がつけば千歳は自分の涙を拭っていた。しゃくり上げる声を上げながら泣いていると、開け放たれたドアを不審そうに覗き込んだ人物がいた。零一だった。

「千歳?」
 泣いている千歳を見てギョッとした零一が千歳の元へ駆け寄ってくる。顔を拭いている千歳からしてみれば表情は見えないが、零一が心配しているということは分かった。だから、まるで突き飛ばすかのように前に手を出した。零一はびっくりして立ち止まる。

「来ないで。」
「え?」
「会いたくない。」と泣きながら涙を拭う彼女の姿に唖然としていた零一だったが、少ししてそっと病室のドアを閉めて立ち去っていった。

 一人病室に取り残された千歳は呆然と窓の外を眺める。そこには、一人小さな花束を持った零一の後ろ姿が見えた。その後ろ姿が遠ざかっていくのを千歳は黙って見送ったのと同時に、もうここには誰も来ないのではないかという絶望感を味わった。
 咄嗟に取ってしまった行動に後悔とこれで良いんだという納得の気持ちが綯い交ぜになって心に押し寄せてくる。これで零一を狙ってるなんて百合愛には思われないだろう。すぐ誤解も解けるはずだ、と千歳はそう確信していた。


 しかし、その千歳の確信は次の日の夕方、何食わぬ顔で病室にやってくる零一の姿を見て崩れ去るのであった。


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