ゼロから千まで

三旨加泉

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「ゼロから千まで」39話

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「ゼロから千まで」39話


 その日は雨だった。傘を差しながら千歳は帰路を闊歩していた。足を振り上げた際に靴の先から水が飛び散るのが楽しく、足と水溜りを千歳は眺めていた。
 下を見ながら曲がり角を曲がると、男の怒号が聞こえた。びっくりした千歳は傘を思わず落としてしまった。顔を上げると大人の男が同じ中学の制服を着た女生徒のスカートを引っ張っていた。女生徒は今にも泣きそうな表情で男の手を退けようと必死に抵抗している。女生徒の顔は薄らと見覚えがあった。名前は知らないが確か同じ学年だったと思い、落とした傘のことなど忘れ、千歳は女生徒の元へ駆け寄る。

「何してんの?」

 すると、男の方は誰かに見られたということに怯んだのか、そのまま走り去って行ってしまった。千歳は走っていく男の背中を目で確認した後、女生徒に向き直ると、女生徒は目を丸くしながら千歳を見ていた。あまりにも茫然と立ち尽くしていたので、千歳は何か間違っただろうかと心配したが、女生徒が音もなく大粒の涙を流し始めたので今度は千歳が目を丸くした。
「大丈夫?」と声を掛けると、女生徒はしゃくり上げながらも頷く。余程怖かったのだろうな、と千歳が考えていると、女生徒は千歳の手を取り、満面の笑みで「ありがとう」と礼を言った。
「同じ学校の生徒?うち、千歳。」
「永遠千歳ちゃんだよね。私、須藤百合愛。」
 そう言って百合愛は手を差し出してきた。しかし、その手を取ろうとした直後、大きなくしゃみをする。百合愛は驚いていたが、百合愛も小さいがくしゃみをした。そこで初めて二人は今までずっと雨に打たれていたことに気がついた。二人は顔を見合わせ、それぞれ笑い声を上げた。
「とりあえず、一旦雨宿りしよっか。」と百合愛は近くにあるショッピングモールを指差した。千歳は「うん。」と頷き、ずぶ濡れで黒く見える紺色の制服を着た二人は、小走りで明るい屋根の下へと向かって行った。
「うち、傘持ってるから家まで送るよ。」
「え?傘持ってたのに、濡れてるの?」
「うん。慌てて来たから。」と鼻を啜りながら千歳は笑った。


「千歳。ちーちゃん。」
 雨の音と共に聞こえる声はまるで子守唄のようで、再び眠りの世界へ誘おうとする。しかし、声とは裏腹に意外と強い力で肩が叩かれた。千歳が飛び起きると、困り眉をしている祖母の姿があった。
「どうしたの?ばあちゃん。」
「百合愛ちゃん、来たよ。」とゆさゆさと千歳の肩を揺らしながら祖母は答える。
 千歳がぐるりと向きを変えて時計を見ると、もう夕方の五時だった。慌てて涎を拭きながら千歳は玄関へと向かった。
 そこには、あの時とは違い、きちんと傘を差した百合愛が立っていた。
 千歳は百合愛に駆け寄る。さっきまで寝ていたとは思えない元気な声で訊いた。
「おひさ!ねぇねぇ!どっか行く!?」
 百合愛は傘を持ったまま空を仰ぎ、静かに首を振った。
「今日は千歳ちゃんの部屋でお喋りしたいな。」
「おっ、雨宿りだね!」
 雨宿りという言葉に目を大きく見開いた百合愛はやがてクスクス笑いながら傘を畳んだ。


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