紀伊 零神宮のあやかし文化財レポート

三條すずしろ

文字の大きさ
3 / 72
第1章 陵山古墳と蛇行剣の王

かのえさる

しおりを挟む
真面目でおとなしい印象の子が思い詰めたような顔でそう訴えるので、正直なところ薄気味悪くなってしまいました。

放っておけないので宥めながら駅まで送り届けましたが、彼女は翌日学校に来ませんでした。
ご家族のお話だと、その夜に原因不明の熱で救急搬送され、いまも意識が戻っていないそうです。

そして、なぜかわたし宛てにメモを残していたんです。
そこには震えた字で、こう走り書きされていました。

"12日、申、きゅうれき、こうしん"

わたしは、どういうわけか彼女の伝えようとしたことが直感的にわかりました。
12日に一度巡ってくる、旧暦で使われていた申の日。
詳しいカレンダーを開くと、彼女が古墳の傍らに佇んでいたのはまさしく申の日でした。
そして、これまで生徒たちが猿を見た、あるいは襲われたとされている日の十二支を調べると、そのすべてが申だったんです。

そして、彼女のメモには続きがありました。
シャープペンの芯が折れたのか、軸の部分の筆圧だけで文字が刻まれていたのです。

オニ、と。

わたしに分かったのはここまでです。メモも学校側の預かりとなって、もう手元にはありません。
でもわざわざ彼女がわたし宛に託したことがどうしても気になって、事の次第を信頼できる歴史科の先輩に相談しました。
ええ、それが岩代先生です。

先生はメモのコピーを見ると一瞬難しそうな顔をして、すぐにこちらの瀬乃神宮を訪ねるようにアドバイスをくれました。

晩方の、バーが開いている時にと――。


そこまで一息にしゃべったわたしは、宵庚申と名付けられたカクテルをもうひと口含んだ。
その甘さが、少しでも興奮を鎮めてくれることを期待して。

じっと聞いてくれていたマスターはふいに身を屈めると、カウンターの下から一冊の本を取り出した。
和綴じの冊子のようだけど、古いものではない。
表紙には手書きの筆文字で今年の元号が記されている。

「こちらは、今年の完全なカレンダーです。"本来の暦"たる旧暦と、新暦との対比を網羅しています」

マスターはぱらぱらと冊子のページをめくり、ある一点を指で示した。

「この日が、雑賀先生が生徒さんを駅まで送った日。戊申つちのえさるです。他の生徒さんが猿に襲われたという12日前は丙申ひのえさる。さらにその12日前は甲申きのえさる

12日という法則で、どんどん申の日が示されていく。どれも間違いなく、生徒たちが通学路で猿に襲われたと報告された日だ。

「そして、ここが庚申かのえさる。かつて庚申講が行われた日です」

マスターの指先は、まさに明日の日付を示していた――。


「結界にはね、"鮮度"があるんです」

マスターの唐突な言葉に、わたしはびっくりして顔を上げた。
標準語に近いイントネーションだと思っていたら、"あるんです"が地の訛りになって急に親しみがわいてくる。

「結界の……鮮度…?」
「そう。しめ縄なら年に一度、盛塩なら毎日。結界のひとつひとつはそんなに強くなくて、だから定期的に何重にも張り直さなくてはならないんです」

すっ、とマスターがナッツを盛った小皿を出してくれた。
すすめられるままに摘むと、塩気とスモーキーな香りが甘いカクテルにすばらしく合う。

「あの古墳の周りの結界が、いつもより早く弱っているのでしょう。そのせいで、よからぬモノが影響しているんだわ。結界を更新して、"障り"の侵入を断たねばなりません」

この人の言うことは、ふつうに考えればオカルトの世界だ。
でも、わたしには何もかも不思議なくらい、すんなり得心のいくことばかりだった。
そういう目に見えないモノたちは、確かに存在している。それらへの感度が人それぞれ違うだけで、鋭敏に感じる者はそれだけ受ける影響も大きいのだ。

わたしにメモを託したあの子、そう、日高さんという女生徒もそうだったのかもしれない。

「明日の夜、陵山古墳の結界を張り直します。私にお任せください」

マスターはほとんど表情も変えずにそう言ったけど、わたしには何より心強い言葉に聞こえた。

ただし、その時には決して現場には近付こうとしないこと、その結果として日高さんの容態が好転するかどうかはわからないことは念を押された。

少なくとも、あの子がわたしに伝えようとしてくれたことはその道の人にバトンタッチできたようだ。
後は早く彼女の意識が戻り、同じような目に遭う子が出ないよう祈るばかりだ。

こういう時でなければいつまでもいたいようなバーだったけれど、用件と一杯のお酒だけで席を立った。
帰り際、マスターの名前を尋ねていなかったことに気付いてそれを問うた。

「理由の"由"に"良い"と書いて、ユラ。橘由良です」

そう答えると、ほんの少しだけ笑顔を向けた。


――翌日。
わたしの勤務は、いみじくもあの陵山古墳が隣にある県立高校だった。

午後最後の授業を終えて小テストの採点などを済ませた頃には、外はいまにも雨が降り出しそうな暗さだ。
折からの風も強まって、職員室の窓から見える古墳の森がうねるようにざわめいている。

やっと学校を出たときには、ポツポツと雨滴が肌を叩いていた。
あいにく傘を持っておらず、少し迷ったけど古墳の公園を突っ切って近道することにした。

夜に近付かないようユラさんから言われていたが、まだこの時間なら大丈夫だろう。

公園には古墳の森を成す樹々が枝を広げ、一歩足を踏み入れると外から見るよりはるかに暗い。

薄気味悪い思いで歩みを早めると突如強い風が巻き起こり、ゴワッと噛み付くような音で恐怖をあおった。
しおりを挟む
感想 6

あなたにおすすめの小説

[完結] 邪魔をするなら潰すわよ?

シマ
ファンタジー
私はギルドが運営する治療院で働く治療師の一人、名前はルーシー。 クエストで大怪我したハンター達の治療に毎日、忙しい。そんなある日、騎士の格好をした一人の男が運び込まれた。 貴族のお偉いさんを魔物から護った騎士団の団長さんらしいけど、その場に置いていかれたの?でも、この傷は魔物にヤられたモノじゃないわよ? 魔法のある世界で亡くなった両親の代わりに兄妹を育てるルーシー。彼女は兄妹と静かに暮らしたいけど何やら回りが放ってくれない。 ルーシーが気になる団長さんに振り回されたり振り回したり。 私の生活を邪魔をするなら潰すわよ? 1月5日 誤字脱字修正 54話 ★━戦闘シーンや猟奇的発言あり 流血シーンあり。 魔法・魔物あり。 ざぁま薄め。 恋愛要素あり。

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

三十年後に届いた白い手紙

RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。 彼は最後まで、何も語らなかった。 その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。 戴冠舞踏会の夜。 公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。 それは復讐でも、告発でもない。 三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、 「渡されなかった約束」のための手紙だった。 沈黙のまま命を捨てた男と、 三十年、ただ待ち続けた女。 そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。 これは、 遅れて届いた手紙が、 人生と運命を静かに書き換えていく物語。

父が再婚しました

Ruhuna
ファンタジー
母が亡くなって1ヶ月後に 父が再婚しました

大好きなおねえさまが死んだ

Ruhuna
ファンタジー
大好きなエステルおねえさまが死んでしまった まだ18歳という若さで

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

冤罪で辺境に幽閉された第4王子

satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。 「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。 辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。

第5皇子に転生した俺は前世の医学と知識や魔法を使い世界を変える。

黒ハット
ファンタジー
 前世は予防医学の専門の医者が飛行機事故で結婚したばかりの妻と亡くなり異世界の帝国の皇帝の5番目の子供に転生する。子供の生存率50%という文明の遅れた世界に転生した主人公が前世の知識と魔法を使い乱世の世界を戦いながら前世の奥さんと巡り合い世界を変えて行く。  

処理中です...