27 / 72
第5章 和歌山城の凶妖たちと、特務文化遺産審議会
急襲、一ツ蹈鞴講
しおりを挟む
「まさか…!」
「んなアホなことあるかい!」
口々に叫びながら駆け寄っていく結界守たち。
まさか、まさか、と騒然として黒霧の下に目を凝らしだしたその時。
ズボッ、ズボッと霧を突き破るようにして、おそろしく長いなにかが何本も立ち上がってきた。
信じられないことに、その先端は会場へと案内していたグレースーツの女性たちの姿をしている。
しかし口元は耳まで裂けて鋭い牙をさらしており、あろうことか、下半身は長く長く伸び上がって揺らめいている。
「高女……!?」
ユラさんが呻いた。
その名前、和歌山市域の民話で読んだことがある。
たしか、かつてこの地域の遊郭に出没したというあやかしだ。
嫉妬に狂う女の姿をしており、下半身を長く伸ばして上階の思い人に恐怖を与えるのだという――。
「もう絶滅したとでも?会場で目にしても、わかりませんでしたものねえ」
笑いながら姿を現したのは、落下していったはずのシュウさんだった。
数体の高女が差し出した腕の上に立ち、天守の高欄より高い位置からこちらを睥睨している。
ふと気付くと、天守の周囲はさらに何体もの高女が取り囲んでおり、しかも階下の方からはチチチチチチッとおびただしい数の生き物が這い上がってくる音が聞こえる。
野衾の群れが、天守へと殺到しているのだ。
「…ふん、せやからなんやいうんじゃ。我ら一同相手にしてこの程度で勝てる思うとは、えろう舐められたもんやな」
龍厳和尚が吐き捨てるように言い、眼前で数珠を構えた。ユラさんや他の結界守たちも各々の法具を手に、すでに臨戦態勢を整えている。
「その点はもちろん、侮ってなどいませんとも。……ですので、全力でいきますよ――」
高女たちの腕に抱かれたシュウさんはそう言うと、胸の前で印を組んだ。
「当代"重秀"の名において請い願う。火炮のみ技、我に貸し与えたもう。――"雑賀孫市"公っ!!」
次の瞬間、シュウさんはジャケットの脇から取り出した拳銃を両手に構え、猛禽を思わせる鋭い眼光でわたしたちへと銃口を向けた。
〈各々方、相済まぬ!伏せてたもれ!〉
ガンガンガンガン!と凄まじい発砲音が鳴り響き、天守周囲のガラスが次々に砕け散っていく。
皆咄嗟に伏せて、ユラさんとコロちゃんマロくんがわたしに覆いかぶさって守ってくれた。
銃撃が止むと、シュウさんの口から先ほどの声の主が苦しげに呻いた。
〈……約により、この若造に合力せねばならぬようじゃ…。各々方、はよう止められよ……次は…外さぬ……〉
そこまで警告するとシュウさんの目はふっとやわらぎ、さっきまでの彼に戻ったかのような表情となった。
「やれやれ、どちらの味方なのだか。しかし、はは。さすがは戦国一のガンナー、雑賀孫市公。初めて使う銃器でこれだものな」
ガシャン、と空になった弾倉を落としながら、シュウさんが楽しそうに言い放つ。
そして、彼を中心に高女たちがうねうねと集まり、さらに上空へと押し上げていった。
「まだ遊びたいのはやまやまですが、僕も試運転ですのでね。そろそろお暇しますよ。ちょっと面白い趣向を用意しておきましたが、まあ皆さんなら何とかされるでしょう」
そう言い放つと、黒い膜のような空に結界の裂け目が浮び上がり、シュウさんを抱いた高女たちがそこへと吸い込まれていく。
「紀伊の結界守たちよ。今一度、何を守るべき結界なのか汝らに問う。我らは"一ツ蹈鞴講"。世のあるべき姿について、そのうち話し合える日を楽しみにしておりますよ」
その声だけを残して裂け目の向こうへと姿が隠れ、同時に天守の四方からシューッ、と火花の散るような音が聞こえてきた。
「導火線や!」
誰かが叫び、ものが焦げるようなきな臭いにおいが充満してくる。
そして、階段のすぐ下からは、野衾たちの迫りくる音が。
「……爆薬か」
「おそらくな」
龍厳和尚と誰かが話す声が聞こえる。
爆薬……?爆破される?……この天守が……?
「みんな!でけるだけ団子に固まって!しっかり頭押さえとりや!」
頼江課長が叫び、反射的に皆それに従ってぎゅっと身を寄せ合った。
「あと3…2…1……来たっ!」
その瞬間、天守の外に巨大な影が浮き上がり、とんでもなく大きな黒い翼をバサリと羽ばたかせた。
その姿はまるで山伏であるかのようだが、顔には烏のそれを思わせるようなクチバシが備わっている。
「虎伏山虎伏坊よ!我らを助けて結界の外へ!」
頼江課長の声に間髪入れず応じた偉大な烏天狗は、その掌にわたしたち全員をひと掴みにした。
そのままどんっと翼を一振りした刹那、高々と上空へ急上昇していった。
その直後、はるか眼下では和歌山城の天守が爆炎に包まれ、遅れて熱風があとを追ってくる。
ぐんぐんと上昇を続けて加速する翼はやがて間の膜を突き破り、青い青い清浄な天球へとわたしたちを運んだのだった――。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
「あかり先生。よかったら今夜、ちょっとだけ飲もらよ」
珍しくユラさんからのお誘いを受けて、わたしは夜の瀬乃神宮へと赴き、bar暦のドアを押した。
「いらっしゃいませ」
白いシャツにネクタイ、ウエストコートという伝統的なバーテンダーの衣装。
長い黒髪はきっちりとアップにまとめて、左の前髪がサイドへと流されている。
「今日は貸し切り。お店はお仕舞いや」
ユラさんはそう言うと外のプレートをCLOSEへと裏返し、店名のネオンサインも消灯した。
和歌山城襲撃から全員が無事に生還した後、対策に追われたトクブンと結界守たちの間では、まだ正式な対応は打ち出されていない。
けれど、あれからユラさんは何か思い詰めたような様子で、静かになんらかの決心へと自らを高めていっているようだった。
「さあ、今夜は飲み放題。好きなもん注文して」
手作りだというベーコンや、サンドイッチなどの軽食も用意して、目の前で次々にいろんなお酒を調えてくれる。
ゼロ神宮にお供えされるお神酒を使って、先代が日本酒ベースのカクテルを出したのがこのお店の始まりなのだという。
ユラさんが何を思って今夜誘ってくれたのか、わたしは十分に理解していた。
だから彼女が機をみてわたしに、あやかし文化財パトロールを辞めてほしいと言っても全然驚かなかった。
引き続き二人の護法童子には護衛を頼むから、やはりもうこれ以上は危険な目に遭わせられないというのが理由だった。
これまでなら十分にあやかしの脅威から遠ざけられたはずだけど、現在の異常事態ではその安全を保証できないという。
そしてユラさんは、最後にこう言った。
「"私自身"が強ならな、この先は戦っていかれへん。せやから……店は畳んで、修行の仕上げを受けてこよ思うんよ。……故郷の、"裏天野"で――」
「んなアホなことあるかい!」
口々に叫びながら駆け寄っていく結界守たち。
まさか、まさか、と騒然として黒霧の下に目を凝らしだしたその時。
ズボッ、ズボッと霧を突き破るようにして、おそろしく長いなにかが何本も立ち上がってきた。
信じられないことに、その先端は会場へと案内していたグレースーツの女性たちの姿をしている。
しかし口元は耳まで裂けて鋭い牙をさらしており、あろうことか、下半身は長く長く伸び上がって揺らめいている。
「高女……!?」
ユラさんが呻いた。
その名前、和歌山市域の民話で読んだことがある。
たしか、かつてこの地域の遊郭に出没したというあやかしだ。
嫉妬に狂う女の姿をしており、下半身を長く伸ばして上階の思い人に恐怖を与えるのだという――。
「もう絶滅したとでも?会場で目にしても、わかりませんでしたものねえ」
笑いながら姿を現したのは、落下していったはずのシュウさんだった。
数体の高女が差し出した腕の上に立ち、天守の高欄より高い位置からこちらを睥睨している。
ふと気付くと、天守の周囲はさらに何体もの高女が取り囲んでおり、しかも階下の方からはチチチチチチッとおびただしい数の生き物が這い上がってくる音が聞こえる。
野衾の群れが、天守へと殺到しているのだ。
「…ふん、せやからなんやいうんじゃ。我ら一同相手にしてこの程度で勝てる思うとは、えろう舐められたもんやな」
龍厳和尚が吐き捨てるように言い、眼前で数珠を構えた。ユラさんや他の結界守たちも各々の法具を手に、すでに臨戦態勢を整えている。
「その点はもちろん、侮ってなどいませんとも。……ですので、全力でいきますよ――」
高女たちの腕に抱かれたシュウさんはそう言うと、胸の前で印を組んだ。
「当代"重秀"の名において請い願う。火炮のみ技、我に貸し与えたもう。――"雑賀孫市"公っ!!」
次の瞬間、シュウさんはジャケットの脇から取り出した拳銃を両手に構え、猛禽を思わせる鋭い眼光でわたしたちへと銃口を向けた。
〈各々方、相済まぬ!伏せてたもれ!〉
ガンガンガンガン!と凄まじい発砲音が鳴り響き、天守周囲のガラスが次々に砕け散っていく。
皆咄嗟に伏せて、ユラさんとコロちゃんマロくんがわたしに覆いかぶさって守ってくれた。
銃撃が止むと、シュウさんの口から先ほどの声の主が苦しげに呻いた。
〈……約により、この若造に合力せねばならぬようじゃ…。各々方、はよう止められよ……次は…外さぬ……〉
そこまで警告するとシュウさんの目はふっとやわらぎ、さっきまでの彼に戻ったかのような表情となった。
「やれやれ、どちらの味方なのだか。しかし、はは。さすがは戦国一のガンナー、雑賀孫市公。初めて使う銃器でこれだものな」
ガシャン、と空になった弾倉を落としながら、シュウさんが楽しそうに言い放つ。
そして、彼を中心に高女たちがうねうねと集まり、さらに上空へと押し上げていった。
「まだ遊びたいのはやまやまですが、僕も試運転ですのでね。そろそろお暇しますよ。ちょっと面白い趣向を用意しておきましたが、まあ皆さんなら何とかされるでしょう」
そう言い放つと、黒い膜のような空に結界の裂け目が浮び上がり、シュウさんを抱いた高女たちがそこへと吸い込まれていく。
「紀伊の結界守たちよ。今一度、何を守るべき結界なのか汝らに問う。我らは"一ツ蹈鞴講"。世のあるべき姿について、そのうち話し合える日を楽しみにしておりますよ」
その声だけを残して裂け目の向こうへと姿が隠れ、同時に天守の四方からシューッ、と火花の散るような音が聞こえてきた。
「導火線や!」
誰かが叫び、ものが焦げるようなきな臭いにおいが充満してくる。
そして、階段のすぐ下からは、野衾たちの迫りくる音が。
「……爆薬か」
「おそらくな」
龍厳和尚と誰かが話す声が聞こえる。
爆薬……?爆破される?……この天守が……?
「みんな!でけるだけ団子に固まって!しっかり頭押さえとりや!」
頼江課長が叫び、反射的に皆それに従ってぎゅっと身を寄せ合った。
「あと3…2…1……来たっ!」
その瞬間、天守の外に巨大な影が浮き上がり、とんでもなく大きな黒い翼をバサリと羽ばたかせた。
その姿はまるで山伏であるかのようだが、顔には烏のそれを思わせるようなクチバシが備わっている。
「虎伏山虎伏坊よ!我らを助けて結界の外へ!」
頼江課長の声に間髪入れず応じた偉大な烏天狗は、その掌にわたしたち全員をひと掴みにした。
そのままどんっと翼を一振りした刹那、高々と上空へ急上昇していった。
その直後、はるか眼下では和歌山城の天守が爆炎に包まれ、遅れて熱風があとを追ってくる。
ぐんぐんと上昇を続けて加速する翼はやがて間の膜を突き破り、青い青い清浄な天球へとわたしたちを運んだのだった――。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
「あかり先生。よかったら今夜、ちょっとだけ飲もらよ」
珍しくユラさんからのお誘いを受けて、わたしは夜の瀬乃神宮へと赴き、bar暦のドアを押した。
「いらっしゃいませ」
白いシャツにネクタイ、ウエストコートという伝統的なバーテンダーの衣装。
長い黒髪はきっちりとアップにまとめて、左の前髪がサイドへと流されている。
「今日は貸し切り。お店はお仕舞いや」
ユラさんはそう言うと外のプレートをCLOSEへと裏返し、店名のネオンサインも消灯した。
和歌山城襲撃から全員が無事に生還した後、対策に追われたトクブンと結界守たちの間では、まだ正式な対応は打ち出されていない。
けれど、あれからユラさんは何か思い詰めたような様子で、静かになんらかの決心へと自らを高めていっているようだった。
「さあ、今夜は飲み放題。好きなもん注文して」
手作りだというベーコンや、サンドイッチなどの軽食も用意して、目の前で次々にいろんなお酒を調えてくれる。
ゼロ神宮にお供えされるお神酒を使って、先代が日本酒ベースのカクテルを出したのがこのお店の始まりなのだという。
ユラさんが何を思って今夜誘ってくれたのか、わたしは十分に理解していた。
だから彼女が機をみてわたしに、あやかし文化財パトロールを辞めてほしいと言っても全然驚かなかった。
引き続き二人の護法童子には護衛を頼むから、やはりもうこれ以上は危険な目に遭わせられないというのが理由だった。
これまでなら十分にあやかしの脅威から遠ざけられたはずだけど、現在の異常事態ではその安全を保証できないという。
そしてユラさんは、最後にこう言った。
「"私自身"が強ならな、この先は戦っていかれへん。せやから……店は畳んで、修行の仕上げを受けてこよ思うんよ。……故郷の、"裏天野"で――」
0
あなたにおすすめの小説
[完結] 邪魔をするなら潰すわよ?
シマ
ファンタジー
私はギルドが運営する治療院で働く治療師の一人、名前はルーシー。
クエストで大怪我したハンター達の治療に毎日、忙しい。そんなある日、騎士の格好をした一人の男が運び込まれた。
貴族のお偉いさんを魔物から護った騎士団の団長さんらしいけど、その場に置いていかれたの?でも、この傷は魔物にヤられたモノじゃないわよ?
魔法のある世界で亡くなった両親の代わりに兄妹を育てるルーシー。彼女は兄妹と静かに暮らしたいけど何やら回りが放ってくれない。
ルーシーが気になる団長さんに振り回されたり振り回したり。
私の生活を邪魔をするなら潰すわよ?
1月5日 誤字脱字修正 54話
★━戦闘シーンや猟奇的発言あり
流血シーンあり。
魔法・魔物あり。
ざぁま薄め。
恋愛要素あり。
お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます
菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。
嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。
「居なくていいなら、出ていこう」
この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし
【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く
ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。
5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。
夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…
冤罪で辺境に幽閉された第4王子
satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。
「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。
辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。
第5皇子に転生した俺は前世の医学と知識や魔法を使い世界を変える。
黒ハット
ファンタジー
前世は予防医学の専門の医者が飛行機事故で結婚したばかりの妻と亡くなり異世界の帝国の皇帝の5番目の子供に転生する。子供の生存率50%という文明の遅れた世界に転生した主人公が前世の知識と魔法を使い乱世の世界を戦いながら前世の奥さんと巡り合い世界を変えて行く。
~春の国~片足の不自由な王妃様
クラゲ散歩
恋愛
春の暖かい陽気の中。色鮮やかな花が咲き乱れ。蝶が二人を祝福してるように。
春の国の王太子ジーク=スノーフレーク=スプリング(22)と侯爵令嬢ローズマリー=ローバー(18)が、丘の上にある小さな教会で愛を誓い。女神の祝福を受け夫婦になった。
街中を馬車で移動中。二人はずっと笑顔だった。
それを見た者は、相思相愛だと思っただろう。
しかし〜ここまでくるまでに、王太子が裏で動いていたのを知っているのはごくわずか。
花嫁は〜その笑顔の下でなにを思っているのだろうか??
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる