紀伊 零神宮のあやかし文化財レポート

三條すずしろ

文字の大きさ
34 / 72
幕 間

あやかし文化財レポート・その3

しおりを挟む
里へと下りるバスを待つ間、わたしはまたあの太鼓橋の上にいた。

たった7日。でも、確実にわたしの人生を変えた7日。

言葉にして表すのが容易ではない様々な思いも、やがて自分の中で整理できる日が来るという確信がある。

後ろの気配に、やっぱりという思いで振り返ると、ちとせさんが初めて会ったときのようにスマホで自撮りをしている。
でも、画面に写るその顔は、なにやら晴れやかだった。

「鏡はね、もうやめたの。今のわたしには、これがいちばん便利だわ」

いい時代ね、と言ってくるんと回ったちとせさん。
7日ぶりに雨はあがり、今日は傘を携えていない。

「……長い、長い時を過ごしてこられたのですね」

八百比丘尼やおびくに――。
人魚の肉を口にし、老いることをゆるされないまま八百年の時を重ねた少女の伝説。
若狭でその長い生涯を閉じたとも伝えられるが、千年の時を越えていまなおここに微笑んでいる。

「……悲しいことばかりが続いて、悲しくて、悲しくて。けれどもっとずっと時がたてば……そのすべては、美しい思い出になる」

ちとせさんはそう言って、楽しそうに笑った。

「ね、よかったら写真。一緒に写って。大丈夫よ、勝手にSNSに上げたりしないから」

わたしはスマホを使いこなす八百比丘尼に面食らいながら、丹生都比売神社の鳥居と楼門をバックに2人で写真を撮った。
自分で言うのもなんだけど、2人ともいい感じに撮れたと思う。

「あかりさんは、どこか初代に似ている気がするわ」

ふいに呟いたその言葉にびっくりする。

「初代?初代って、最初のユラさんってことですか?その時のこと覚えてらっしゃる!?」

わたしの動揺を面白がるように、ちとせさんはまたあの悪戯っぽい微笑みを浮かべた。

「うーん、細かいことは忘れちゃった。だって……昔むかしのことだもの」

さあさあ、もうバスが来るわ。これを逃すと帰れなくなるわよ。

そう言って、ちとせさんはそっとわたしの背中を押し、太鼓橋の上から見送ってくれた。

「ちとせさん!また……会えますよね?」

振り返ってそう尋ねたわたしに彼女は黙って微笑み、古い映画の貴婦人のようにふわりと小腰を屈めてみせた。
そしてくるりと踵を返し、神社の方へ向けてゆっくりと橋を下りていく。

「そろり、そろりと、まいろう」

節をつけて歌うように、鈴の音のような声が遠ざかっていった。

停留所に着くとバスはすでにアイドリングしていた。
そして、そこには清月師範と奥さん、そして清苑さんが見送りに来てくれていた。
師範は右腕に包帯を巻き、三角巾で吊っている。
あれだけの人知を超えた剣に、相当なダメージを受けていたのだ。
でも、5本ある奥義すべてを六代目に伝授するのだという。
そのために、道場には五領の甲冑が安置されていたのだ。

師範の回復とさらなる鍛錬のため、ユラさんはもうしばらく天野に残って修行せねばならないという。

「あかりちゃん。これ、よかったら使つこちゃってほしんよ」

奥さんが持たせてくれた包みには、真新しい白の道着。
黒い糸で"無陣流 雑賀"と刺繍が施されている。
そして、一柄の檜扇ひおうぎが。

「うちの母親が若い頃、巫女さんやってたときのもんや。あやかしからのお守りの、足しになったらええんやけど」

胸がいっぱいになったわたしは、奥さんに抱きついてわんわん声を上げて泣いた。
バスの中から、間もなく出発のアナウンスが聞こえた。

「前言った通り、24時間いつでもあの道場使ってください。これからも」

清苑さんが素っ気なさを装ってそう言い、最後に一言を添えた。

「雑賀さん。あんたが習った居合、あの技の名前は―――」

にこにこと見送る清月師範らに、わたしはバスのいちばん後ろの席から見えなくなるまで手を振り続けた。

バスはやがて下り坂に至り、天野の里の端を示す尾根が連なっている。

と、山の上に翻る白いものが視界に入った。 

ユラさんだ。

樹々の間からこちらを見下ろす彼女は、木刀を体前斜めに掲げている。

たった7日の門弟だったわたしを、ユラさんは無陣流の礼で見送ってくれていた。
しおりを挟む
感想 6

あなたにおすすめの小説

[完結] 邪魔をするなら潰すわよ?

シマ
ファンタジー
私はギルドが運営する治療院で働く治療師の一人、名前はルーシー。 クエストで大怪我したハンター達の治療に毎日、忙しい。そんなある日、騎士の格好をした一人の男が運び込まれた。 貴族のお偉いさんを魔物から護った騎士団の団長さんらしいけど、その場に置いていかれたの?でも、この傷は魔物にヤられたモノじゃないわよ? 魔法のある世界で亡くなった両親の代わりに兄妹を育てるルーシー。彼女は兄妹と静かに暮らしたいけど何やら回りが放ってくれない。 ルーシーが気になる団長さんに振り回されたり振り回したり。 私の生活を邪魔をするなら潰すわよ? 1月5日 誤字脱字修正 54話 ★━戦闘シーンや猟奇的発言あり 流血シーンあり。 魔法・魔物あり。 ざぁま薄め。 恋愛要素あり。

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

父が再婚しました

Ruhuna
ファンタジー
母が亡くなって1ヶ月後に 父が再婚しました

大好きなおねえさまが死んだ

Ruhuna
ファンタジー
大好きなエステルおねえさまが死んでしまった まだ18歳という若さで

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

冤罪で辺境に幽閉された第4王子

satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。 「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。 辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。

第5皇子に転生した俺は前世の医学と知識や魔法を使い世界を変える。

黒ハット
ファンタジー
 前世は予防医学の専門の医者が飛行機事故で結婚したばかりの妻と亡くなり異世界の帝国の皇帝の5番目の子供に転生する。子供の生存率50%という文明の遅れた世界に転生した主人公が前世の知識と魔法を使い乱世の世界を戦いながら前世の奥さんと巡り合い世界を変えて行く。  

~春の国~片足の不自由な王妃様

クラゲ散歩
恋愛
春の暖かい陽気の中。色鮮やかな花が咲き乱れ。蝶が二人を祝福してるように。 春の国の王太子ジーク=スノーフレーク=スプリング(22)と侯爵令嬢ローズマリー=ローバー(18)が、丘の上にある小さな教会で愛を誓い。女神の祝福を受け夫婦になった。 街中を馬車で移動中。二人はずっと笑顔だった。 それを見た者は、相思相愛だと思っただろう。 しかし〜ここまでくるまでに、王太子が裏で動いていたのを知っているのはごくわずか。 花嫁は〜その笑顔の下でなにを思っているのだろうか??

処理中です...