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第7章 不動山の巨石と一言主の約束。裏葛城修験の結界守
cafe暦の店長代理
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ユラさんと天野へ行く少し前のこと。
cafe暦を閉めてほしくないばかりに、「ハローワークに求人出して腕のいい職人を探せ」と酔ってくだを巻いたわたしはけっこう責任を感じていた。
もちろんユラさん不在の間、マスターの代わりが務まる人を、ということだ。
しかし、瀬乃神宮の結界守としての本質上、適格者は限られてくるのでおいそれと大々的な求人なんて出せるわけがない。
が、その辺りはさすがというか、腹を括ったユラさんは先代の時代に長く務めていたというおばあちゃんに話を通した。
もちろん結界守やあやかしのことを知る人物で、お店の奥向きのことをお願いできることとなった。
あとは日中の多くの時間、このお店の実務をこなしてくれる店長代理が必要だ。
わたしは手書きで人材募集のチラシをつくり、cafe暦のテラス側の窓にぺたりと貼り付けた。
猫とカワウソのイラストを添えて、なかなか渾身の出来だったと思う。
するとほどなく、お客さんの一人がじぃーっとそのチラシを見ているではないか。
きれいな長い黒髪に、小柄で色白なふんわりとした雰囲気の女の人。
わたしはその人に見覚えがあった。
ちょくちょく旦那さんと思しき男性と来店して、楽しそうに過ごしていたのが印象的だったのだ。
その2人は退店時には必ずコップやお皿をテーブルの端に寄せてくれるなど、とっても感じがよかった。
また、いつだったか奥さんが喜んでパフェを食べているとき、パフェグラスが動かないようその足元を旦那さんがずっと押さえていたこともあった。
それ以来、わたしは密かに2人のファンだったのだ。
だからその若奥さんがわたし渾身の手書きチラシを見つめていることに、勝手に運命的なものを感じずにはいられなかった。
「実はマスターがしばらくお休みすることになりまして。でもお店をずっと開けてほしいって、お客さま方からお声をいただいて……」
「そう。とってもいいお店ですものね。おいしいし、眺めもいいし、神社もありますし。何よりすごく落ち着くので、夫もわたしも大好きなんですよ」
ここぞとばかりに話しかけたわたしに、その人はイメージ通りのふんわりした声で答えた。
言葉が紀伊のものではない。
標準語に近い独特の抑揚は、もしやわたしの故郷のものではないか。
「あの、このお仕事はもうどなたか決まられましたか?」
キタ。
そう思いながら、わたしはぶんぶんと首を横に振る。
「ああ、よかった。応募したいのですけど、今ここで申し込めますか?」
わたしはぶんぶんと首を縦に振る。
「わたし、秋山です。秋山伊緒、と申します」
これが後に"伝説の店長代理"とわたしがかってに呼ぶことになる、伊緒さんとのご縁だった。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
たった7日ぶりだというのに、cafe暦を訪れるとすごく久しぶりな気がした。
そして、なにやらものすごく繁盛しているではないか。
手伝うために裏手の勝手口から、そおっと足を踏み入れた瞬間。
「あかりん!」
コロちゃんとマロくんが同時に飛びついてきた。
「ちょっと見ない間にねえ…」
「ええ。たくましくなったわね…」
人間の姿では大学生くらいにしか見えない二人だけど、これでも千数百年を経た大精霊なのでこうしてわたしを甘やかす。
天野へは修行という名目があり、護法童子の2人は敢えてわたしに同行せずにいてくれたのだ。
けれどこれではまるで、はじめてのおつかいみたいだ。
たいへん恥ずかしい。
「そうだ、今夜はねえ」
「お赤飯なのよ」
マロくんとコロちゃんが、ドヤァ!と胸を張る。
え……?それ、わたしのため…?
「ちょっ、ちょっ、待って!わたし、べつだん何もしてないっていうか…。むしろ迷惑だけかけてきたっていうか…」
しどろもどろでたいへん恥ずかしい。
「あかりちゃん、おかえりなさい。もち米、うるかしてあるからね」
ふんわりした声の方を向くと、かわいらしい北国なまりの女の人が。
ユラさん不在の助っ人として店長代理を務めてくれている、伊緒さんだ。
お米を水に浸しておくことを指す「うるかす」という方言は、わたしの育った北海道ではよく聞く言葉だ。
まったく偶然にも、育った町は違うが彼女は初めて会う同郷の人だった。
「甘いのにするから。懐かしいしょ?」
懐かしい言葉で懐かしい味のことを囁かれ、わたしはすぐに陥落した。
和歌山に赴任してきてからびっくりしたことの一つに、お赤飯が甘くないことがあった。
わたしの故郷でお赤飯といえば、甘納豆をたくさん入れた甘いものと決まっていたのだ。
こっちの人にそう言うとたいがいびっくりされるけど、食文化のギャップは21世紀でもまだまだ根強い。
「伊緒さん、甘いお赤飯なの?」
「伊緒さんのお国では甘くするんだねえ」
2人の童子はすっかり彼女にも懐いており、
「そうだよう。あまーくてお菓子みたいで、おいしいんだよう」
と、伊緒さんもにこにこと母性的な笑みを浮かべている。
もちろん伊緒さんは、コロちゃんとマロくんの正体が猫とカワウソの精霊だとは知らない。
ぽわぽわした3人を見ていると、ああ、とにかくこのお店を続けてもらえてよかったなあと、心からそう思う。
いつユラさんが戻ってきてくれても、ちゃんと帰る場所がここにある。
「そうだ、あかりちゃん。新メニューをかんがえたのだけど、味見してくれる?鶏さんのむね肉をね。塩麹に漬けて、桜のチップで燻製にしたの。はい、これがそうです!どじゃーん!」
見事な飴色に燻されたお肉の塊を見て、なるほどこれは……このお店は繁盛するはずだわいと思うのであった。
cafe暦を閉めてほしくないばかりに、「ハローワークに求人出して腕のいい職人を探せ」と酔ってくだを巻いたわたしはけっこう責任を感じていた。
もちろんユラさん不在の間、マスターの代わりが務まる人を、ということだ。
しかし、瀬乃神宮の結界守としての本質上、適格者は限られてくるのでおいそれと大々的な求人なんて出せるわけがない。
が、その辺りはさすがというか、腹を括ったユラさんは先代の時代に長く務めていたというおばあちゃんに話を通した。
もちろん結界守やあやかしのことを知る人物で、お店の奥向きのことをお願いできることとなった。
あとは日中の多くの時間、このお店の実務をこなしてくれる店長代理が必要だ。
わたしは手書きで人材募集のチラシをつくり、cafe暦のテラス側の窓にぺたりと貼り付けた。
猫とカワウソのイラストを添えて、なかなか渾身の出来だったと思う。
するとほどなく、お客さんの一人がじぃーっとそのチラシを見ているではないか。
きれいな長い黒髪に、小柄で色白なふんわりとした雰囲気の女の人。
わたしはその人に見覚えがあった。
ちょくちょく旦那さんと思しき男性と来店して、楽しそうに過ごしていたのが印象的だったのだ。
その2人は退店時には必ずコップやお皿をテーブルの端に寄せてくれるなど、とっても感じがよかった。
また、いつだったか奥さんが喜んでパフェを食べているとき、パフェグラスが動かないようその足元を旦那さんがずっと押さえていたこともあった。
それ以来、わたしは密かに2人のファンだったのだ。
だからその若奥さんがわたし渾身の手書きチラシを見つめていることに、勝手に運命的なものを感じずにはいられなかった。
「実はマスターがしばらくお休みすることになりまして。でもお店をずっと開けてほしいって、お客さま方からお声をいただいて……」
「そう。とってもいいお店ですものね。おいしいし、眺めもいいし、神社もありますし。何よりすごく落ち着くので、夫もわたしも大好きなんですよ」
ここぞとばかりに話しかけたわたしに、その人はイメージ通りのふんわりした声で答えた。
言葉が紀伊のものではない。
標準語に近い独特の抑揚は、もしやわたしの故郷のものではないか。
「あの、このお仕事はもうどなたか決まられましたか?」
キタ。
そう思いながら、わたしはぶんぶんと首を横に振る。
「ああ、よかった。応募したいのですけど、今ここで申し込めますか?」
わたしはぶんぶんと首を縦に振る。
「わたし、秋山です。秋山伊緒、と申します」
これが後に"伝説の店長代理"とわたしがかってに呼ぶことになる、伊緒さんとのご縁だった。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
たった7日ぶりだというのに、cafe暦を訪れるとすごく久しぶりな気がした。
そして、なにやらものすごく繁盛しているではないか。
手伝うために裏手の勝手口から、そおっと足を踏み入れた瞬間。
「あかりん!」
コロちゃんとマロくんが同時に飛びついてきた。
「ちょっと見ない間にねえ…」
「ええ。たくましくなったわね…」
人間の姿では大学生くらいにしか見えない二人だけど、これでも千数百年を経た大精霊なのでこうしてわたしを甘やかす。
天野へは修行という名目があり、護法童子の2人は敢えてわたしに同行せずにいてくれたのだ。
けれどこれではまるで、はじめてのおつかいみたいだ。
たいへん恥ずかしい。
「そうだ、今夜はねえ」
「お赤飯なのよ」
マロくんとコロちゃんが、ドヤァ!と胸を張る。
え……?それ、わたしのため…?
「ちょっ、ちょっ、待って!わたし、べつだん何もしてないっていうか…。むしろ迷惑だけかけてきたっていうか…」
しどろもどろでたいへん恥ずかしい。
「あかりちゃん、おかえりなさい。もち米、うるかしてあるからね」
ふんわりした声の方を向くと、かわいらしい北国なまりの女の人が。
ユラさん不在の助っ人として店長代理を務めてくれている、伊緒さんだ。
お米を水に浸しておくことを指す「うるかす」という方言は、わたしの育った北海道ではよく聞く言葉だ。
まったく偶然にも、育った町は違うが彼女は初めて会う同郷の人だった。
「甘いのにするから。懐かしいしょ?」
懐かしい言葉で懐かしい味のことを囁かれ、わたしはすぐに陥落した。
和歌山に赴任してきてからびっくりしたことの一つに、お赤飯が甘くないことがあった。
わたしの故郷でお赤飯といえば、甘納豆をたくさん入れた甘いものと決まっていたのだ。
こっちの人にそう言うとたいがいびっくりされるけど、食文化のギャップは21世紀でもまだまだ根強い。
「伊緒さん、甘いお赤飯なの?」
「伊緒さんのお国では甘くするんだねえ」
2人の童子はすっかり彼女にも懐いており、
「そうだよう。あまーくてお菓子みたいで、おいしいんだよう」
と、伊緒さんもにこにこと母性的な笑みを浮かべている。
もちろん伊緒さんは、コロちゃんとマロくんの正体が猫とカワウソの精霊だとは知らない。
ぽわぽわした3人を見ていると、ああ、とにかくこのお店を続けてもらえてよかったなあと、心からそう思う。
いつユラさんが戻ってきてくれても、ちゃんと帰る場所がここにある。
「そうだ、あかりちゃん。新メニューをかんがえたのだけど、味見してくれる?鶏さんのむね肉をね。塩麹に漬けて、桜のチップで燻製にしたの。はい、これがそうです!どじゃーん!」
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