紀伊 零神宮のあやかし文化財レポート

三條すずしろ

文字の大きさ
39 / 72
幕 間

あやかし文化財レポート・その4

しおりを挟む
「伊緒さん。スモークチキンのサンドイッチ、めちゃくちゃおいしかったです!」

不動山からの帰りがけ、cafe暦に寄ったわたしはまっさきにお弁当のお礼を言った。

「そう。よかった」

店長代理の伊緒さんはにっこり笑い、目の前でコーヒーをドリップしてくれた。

「マスターは元気かなあ」

伊緒さんが言うマスターとは、もちろんユラさんのこと。
ユラさんが天野へ発つまでの間、お店の仕事の引き継ぎでレクチャーを受けた伊緒さんは、すっかり彼女と意気投合したみたいだった。

マスターが不在でも、ここで伊緒さんと向かい合わせになると自然とユラさんの話題になる。

やたらイケメンなこと。
初めて会ったときはリアル宝塚かと思ったこと。
クールに見えるけどしょっちゅう玉子の仕入れ数を間違えること。

他愛もないことばかりで、改めてわたしはユラさんのことをなにも知らないのだなあと実感する。

けれど伊緒さんはbar暦でのユラさんのバーテンダー姿については見たことがないそうで、その話をするとたいへんうらやましがった。
いつか一緒に、ユラさんの整えてくれる日本酒ベースのカクテルを飲めるといいなと思う。

伊緒さんとのもう一つの話題は、やはりこの紀伊の歴史に関することだ。
かつて出版社に勤めていたという伊緒さんはフリーの歴史ライターをしていて、和歌山は旦那さんの故郷なのだそうだ。

神仏や自然がごく身近に息づくこの地域は、わたしたちのように違う土地から来た人間には特に鮮烈に感じられる。

縁があっていま紀伊で暮らす同郷のわたしたちは、やっぱり意気投合した。
誰も知り合いのいなかったこの地で、わたしにとってユラさんと伊緒さんとの出会いは、やさしい姉ができたみたいに思われたのだった。

「そうだわ、あかりちゃん。そこの棚を整理してたらこんなのが出てきて」

伊緒さんが取り出したのは、茶色の革表紙がついた古いアルバムだった。
ユラさんに聞いたら自由に見ていいとのことだったから、と言って開いてくれる。

そこには昔のcafe暦とおぼしき写真が、きっちりととじられていた。

オープン間もない頃と思われる新しい設えのお店に、時代を感じさせる服や髪型の人々。
いくつもの料理やカクテルも丁寧に写真に収められ、どうやらユラさんの先代の時に撮られたもののようだ。

と、次のページをめくろうとしたとき、ひらりと一枚の写真が落ちてきた。
拾い上げて見てみると、そこには口ひげを蓄えたバーテンダー姿の壮年男性と、カウンターチェアに腰掛けた二人の小さな女の子が写っていた。

「ユラさんだ……」

一方の女の子は見紛うはずもない。
幼いながらにきりっとした佇まいは、まさしく少女時代のユラさんに違いない。
よく見ると、口ひげのマスターもユラさんと目元や雰囲気がとてもよく似ている。
では、もう一人の女の子は?

何気なく写真を裏返すと、そこには文字が書かれていた。
人物の真裏にあたり、それぞれの名前のようだ。

少女のユラさんとおぼしきところにはやはり"橘由良たちばなゆら"とあり、マスターには"橘宗月たちばなそうげつ"の文字が。

そしてもう一人の女の子のところを見ると、

"橘白良たちばなしらら"

そう書かれていた。
しおりを挟む
感想 6

あなたにおすすめの小説

[完結] 邪魔をするなら潰すわよ?

シマ
ファンタジー
私はギルドが運営する治療院で働く治療師の一人、名前はルーシー。 クエストで大怪我したハンター達の治療に毎日、忙しい。そんなある日、騎士の格好をした一人の男が運び込まれた。 貴族のお偉いさんを魔物から護った騎士団の団長さんらしいけど、その場に置いていかれたの?でも、この傷は魔物にヤられたモノじゃないわよ? 魔法のある世界で亡くなった両親の代わりに兄妹を育てるルーシー。彼女は兄妹と静かに暮らしたいけど何やら回りが放ってくれない。 ルーシーが気になる団長さんに振り回されたり振り回したり。 私の生活を邪魔をするなら潰すわよ? 1月5日 誤字脱字修正 54話 ★━戦闘シーンや猟奇的発言あり 流血シーンあり。 魔法・魔物あり。 ざぁま薄め。 恋愛要素あり。

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

父が再婚しました

Ruhuna
ファンタジー
母が亡くなって1ヶ月後に 父が再婚しました

大好きなおねえさまが死んだ

Ruhuna
ファンタジー
大好きなエステルおねえさまが死んでしまった まだ18歳という若さで

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

冤罪で辺境に幽閉された第4王子

satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。 「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。 辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。

第5皇子に転生した俺は前世の医学と知識や魔法を使い世界を変える。

黒ハット
ファンタジー
 前世は予防医学の専門の医者が飛行機事故で結婚したばかりの妻と亡くなり異世界の帝国の皇帝の5番目の子供に転生する。子供の生存率50%という文明の遅れた世界に転生した主人公が前世の知識と魔法を使い乱世の世界を戦いながら前世の奥さんと巡り合い世界を変えて行く。  

~春の国~片足の不自由な王妃様

クラゲ散歩
恋愛
春の暖かい陽気の中。色鮮やかな花が咲き乱れ。蝶が二人を祝福してるように。 春の国の王太子ジーク=スノーフレーク=スプリング(22)と侯爵令嬢ローズマリー=ローバー(18)が、丘の上にある小さな教会で愛を誓い。女神の祝福を受け夫婦になった。 街中を馬車で移動中。二人はずっと笑顔だった。 それを見た者は、相思相愛だと思っただろう。 しかし〜ここまでくるまでに、王太子が裏で動いていたのを知っているのはごくわずか。 花嫁は〜その笑顔の下でなにを思っているのだろうか??

処理中です...