1 / 5
「まあ、なんて図々しいのでしょう」
しおりを挟む
「まあ、なんて図々しいのでしょう」
「……え?」
箱入り娘らしくおっとりと微笑んだ新妻の口から、辛辣な言葉が出る。
聞き間違いかとアンガダは眉を潜めて顔を近づけた。新妻メリナは迷惑そうに身を退いて言う。
「要するにあなた、貴族でいるために政略結婚はする。けれど女とは別れられない、ということですのね?」
「そ……っ」
それはそうだ。それは事実だが言い方がひどい。
アンガダには愛する女がいるのだ。その女はとてもアンガダの妻にふさわしくない身分だが、心を縛り付けることはできない。
「……そうだ。僕はナーチェを愛している。それはどうしようもないことと諦めてくれ。これは政略結婚なのだから」
「ええ、わかりますわ。人の心は良くも悪くも自由ですもの」
「わ、わかればいいんだ」
「でも私が言いたいのはそういうことではありません」
きっぱりと言うと、メリナは今度は逆に、ぐっとアンガダに顔を近づけてきた。
「なっ、なんだ」
「なんでわざわざ言ったのですか?」
「は?」
「貴族でいるために政略結婚をする、しかし女とは別れられない、せめて子どもができるまで我慢することもできない、女の存在を隠していることさえできない。あなたにできることって、いったい何です?」
「な、な!」
かっと頭に血が上るのがわかった。
「それでもまあ、できないなら仕方のないこと。ですがあなたはその尻拭いを、身ひとつで嫁いできて、頼る相手もいない妻に押し付けることを選んだ。まあ、なんて……図々しいのでしょう」
「言わせておけば……!」
「どうして言わせているのです。あなたに言い分があるならおっしゃって」
「うっ、ぐっ……」
なぜか言葉が出てこなかった。
いや、わかっているのだ。確かにアンガダはこの妻さえ従順であればすべてが上手くいくと思っていたのだ。
そう、頼る人のいない妻。身ひとつでこの子爵家にやってきた妻。
アンガダにとって彼女は異物であった。家族ではないのに、家族になろうとしている女だった。
だからアンガダにとって妻こそが「図々しい」のである。
「だ、だが、僕が愛しているのはナーチェだけだ」
「彼女だけ幸せになれば、誰が犠牲になろうと構わないということですね?」
「そ……っ、そうではない、君だって、そうだ、政略結婚じゃないか。神の前で嘘の誓いを立てた!」
「ええ、ええ、そうですとも。でも一度ついた嘘を突き通そうというくらいの気概はございます」
メリナが微笑む。とても美しいのに、決して揺るがない芯を感じさせる微笑みだった。
この女の心を変えさせることはできない……そう思ってしまった時点で、アンガダは負けたのだ。
「まるで愛しているかのように、あなたの妻という立場をこなしてみせましょう。ですからあなたにも、嘘を突き通していただきます」
「何……?」
「女と別れなくてもよろしい。私を愛さなくてもよろしい。仕事が忙しいとでもおっしゃって、彼女と会えばよろしいわ。でも、必ず私のところに帰ってきて、子どもをつくり、よい夫、よい父として振る舞いなさい。愛人がいるなんて絶対に気づかれないように」
「……」
「最初から、そうでしょう? そうすればよかったでしょう? 神に嘘をついたのだから、覚悟を決めて、その嘘を突き通しなさいませ」
妻の微笑みに、アンガダは震えた。
おっとりとして扱いやすいと思った女が、今は恐ろしいものに見えた。妻は恐ろしいものだと男たちは言うが、妻という地位を手に入れれば、だれもそうなってしまうのだろうか。
「……え?」
箱入り娘らしくおっとりと微笑んだ新妻の口から、辛辣な言葉が出る。
聞き間違いかとアンガダは眉を潜めて顔を近づけた。新妻メリナは迷惑そうに身を退いて言う。
「要するにあなた、貴族でいるために政略結婚はする。けれど女とは別れられない、ということですのね?」
「そ……っ」
それはそうだ。それは事実だが言い方がひどい。
アンガダには愛する女がいるのだ。その女はとてもアンガダの妻にふさわしくない身分だが、心を縛り付けることはできない。
「……そうだ。僕はナーチェを愛している。それはどうしようもないことと諦めてくれ。これは政略結婚なのだから」
「ええ、わかりますわ。人の心は良くも悪くも自由ですもの」
「わ、わかればいいんだ」
「でも私が言いたいのはそういうことではありません」
きっぱりと言うと、メリナは今度は逆に、ぐっとアンガダに顔を近づけてきた。
「なっ、なんだ」
「なんでわざわざ言ったのですか?」
「は?」
「貴族でいるために政略結婚をする、しかし女とは別れられない、せめて子どもができるまで我慢することもできない、女の存在を隠していることさえできない。あなたにできることって、いったい何です?」
「な、な!」
かっと頭に血が上るのがわかった。
「それでもまあ、できないなら仕方のないこと。ですがあなたはその尻拭いを、身ひとつで嫁いできて、頼る相手もいない妻に押し付けることを選んだ。まあ、なんて……図々しいのでしょう」
「言わせておけば……!」
「どうして言わせているのです。あなたに言い分があるならおっしゃって」
「うっ、ぐっ……」
なぜか言葉が出てこなかった。
いや、わかっているのだ。確かにアンガダはこの妻さえ従順であればすべてが上手くいくと思っていたのだ。
そう、頼る人のいない妻。身ひとつでこの子爵家にやってきた妻。
アンガダにとって彼女は異物であった。家族ではないのに、家族になろうとしている女だった。
だからアンガダにとって妻こそが「図々しい」のである。
「だ、だが、僕が愛しているのはナーチェだけだ」
「彼女だけ幸せになれば、誰が犠牲になろうと構わないということですね?」
「そ……っ、そうではない、君だって、そうだ、政略結婚じゃないか。神の前で嘘の誓いを立てた!」
「ええ、ええ、そうですとも。でも一度ついた嘘を突き通そうというくらいの気概はございます」
メリナが微笑む。とても美しいのに、決して揺るがない芯を感じさせる微笑みだった。
この女の心を変えさせることはできない……そう思ってしまった時点で、アンガダは負けたのだ。
「まるで愛しているかのように、あなたの妻という立場をこなしてみせましょう。ですからあなたにも、嘘を突き通していただきます」
「何……?」
「女と別れなくてもよろしい。私を愛さなくてもよろしい。仕事が忙しいとでもおっしゃって、彼女と会えばよろしいわ。でも、必ず私のところに帰ってきて、子どもをつくり、よい夫、よい父として振る舞いなさい。愛人がいるなんて絶対に気づかれないように」
「……」
「最初から、そうでしょう? そうすればよかったでしょう? 神に嘘をついたのだから、覚悟を決めて、その嘘を突き通しなさいませ」
妻の微笑みに、アンガダは震えた。
おっとりとして扱いやすいと思った女が、今は恐ろしいものに見えた。妻は恐ろしいものだと男たちは言うが、妻という地位を手に入れれば、だれもそうなってしまうのだろうか。
3,813
あなたにおすすめの小説
〖完結〗その愛、お断りします。
藍川みいな
恋愛
愛する人と結婚して一年、幸せな毎日を送っていた。それが、一瞬で消え去った……
彼は突然愛人と子供を連れて来て、離れに住まわせると言った。愛する人に裏切られていたことを知り、胸が苦しくなる。
邪魔なのは、私だ。
そう思った私は離婚を決意し、邸を出て行こうとしたところを彼に見つかり部屋に閉じ込められてしまう。
「君を愛してる」と、何度も口にする彼。愛していれば、何をしても許されると思っているのだろうか。
冗談じゃない。私は、彼の思い通りになどならない!
*設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。
王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。
一番悪いのは誰
jun
恋愛
結婚式翌日から屋敷に帰れなかったファビオ。
ようやく帰れたのは三か月後。
愛する妻のローラにやっと会えると早る気持ちを抑えて家路を急いだ。
出迎えないローラを探そうとすると、執事が言った、
「ローラ様は先日亡くなられました」と。
何故ローラは死んだのは、帰れなかったファビオのせいなのか、それとも・・・
〖完結〗その子は私の子ではありません。どうぞ、平民の愛人とお幸せに。
藍川みいな
恋愛
愛する人と結婚した…はずだった……
結婚式を終えて帰る途中、見知らぬ男達に襲われた。
ジュラン様を庇い、顔に傷痕が残ってしまった私を、彼は醜いと言い放った。それだけではなく、彼の子を身篭った愛人を連れて来て、彼女が産む子を私達の子として育てると言い出した。
愛していた彼の本性を知った私は、復讐する決意をする。決してあなたの思い通りになんてさせない。
*設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。
*全16話で完結になります。
*番外編、追加しました。
〖完結〗私はあなたのせいで死ぬのです。
藍川みいな
恋愛
「シュリル嬢、俺と結婚してくれませんか?」
憧れのレナード・ドリスト侯爵からのプロポーズ。
彼は美しいだけでなく、とても紳士的で頼りがいがあって、何より私を愛してくれていました。
すごく幸せでした……あの日までは。
結婚して1年が過ぎた頃、旦那様は愛人を連れて来ました。次々に愛人を連れて来て、愛人に子供まで出来た。
それでも愛しているのは君だけだと、離婚さえしてくれません。
そして、妹のダリアが旦那様の子を授かった……
もう耐える事は出来ません。
旦那様、私はあなたのせいで死にます。
だから、後悔しながら生きてください。
設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。
全15話で完結になります。
この物語は、主人公が8話で登場しなくなります。
感想の返信が出来なくて、申し訳ありません。
たくさんの感想ありがとうございます。
次作の『もう二度とあなたの妻にはなりません!』は、このお話の続編になっております。
このお話はバッドエンドでしたが、次作はただただシュリルが幸せになるお話です。
良かったら読んでください。
婚約破棄 ~家名を名乗らなかっただけ
青の雀
恋愛
シルヴィアは、隣国での留学を終え5年ぶりに生まれ故郷の祖国へ帰ってきた。
今夜、王宮で開かれる自身の婚約披露パーティに出席するためである。
婚約者とは、一度も会っていない親同士が決めた婚約である。
その婚約者と会うなり「家名を名乗らない平民女とは、婚約破棄だ。」と言い渡されてしまう。
実は、シルヴィアは王女殿下であったのだ。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる