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マイラ様はいいにおいがします。
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マイラの柔らかな微笑みと裏腹に、馬車は急ぐ。
「あっ」
ひどい道を通れば馬車は弾み、踏ん張って堪えなければならなかった。リーリエの体は飛んでいきそうだ。
「お気を、つけ……」
マイラが口を開いた瞬間、またガタンと揺れた。
「……っ、マイラ様!」
慌ててリーリエは手を伸ばした。ぎゅっと捕まれ、ふたりで手を握り合って揺れをやり過ごす。
「大丈夫、です、か?」
「い、ったた、舌、噛んじゃった……」
「た、たいへん! 血は……出てないですか?」
「大丈夫よ」
マイラは笑ってリーリエの体を抱きしめる。
「……マイラ様、いい匂い……」
馬車で幾度か夜を超え、町についた時に湯を借りている。同じ数日を過ごしたというのに、どうして匂いが違うのだろう。
「ああ、これはね……この、きゃっ」
「マイラ様!」
よろけた体をしっかり抱きしめて、座席の上に倒れた。
「ご、ごめんなさ」
「ふふっ、この方がいいわ」
「……あ、確かに」
体を起こしているから倒れそうになってしまうのだ。二人でくっついて転がっていると、なかなかの安定感だった。
マイラはなんだか楽しそうに、もぞもぞと自分の懐に手を入れている。
「あ」
リーリエは邪魔しないように体を浮かせるのだけれど、ガタガタと揺れる。上手くいかない。
「ひゃっ」
「あはは!」
「な、なにするんですか……っ」
背中をくすぐられて変な声を出してしまった。マイラは大笑いしている。底抜けに明るい笑い声だった。
「ごめんなさい、隙だらけだったから。……ほら、これよ」
「え、これ、は……」
マイラが見せてくれたのは布の袋だ。すっぽり手の中に収まる大きさで、残念ながら菓子を入れるには小さすぎるだろう。
器用な指先がその袋を開き、リーリエはすぐに気づいた。
「……この匂い」
「そう。花を絞ったオイルとか、木の実とか、果物の皮とか。好みで混ぜて、それを身に着けておくの」
「消えないの?」
「ええ、少しずつ薄れていくけど、一日や二日で消えたりはしないわ」
「すごい! 匂いを持ち歩くのね!」
リーリエには想像もできないことだった。
清潔な祈りの間から出ることがなく、食べ物もきつい匂いのものは出されない。外に出るときだけ外の匂いをかいで、そわそわと胸を踊らせたものだった。
そんなリーリエも今は、外をたくさん知っている。
旅をしたのだ。教会にいた十数年分を合わせても、こんなに外に出たことはなかっただろう。
「そういうことよ。……リーリエ様も欲しいならつくる? 次の町で」
言ったそばからガタンと揺れて、二人はまたしっかり互いを支えた。近い距離で声をあげる。
「素敵!」
「でも時間がないから、先に考えておかなきゃ。リーリエ様、どんな香りがお好き?」
「香り……」
リーリエは首を傾げ、考えようと努力したが上手くいかなかった。
知っているのは、たとえば花の香り。
外に出るとふわりと香る、これがそうだろうとうっすら思う。けれどそれ以上の、花の名も、その色も形もわからないのだった。
「なんでもいいの。甘いの、大人っぽいの、刺激的なの」
「……甘いのが好きだわ」
「そうね、だったら果物の花とか……ちょっと待って……っあ」
「きゃっ」
またガタンと揺れて、しばらくこらえた。なんとか落ち着いた道になるのを待って、マイラはそーっとリーリエから離れた。
離れて寒さを感じて、暖かかったのだと気づく。
少し寂しく思っていると、マイラは旅行かばんから小さな瓶をいくつか取り出した。
「お茶……ですか?」
「そうね。ハーブと言った方がいいかしら。色んな香りがあるの」
ガタンとまた揺れて、マイラは笑ってリーリエの元に飛び込んできた。また体が密着する。ふわんといい匂いがする。
「見て。これが……あ、ごめんなさい、ちゃんと持っていてね?」
「はい!」
リーリエは強く答えた。きちんと持っていないと、落として割ってしまうかもしれない。この揺れる馬車の中では重要な仕事だ。
「この中でこれが一番甘いの」
近距離のマイラは囁くように言って、二人の間で瓶の蓋をあけた。空気がすぐに甘くなる。
「わ」
「ちょっと開けすぎちゃった……」
マイラが慌てて蓋を締めた。その勢いでも、ねっとりと喉に痛いほどの甘さがこぼれ出たようだ。
「あまいって、あますぎると、だめなのね」
甘さが喉に引っかからないように喋ると、マイラが笑った。
「そうね。薄めるといい感じよ。ほら」
マイラの指が振られて、苦しい甘さがゆるゆると和らぐ。それでもねっとりとした甘さが喉にあって、いつまでも「いい感じ」にはならなかった。
それよりもリーリエは、マイラの指先を見る。
「きれいな指」
細く長く、形のいい爪がきらきらとしている。
「そう? ありがとう」
マイラが嬉しそうに笑うので、リーリエはもっと褒めたくなった。
「あっ」
ひどい道を通れば馬車は弾み、踏ん張って堪えなければならなかった。リーリエの体は飛んでいきそうだ。
「お気を、つけ……」
マイラが口を開いた瞬間、またガタンと揺れた。
「……っ、マイラ様!」
慌ててリーリエは手を伸ばした。ぎゅっと捕まれ、ふたりで手を握り合って揺れをやり過ごす。
「大丈夫、です、か?」
「い、ったた、舌、噛んじゃった……」
「た、たいへん! 血は……出てないですか?」
「大丈夫よ」
マイラは笑ってリーリエの体を抱きしめる。
「……マイラ様、いい匂い……」
馬車で幾度か夜を超え、町についた時に湯を借りている。同じ数日を過ごしたというのに、どうして匂いが違うのだろう。
「ああ、これはね……この、きゃっ」
「マイラ様!」
よろけた体をしっかり抱きしめて、座席の上に倒れた。
「ご、ごめんなさ」
「ふふっ、この方がいいわ」
「……あ、確かに」
体を起こしているから倒れそうになってしまうのだ。二人でくっついて転がっていると、なかなかの安定感だった。
マイラはなんだか楽しそうに、もぞもぞと自分の懐に手を入れている。
「あ」
リーリエは邪魔しないように体を浮かせるのだけれど、ガタガタと揺れる。上手くいかない。
「ひゃっ」
「あはは!」
「な、なにするんですか……っ」
背中をくすぐられて変な声を出してしまった。マイラは大笑いしている。底抜けに明るい笑い声だった。
「ごめんなさい、隙だらけだったから。……ほら、これよ」
「え、これ、は……」
マイラが見せてくれたのは布の袋だ。すっぽり手の中に収まる大きさで、残念ながら菓子を入れるには小さすぎるだろう。
器用な指先がその袋を開き、リーリエはすぐに気づいた。
「……この匂い」
「そう。花を絞ったオイルとか、木の実とか、果物の皮とか。好みで混ぜて、それを身に着けておくの」
「消えないの?」
「ええ、少しずつ薄れていくけど、一日や二日で消えたりはしないわ」
「すごい! 匂いを持ち歩くのね!」
リーリエには想像もできないことだった。
清潔な祈りの間から出ることがなく、食べ物もきつい匂いのものは出されない。外に出るときだけ外の匂いをかいで、そわそわと胸を踊らせたものだった。
そんなリーリエも今は、外をたくさん知っている。
旅をしたのだ。教会にいた十数年分を合わせても、こんなに外に出たことはなかっただろう。
「そういうことよ。……リーリエ様も欲しいならつくる? 次の町で」
言ったそばからガタンと揺れて、二人はまたしっかり互いを支えた。近い距離で声をあげる。
「素敵!」
「でも時間がないから、先に考えておかなきゃ。リーリエ様、どんな香りがお好き?」
「香り……」
リーリエは首を傾げ、考えようと努力したが上手くいかなかった。
知っているのは、たとえば花の香り。
外に出るとふわりと香る、これがそうだろうとうっすら思う。けれどそれ以上の、花の名も、その色も形もわからないのだった。
「なんでもいいの。甘いの、大人っぽいの、刺激的なの」
「……甘いのが好きだわ」
「そうね、だったら果物の花とか……ちょっと待って……っあ」
「きゃっ」
またガタンと揺れて、しばらくこらえた。なんとか落ち着いた道になるのを待って、マイラはそーっとリーリエから離れた。
離れて寒さを感じて、暖かかったのだと気づく。
少し寂しく思っていると、マイラは旅行かばんから小さな瓶をいくつか取り出した。
「お茶……ですか?」
「そうね。ハーブと言った方がいいかしら。色んな香りがあるの」
ガタンとまた揺れて、マイラは笑ってリーリエの元に飛び込んできた。また体が密着する。ふわんといい匂いがする。
「見て。これが……あ、ごめんなさい、ちゃんと持っていてね?」
「はい!」
リーリエは強く答えた。きちんと持っていないと、落として割ってしまうかもしれない。この揺れる馬車の中では重要な仕事だ。
「この中でこれが一番甘いの」
近距離のマイラは囁くように言って、二人の間で瓶の蓋をあけた。空気がすぐに甘くなる。
「わ」
「ちょっと開けすぎちゃった……」
マイラが慌てて蓋を締めた。その勢いでも、ねっとりと喉に痛いほどの甘さがこぼれ出たようだ。
「あまいって、あますぎると、だめなのね」
甘さが喉に引っかからないように喋ると、マイラが笑った。
「そうね。薄めるといい感じよ。ほら」
マイラの指が振られて、苦しい甘さがゆるゆると和らぐ。それでもねっとりとした甘さが喉にあって、いつまでも「いい感じ」にはならなかった。
それよりもリーリエは、マイラの指先を見る。
「きれいな指」
細く長く、形のいい爪がきらきらとしている。
「そう? ありがとう」
マイラが嬉しそうに笑うので、リーリエはもっと褒めたくなった。
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