投獄された聖女は祈るのをやめ、自由を満喫している。

七辻ゆゆ

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もうすぐ着くようです。

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「あっ」
「んっ……」
「これは、」
「ちょっと」

 楽しく話をしていた二人は、ついに誤魔化しきれないそれに気づいた。
「くさい!」
 急いで馬車の窓を開けて顔を出す。
 同時に。

「きゃあっ!」
「むぎゅっ!」
 とても狭かった。二人は押し合いへし合いしながら、たまりきった香りの泥から逃れた。
「ふう……」
「はあ……」

 前の町で買い込んだ香りだ。買い物に時間をかけられなかったので、とりあえず多めに選んだそれを馬車で確かめていたのだ。
 いつの間にか溢れすぎて、恐ろしく混沌とした匂いになっていた。

 リーリエは新鮮な空気を吸って吐くと、覚悟を決めて馬車に顔を戻した。急いで反対側の窓も開ける。
 両手と衣服を使ってばたばたすると、混沌が薄れていった。

「死ぬかと思ったわ……」
「私も……匂いって、恐ろしいものなのね……」

 マイラの言葉に同意して、リーリエはふらりと床に腰を下ろした。汚れることももう気にならなかった。
 今、リーリエが着ているのは、最初の町でマイラが買ったものらしい。リーリエの最後の記憶では、侍女に仮に着せ付けられた、簡素な衣服を身に着けていた。
 抱えられ、馬で強行した旅のあとだ。疲れ切って眠っていたところを、次の目的地へ連れ出されたようだった。

 今もまだ疲れが体に残っている。馬車にガタガタと揺れ続けているのではどうしようもない。
 しかしリーリエは旅は嫌いではなかった。

「やっぱり買いすぎね。今度いつになるかわからないから、つい……」
「次の町は遠いの?」
「うん。明日の夕方につくくらいかな」
「じゃあ、明日は一日馬車なのね」
「そう! 疲れた?」

 いつの間にか親しみのこもった声で、距離で、マイラが聞いてくる。瞳が子供のようにきらきらとして見えた。
 同年代の友達というのはこういうものだろうか。リーリエはくすぐったく、ごろごろと転がりたい気分になる。

「少し。でも大丈夫、荒れた道じゃなきゃ寝られるから」
「そうねえ。頭をぶつけないように、これも買ったし」
 マイラが嬉しそうに言って、荷物から毛糸の帽子を取り出した。膨らみのあるそれで、リーリエの頭をぽふりと覆ってしまう。

「やっぱり青が似合うわ、リーリエ様」
「……マイラ様、よければリーリエと呼んで」
 親しさにそこだけが浮いている。リーリエの要望に、マイラはいたずらっぽく笑った。
「じゃあ、私のこともマイラって呼んでくれる?」
 リーリエは少しためらってから「マイラ」と口にしてみた。

「じゃあ……リーリエ!」
「きゃあっ!」
 がばりと抱きつかれてリーリエは笑いながら悲鳴をあげた。狭苦しい馬車の床でばたばたと暴れる。

「マイラ! どうかしたか?」
「あっ」
 御者台から声がかかって、リーリエは首をすくめた。マイラの友人だという彼は、いつも御者の隣にいるか、自らが御者となって馬を走らせている。
 この旅で最も働いている男だ。

「ううん、大丈夫! ごめんなさい、はしゃいでしまって」
「……ならいいが」
「寝ていた?」
「ああ。……いや」
「そう。しばらく静かにしているわ。いつもありがとう」
「…………気にするな」

 不機嫌そうな抑揚のない声だったので、リーリエは心配になった。
「大丈夫?」
 小声でマイラに聞く。
「大丈夫よ。照れ屋なの」
 マイラも小声で答えた。リーリエは困惑して首を傾げる。

「今、照れたの……?」
「そう。そういう声よ。ちょっと雑で、ぶっきらぼうな感じ。不機嫌な時はもっと乱暴なの」
「…………わ、わからない」
「ふふ。そういうものなの」

 わからないが、マイラが言うならそうなのだろう。

「あの人は、ちゃんと寝なくて大丈夫なの……?」
「大丈夫よ。体力があるから」
 そういうものだろうか。雇った馬車の御者と二人、たいてい順番に眠っているようだ。一日の半分は馬を操り、半分は危険な場所で眠っているのだ。

「それに、もう少しで着くわ」
「……もう少し?」
「ええ、もう少しで」
 子供のような笑顔を見せていたマイラが、遠くを見るように微笑んだ。

 この旅も終わるらしい。そして今度はマイラが、ユーファミアのようにどこかに行ってしまうのだろうか。
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