精霊王だが、人間界の番が虐げられているので助けたい!

七辻ゆゆ

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「ははっ、口ほどにもない!」

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「……」

 なんとも言えない。
 ルミナはフローリアがやってきてから、ずっとひざまずいていただけだ。何もしていないが、勝手にフローリアがずぶ濡れになって逃げていった。

「……」

 ルミナは今更のように笑えてきたが、ぐっと頬の内側を噛んでこらえた。まだここには呆然としたフローリア付きのメイドがいるのだ。
 メイドもメイドで困惑顔だ。
 もしかしたら笑いをこらえているのかもしれない。
 わがまま姫とずっと一緒にいるのだから、大変なこともあるだろうなと思う。しかしルミナ以上に顔に出してはならない立場かもしれない。

 メイドはルミナを一瞬だけ微妙な顔で見たあとで、背を向けてフローリアを追っていった。

「……はあ」

 これで好きに笑える状況になったが、ルミナの口から出たのはため息だった。
 だってあのフローリアお嬢様のことだ。ストレスが解消されなかったので、また言いがかりをつけてくるに違いない。




「おおっ、上手い! 上手いぞ!」

 俺は興奮して手を叩いた。
 水鏡の中で小精霊たちは、皆で協力してあの悪い人間を退けたのだ。ほんのすこしの力を合わせて大きな人間に立ち向かう。まるで英雄物語のようだ。

「見たか? あの女、泥水を被って逃げていったぞ! ははっ、口ほどにもない!」
「はいはい、良かったですね」
「泣きわめきながらメイドに当たっているな。うむ、あのメイドもルミナをいじめたのだろう。せいぜい二人で泥をかぶるがいい」

 水鏡はしっかりと女達の醜態を映し出している。
 俺は満足した。ここで更に追い詰めろなどと、欲深い人間のようなことは言わない。因果応報、あの子をいじめたことに報いがあればそれでいいのだ。

「そうだ、いずれあの小精霊たちに褒美を取らせなければな。人間界に住む者たちは、どんなものを欲しているのだ?」
「さて……やはり人間界のものでしょうか? あの小さな姿では欲しいものを手に入れるのも難しそうです」
「では、そうだな、えーっと、どこだったか……ああ、この果物などどうだ? 以前見つけてな、なかなか予想外な見た目をしているだろう」
「おや、これはこれは」

 水鏡の映像を遠い異国にまで飛ばし、俺は補佐官としばし検討した。小精霊たちは単純なので何でも喜んでくれそうだが、ルミナを守った報奨だ。できる限りよいものを贈らなければ。
 王としてルミナの番として、ここは気合の入れどころなのだ。だいたい小精霊たちの喜ぶもののひとつも知らないで、精霊王などと名乗れるものか。

 しかし、しばらく熱心に検討したあとで思い出した。

「ルミナ、ルミナの様子を」

 悪い奴らを追い返しはしたが、無事でいるのかよく確認はしていない。泥水の一滴でもかかってはいなかっただろうか。
 いくら当たらなかったといっても何度も危害を加えられそうになったのだ。弱い人間の心が傷ついているかもしれない。

 あるいは無事でいられたことに、誰ともわからない助け手に感謝していないだろうか?
 ああ、されたい。感謝されたい。
 キラキラした瞳で尊敬されたい。

「……うん?」
「ああ、掃除の続きをしていますね」
「なんてことだ……」

 俺は絶望した。
 あんなことがあったあとで、ルミナは平然とした顔で掃除を続けている。それほど必要な掃除だろうか?
 あんな者のいる屋敷など埃だらけで構わないだろう。

「やはりすぐさま助けに……っ」
「はいはい。誰かー、王を止められるやつー」

 俺は手慣れた補佐官に力自慢の精霊を呼ばれ、人間界に行かないようにしっかり確保されてしまった。そのまま仕事だ。
 精霊王の仕事なんてそう大したものがあるわけではないのに、ひどい。そして何が情けないと言って、俺が考えた「番で馬鹿になった奴らを止めるマニュアル」がしっかり実用化されている。

「番関連の暴走防止には仕事が一番ですよ。ほら、次のパーティの招待客を考えてください」
「誰でもいい」
「じゃあ全員呼びつけて百日夜通しパーティですね。了解」
「わかった、選ぶ」
「そうしてください」

 いつもなら百日パーティもいいが、ルミナのことが気になってそれどころではない。できるだけサッと終わる、すぐ解散みたいなパーティがいい。
 どんな趣向にすれば精霊たちが喜んで従ってくれるだろうか。
 機嫌を損ねると勝手にパーティを初めてしまうからな。

「うっ、こうしている間にもルミナは……」
「はいはい。いいですか、番様にとってよりよいことを行いましょう」
「わかっている。わかっているんだ……」

 ルミナが16になるまでは待たねばならない。そのあとは精霊界に連れ帰って、いやというほど甘やかしてやろう。大事にしてやろう。

「どれだけ待てばいいんだ」
「すぐですよ、すぐ」

 確かに人間の成長は早い。
 しかし16といえば、人間は結婚する年なのだ。人間の結婚式は何度も見てきたが、ルミナの小ささを考えると、あのくらいの大きさになるまで、気の遠くなるような先のことに思える。
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