オフィスにラブは落ちてねぇ!!

櫻井音衣

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少しだけ

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定時を過ぎて席を立つと同時に支部の電話が鳴った。
愛美が電話に出ると、電話してきたのは緒川支部長の得意先の社長の奥さんだった。
支部長はまだ出先から戻っていないと伝えると、奥さんは社長の手術が無事に終わった事を支部長に伝えて欲しいと言った。

「この間もお休みの日なのにすぐ来て下さってね……給付金の手続きをして主人のお見舞いに足を運んで頂いて、主人の悩み事にまで長い時間付き合って下さって……。怪我の方も順調に回復してますから、緒川さんによろしくお伝え下さい」

奥さんは嬉しそうにそう言って電話を切った。
愛美は電話連絡票に記入しながら、奥さんが言っていた言葉を思い出した。

 (さっき、休みの日って言った……?)

愛美は内勤パソコンを開き、手続きの履歴を見た。
デートをドタキャンされ、緒川支部長のことを何時間も待っていたあの日に、事故による怪我や入院特約、ガン保険など、生命保険だけでなく損害保険も、たくさんの給付金手続きをした履歴がびっしりと残っている。
ろくに話も聞かず、結局はトークメッセージも留守電のメッセージも開かないまま消去してしまった。

 (何も知らなかったとは言え、ひどい事言っちゃった……。言い訳くらい聞けば良かったかな……)

愛美は電話連絡票を支部長席に貼り付け、ため息をついて支部を後にした。


それから愛美は、更衣室で営業部の内勤を務めている同期の友人と会い、営業所のすぐそばのレストランで食事をする事にした。
愛美が会社帰りに同僚と食事をするのは珍しい。
食事をしながらその友人は、もうすぐ結婚する予定だと言っていた。
幸せそうに話す彼女を見ていると、羨ましいような少し寂しいような気持ちになる。

「愛美はそういう話はないの?」
「ないねぇ……。あったらいいんだけど……。今日、お見合いしないかって金井さんに言われたよ」

愛美は不意に昼間の緒川支部長の事を思い出して小さくため息をついた。

 (そう言えば、まだお礼も言ってなかったな……)


午後8時半過ぎ、愛美と友人がレストランを出ると、外は雨が降りだしていた。
友人はバッグから折り畳み傘を取り出して広げる。

「結構降ってるね。愛美、傘持ってないなら駅まで入れてあげようか?」
「うーん……。電車降りた後も歩くからなぁ……。そうだ、私、支部に折り畳み傘置いてあるんだ。まだ誰かいるかも知れないし、取りに行くよ」
「一緒に行こうか?」
「ううん、すぐそこだし走ってくから大丈夫。帰る方向と逆でしょ?」

友人と別れ、雨の中を走って営業所にたどり着くと、支部の窓にはまだ明かりが灯っていた。
まだ誰かが残っているようだ。
愛美は少しホッとして営業所の中に入った。
そっとドアを開けて支部に足を踏み入れると、支部長席に座っていた緒川支部長が顔を上げた。

「菅谷……」
「あ……支部長……お疲れ様です……」
「こんな時間にどうした?」
「近くで友人と食事して店を出たら雨が降っていたので、傘を取りに……」
「……そうか」

緒川支部長はまた机の上の書類に視線を落とす。

 (それだけ……?)

愛美はロッカーから折り畳み傘を取り出して、支部を出ようとして足を止めた。
仕事中は他の職員の目もあるので、緒川支部長と個人的な話をする事はないし、看病してもらったお礼を言うなら今しかなさそうだ。
緒川支部長は相変わらずこちらを気にも留めない様子で書類に何か書き込んでいる。

「支部長……あの……」

愛美がそう言い掛けた時、緒川支部長が顔を上げるより早く支部のドアが開いた。
愛美はあわてて口をつぐむ。

「あれ?菅谷さん、こんな時間にどうしたんですか?」
「あ、高瀬FP……お疲れ様です。食事してお店を出たら雨が降っていたので傘を取りに……」
「そうなんですね。僕もこれから帰るところなんですけど、傘持ってないんですよ。駅まで入れてもらえます?」

高瀬FPの言葉を聞いても、緒川支部長はこちらを見ようともしない。

 (もういいや……。どうせ私も嫌いだし……)

「もちろんいいですよ」
「あっ、でも相合い傘になっちゃいますね」
「そんなの気にしないでください。行きましょう」
「ありがとうございます、じゃあ荷物取ってきます」

高瀬FPが荷物を手に愛美のそばに戻って来て、緒川支部長に笑顔を向けた。

「じゃあ支部長、お先に失礼します」
「お疲れ」
「失礼します」

愛美は緒川支部長の方を見ずに、高瀬FPの後ろをついて支部を出た。


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