【完結】幼なじみが気になって仕方がないけど、この想いは墓まで持っていきます。

大竹あやめ

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番外編

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「そういえば、悠もその講義受けたいって言ってたなぁ……」

夏もそろそろ終わる大学の後期オリエンテーション、隣に座る人懐こい後輩は、長い脚を投げ出すように座りつつ、ぼそりと呟いた。

学部ごとに行われるオリエンテーションは、彼のお気に入りの友人は別の棟でそれを受けている。

彼の名は木全清盛。今口に出たお気に入りの友人の顔は見たことはないが、何をしていてもその悠という友人に結びつくらしく、口を開けば、と言った感じだ。

清盛を挟んだ隣に座る幸太もそれにうなずく。

三人は同じ高校だったようで、相当仲が良いようだ。

幸太も、清盛ほどあからさまではないが、春名悠という友人を気に入っているようだった。

前期でたまたま同じ講義を受けた縁で仲良くなった二人は、校内でもよく一緒に行動していた。

そして今日も、一緒にオリエンテーションを受けようと言ってきたのは、この人懐こい清盛だ。

「その授業な、先生ぼそぼそしてて何言ってるのか分かんないし、そのくせ持ち込み不可で採点も厳しいって話だぞ」

悪評判の噂をそのまま告げると、「げー」と清盛は小声で呻いた。

「じゃあ裕也ゆうや先輩、楽な授業で、悠も受けられる講義はないの?」

「そんなものはない」

無茶ぶりな質問に、裕也はばっさりと言い捨てた。

人好きする性格ではある清盛だが、かなりの面倒臭がりで、閉口してしまうこともしばしばだ。

伊原いはら裕也。名前に「ゆう」と入っているだけで清盛に気に入られた裕也は、もはや丁寧語すら忘れた後輩に、口うるさく注意することも諦めてしまっている。

「あー……くそ、同じ大学だからいつでも会えると思っていたのに、全然一緒にいられねぇじゃん」

文句を言い出した清盛に、裕也と幸太は苦笑するしかなかった。

しかし、清盛がそこまで気に入る悠に対して、裕也はとても興味を持っている。

一度会ってみたいと思うのだが、何故か決まってさりげない幸太の邪魔が入るのだ。

「だったら今日この後、一緒に昼飯食えば良いじゃないか」

「あ、先輩、ナイスアイディアっ」

ちょうどオリエンテーションも終了の声が上がったし、とざわつき始めた講堂で、それぞれ荷物を片付ける。

「もしもし? お前昼空いてる? ……じゃ、迎えに行くからそこで待ってて」

悠に関することだけには行動が早い清盛は、早速電話を掛けて悠を捕まえていた。

そしていそいそと講堂を出て行く。

大きな尻尾を嬉しそうに振る大型犬みたいな清盛は、主人の元へと走って行ったようだ。

「あれだけの胆力を、勉強にも費やせば良いのに」

苦笑して呟くと、幸太も同意した。

「言っても無駄ですけどね。……ところで先輩、興味本位で春名に近付かないでくださいよ」

「あ、ばれてた?」

「そういう目に春名は一番敏感なんです。何を思っても、黙ってそっとしておいてやって下さい」

清盛ならともかく、幸太に釘を刺されたことが意外で固まっていると、彼は「行きますよ」と足を進めてしまった。

ふと気付いたが、わざわざ迎えに行くのも過保護な話だな、と裕也は思う。

今日はオリエンテーションのみで講義はないため、個人的に課題の提出や、自主学習する学生のみが残っていて、いつもは多くの人でごった返す食堂もまばらだ。

「あ、清盛! こっち」

向かいに座る幸太が、清盛たちを呼び寄せる。

やってきたお目当ての悠を見て、裕也は息を飲んだ。

(へぇ……)

まず引き込まれたのは白い柔らかそうな肌。

ふっくらとした頬はほんのり赤く、その上には潤んだ黒い瞳があった。

その大きな目が合うと、遠慮がちに会釈をしてくる。

さらりとした黒髪が揺れて、思わず撫でたくなるような丸い頭を見せられ、裕也はどぎまぎする。

(小さい……っていうか、細いなぁ……)

身長も170センチあるかないかくらいで、清盛と裕也、幸太も背が高いので余計に小さく感じてしまう。

少女めいた容姿は大人しそうな性格もあいまって、庇護欲を掻き立てる。

「先輩、自己紹介くらいしたらどうですか」

少し棘のある幸太の声にはっとなり、お互いに自己紹介した。

声も中性的で、これはもう、気にするのも分かるな、と思う。

「春名はこっち、俺の隣来い」

「あ、うん」

清盛と悠がそれぞれ裕也と幸太の隣に座ると、昼ごはんを買いに行く。

その間、清盛は終始悠と話してばかりで、観察していると彼の表情が柔らかくなっていることに気付いた。

(っていうか、デレデレ?)

久々に大学で悠と昼飯食えて嬉しいとか、後で一緒にとる講義を相談しようなとか、他愛もない話ばかりだ。

対する悠は、そんな清盛に、苦笑しつつ相槌を打ち、しかし嫌がっているという素振りはない。

思ったとおり、かなり仲が良いようだ。

ご飯を食べ終わり、履修する講義を決めようか、となった時、清盛が「トイレ」と席を外した。

「ねぇ、清盛っていつもあんな感じ?」

裕也が残った二人に尋ねると、悠からは困ったように、幸太からは呆れたように肯定の返事が返って来る。

「うるさいですよね。すみません、先輩にご迷惑かけていなきゃいいですけど」

「あ、いや、迷惑じゃないんだけどね……」

眉を下げた悠に謝られ、慌てて否定したが、あんなに分かりやすく態度に出ているのに、気付かない悠も相当鈍い子だな、と裕也は思う。

(あれって絶対友情じゃねぇだろ)

友情にしては執着しすぎている。

何しろ周りが見えなくなるくらい悠とばかり話していたし、普段清盛から聞く話も、惚気としか考えられなかった。

「そういえば……って、電話だ。すみません、出ますね」

幸太は話題を変えようとしたらしいが電話の邪魔が入り、ちらちらと裕也を気にしながら電話に出る。

「もしもし? あれ、博美さん? どうしたのこんな時間に……」

しかも彼女からの電話だったようだ。

気まずそうに席を外し、慌てて遠ざかっていく。

ぽつんと残された二人は、会話がなく、気まずい雰囲気が漂う。

(しっかし、この子可愛いなぁ)

顔だけ見れば裕也の好みだ。

もちろん、その前に性別という大きな問題があるが、そこを越えようとは思っていない。

視線に気付いてうつむいてしまった彼のつむじを眺めていると、髪に糸くずが付いていることに気付いた。

「あ、糸くずついてる」

「えっ? どこですか?」

ぱっと上げた顔はやはり幼く、細い首を捻って糸くずを探している。

「髪の毛。左耳の上辺り。……取ってあげる」

そう言って、裕也は手を伸ばした。

しかしその瞬間、悠は今までの柔らかかった雰囲気を一気に硬化させて、椅子ごと後ずさった。

腕で身体を庇い、思い切りの拒絶に呆然としていると、はっとしたように悠は腕を下げた。

「あっ、ごめんなさいっ。えと、この辺りですか?」

「え、あ、ああ、そう……取れたよ」

慌てて取り繕うような態度に、嫌な感情が胸に落ちる。

今のは、いきなりだからビックリした、と言うような感じではなかったからだ。

「その……えと、俺、触られるの苦手で」

悠のほうも気まずくしたという自覚はあったようだ。

言いにくそうに告げられて、納得したので忘れることにする。

「そっか。こっちこそ、悪かった」

「あれ? 幸太は?」

このままでは気まずい雰囲気のままになってしまうと思った矢先、タイミングよく清盛が戻ってきた。

悠も明らかにホッとした表情になる。

清盛は幸太のいた席、悠の隣に座ると彼の顔を覗き込んだ。

「……悠、首に糸くず付いてる」

「え? 今取ったと思ったのにな」

すると清盛はなんのためらいもなく、悠の首筋に手を伸ばした。

(……あれ?)

しかし裕也が危惧した反応はなく、しかし先程とは違う雰囲気で、悠は身体を硬くしたのだ。

(俺の時はあんなに怖がってたのに)

しかも、悠はその白い耳を、少し赤くさせて、そわそわと落ち着かなくなった。

まさか、この反応は……と裕也は思い当たる感情を心の中で呟く。

(恋、か?)

じゃなければ、他の人は駄目なのに、清盛にだけ許すはずがない。

しかも分かりやすい反応をした悠は、先程よりも瞳が潤み、赤い頬もあいまってかなりの色気を放っていた。

柔らかそうな肌がしっとりとして、気のせいか甘い香りまで漂ってくるようだった。

それにドキドキしていた裕也は、視線に気付いた悠が清盛を押しのけたところで我に返る。

「お前ら、端から見てるといちゃついているようにしか見えないぞ」

タイミングよく戻ってきた幸太にそれ以上悠を見つめることは叶わず、苦い顔をした幸太を振り返った。

「い、いちゃついてなんかないよ」

困ったように眉を下げ、しかし頬はさらに赤くさせながら悠は反論する。

裕也はその肌と、言葉を紡ぐ唇の壮絶な色気に固まってしまった。

(何なんだ、この子は……)

少しつついただけで触れたくなるような色気が出てくる。

触って、もっと困らせてやりたいという気持ちが、男の本能に近いところでくすぐられる。

隣に座る清盛が、ピシッと固まるのが分かった。

「清盛……春名が困るから、学校ではあんまり絡むなって言ってるだろ?」

ため息をついた幸太は、裕也の隣に座る。

何となく、二人が悠を気にする理由が分かってきた。

すると、固まっていた清盛はいきなり動き出し、悠の腕を引っ張って胸元で抱きしめる。

「あ……っ」

隣で幸太の舌打ちが聞こえた気がした。

しかし、目の前で繰り広げられる行為は、裕也の脳の許容量を超えてしまった。

悠と清盛の唇が、しっかり重ねられていたからだ。

「…………へへっ」

嬉しそうに清盛が笑う。

裕也は今見た事実をすぐには処理できず、隣の幸太に肩を揺さぶられるまで固まっていた。

「お前、あんだけ人前でいちゃつくなって言ったのに! ほら、先輩引いてるだろっ」

幸太が隣で何か怒鳴っている。

完全に停止した思考では、事態の重さに脳の処理がもたついているようだった。

「…………ああ」

やっと処理が終わったのだろう、時が戻ったように口を開くと、次に出すべき言葉は瞬時に思い浮かんだ。

「何か納得いった。うん。なるほど」

要するに、片想いではなく、両思いだったってことだ。

そこかよ、と幸太は突っ込んでいたが、あれだけ悠が危うい色気を出すのは、きっと側に清盛がいるせいだからだ。

それが分かると、今まであった悠への興味がすうっと引いた。

自分に向けられることがない好意は、これ以上はごちそうさまだった。

そして、軽くショックを受けている自分にショックを受けた。

おそらく裕也の中で、史上最小で最速の失恋だったのだ。

「うん。何かもう、好きにして」

投げやりな言葉を呟くと、幸太はげんなりとため息をついた。

清盛の性格だ、悠とのことは隠すつもりはないのだろう。

「先輩、諦めないで清盛を窘めてくださいよっ」

そう言う幸太を無視し、裕也はガラス張りの向こうの空を見た。

それは秋らしく高く、雲一つない晴天。


このまま紅葉狩りにでも行きたい気分だった。


(番外編 終)
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