悪役皇子、ざまぁされたので反省する ～ 馬鹿は死ななきゃ治らないって… 一度、死んだからな、同じ轍(てつ)は踏まんよ ～

第85話

「うぅ、なんか思ってたのと違う、最後は三人でごろ寝とか」

　素の取り繕つくろわない言葉遣づかいに珍しさを覚おぼえて薄目を開ければ、毎朝の早いフィアが硬い敷布の寝床から裸の上半身を立て、白いブランケットで豊かな乳房を隠しつつも、乱れた蜂蜜色の髪など整ととのえている。

　若干、不満げな様子の彼女はジト目の三白眼となり、その逆側で俺に四肢を纏まとわり付かせ、すやすやと熟睡するリィナの顔に手を伸ばした。

「やってくれましたね、人の初夜に堂々と混ざってくるなんて」
「はぅ？ うっ、う～～」

　頬でもこねくり廻まわされているのか、やや寝苦しそうな声が隣から聞こえてくる。

　街の人々に見送られた分団が壁外へ退去して二週間、黒死病の兆候が出た者はいなかったので合流を済ませ、指揮を執とってくれた司祭の娘に報むくいようと要望を聞いた折おり、自みずからを求めて欲しいと請こわれたのだが……

　途中で奇襲を仕掛けてきた幼馴染の娘が臆面もなく乱入、なし崩し的に三人で睦むつみ合う羽目となってしまった。　

(蟠わだかまりがあるなら二人で解決してくれ、俺は眠い)

　昨夜の体力的な消耗もあるため、我関せずと決めて重い瞼まぶたを閉じるが、執拗な悪戯に耐え兼かねたリィナも上半身を起こして、白い素肌を晒さらしながら荒ぶる小動物の如ごとく吠える。

「あぁ、もうッ、 鬱陶うっとうしい！ さっきから、一体何なの！！」
「えっと… 強しいて言えば、初めてを台無しにされた意趣返し？」

　ちらりと盗み見たフィアは聖職者らしく、慈愛に満ちた微笑を浮かべているが、鋭く眇すがめられた目元が彼女の怒りを示していた。

　それを正面から迎え撃つ、大胆不敵な半人造の少女ハーフホムンクルスがひとり。

「はっ、“産めよ増やせよ” の地母神派が惚れた傑物けつぶつの専属になってまで、後生大事に処女を護ってるとか、普通は思わないでしょう」

「むぅ、それで慎つつしみもなく、お邪魔にきたと？」
「こっちもご無沙汰だったし、抜け駆けなんてさせないよ」

　何なんら悪びれもない物言いが癪しゃくに障さわったのか、片頬をつねろうと司祭の娘が手を伸ばすものの払い除けられ、俺を挟んだ傍はた迷惑な攻防戦に雪崩なだれ込んでいく。

　どうやら身体強化の術式を使い出したようで、風鳴かざなりと鈍い打突音が連続的に鼓膜を振るわせた。

(…… 眠るに眠れん)

　前世では人の厚意を当然のモノと考え、根底にある想いを汲くまなかった反省から、分け隔へだてなく好意に応じた自身の不徳にも拘かかわらず、勝手なことを考えていれば逸そらされた打撃が鳩尾みぞおちへ突き刺さる。

「ぐふぅうッ！？」
「「あっ……」」

　些いささか自業自得ではあれども “目覚めの一撃” を貰もらい、仰臥ぎょうがのまま両目を見開くと、仲良く二人揃そろって視線を外はずされた。
　
　ただ、互いの指先は相手を示しており、“自分のせいじゃない” と主張している。

「どっちでもいいが… 裸で暴れるなよ、目のやり場に困るだろう」
「ふふっ、相変わらず初心うぶなの可愛いね、ダーリン」

　にんまりと嗤わらう半人造の少女が揶揄からかってくるのと対照的に、途端に赤くなった司祭の娘は水桶を手繰り寄せて、清潔な布で身体を拭ぬぐい出す。

　その微妙に煽情せんじょう的な艶あで姿をリィナと一緒に眺めた後、こちらも其々それぞれに寝汗を落として衣服など着込んだ。

「さて、今日も一日、引継ぎ資料の作成と酒精アルコールの精製だな」
「えぇ、消毒液の在庫は少しでも増やしたいところですね」

　後続の第二陣に渡せる支援物資は多い方が望ましいため、相槌あいづちを打ってくれたフィアも対症療法に使う解熱薬等の調合という、わりと重要な仕事があったりする。

　他方、護衛の冒険者らが暇ひまかと言えばそうでもなく、第一陣の撤収に伴ともなう荷造りや、安全な移動経路の策定もしなければならない。

　今暫しばらく忙せわしない生活が続き、段々と秋の気配が深まってきた頃、伝染病を終息へ向かわせた支援団の面々は都市イルファの郊外より発たった。


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これにて、疫病の都市イルファ編も閉幕です。何やら“君子危うきに近寄らず” な前提で書いていたら、自然と群像劇風になりました。