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第二部
136.〈竜〉の力
しおりを挟む―――あぁこれ、もう無理だ。死んじゃう。
〈竜〉が現れた後、私は即座に結界を張った。
対魔法・物理攻撃の結界だ。
魔法戦用に張ったというウィリアム様の結界は信用していたけれど、〈竜〉の攻撃が来るとなればリュカ様の結界であったとしても安心はできなかった。
観客は混乱に陥っていた。
このままじゃ〈竜〉が攻撃しなくても怪我人が出るのは確定事項だった。
力技で魔力制御の腕輪を壊して、私はすべての観客を【指定】し特別寮の近くの山に【転移】させた。
あそこならこの競技場から離れているし、まあまあ広いから、全員転移させられると思ったのだ。
魔力反応で存在を確認できたノエル先輩とルコラ様も同じように山へ。
今頃誰かしらが【治癒】を施してくれることだろう。
―――そこまではよかった。
観客を転移させたことにより私の魔力はごっそり減ってしまって、そして、少し気を緩めてしまったのが良くなかった。
その結果、今に至る。
私は―――〈竜〉に体を押さえつけられてしまった。
―――痛い、苦しい、動けない⋯⋯。
相手は〈竜〉なのだ。
当然のことだ。
私が張った結界はとうに壊され、競技場は〈竜〉によって半壊させられていた。
「ぅあ、えふっ、あ゙ぐ⋯⋯っ」
息が、うまくできない。
血の味が口に広がっている。
喉がやられているのか叫ぶことすらできず、ただ、息を吸おうとする度、言葉にならない声が口からこぼれる。
―――【こお、れ】
望みを振り絞って残りの魔力を攻撃魔法に使うも、〈竜〉には全くダメージがないようだった。
これで私の魔力はからっぽだ。
もう、できることは何も―――
「ご主人様⋯⋯!!」
この声は⋯⋯ユリか?
ハクとレンの気配もする。
こっちに来てはいけない、と伝えたいのに、話すことができない……。
「ご主人様から、離れろッ!!」
ユリが私を押さえる〈竜〉の脚を斧で攻撃した。
だが、鱗ひとつ傷ついていない。
微動だにしなかった。
それほどに〈竜〉は強い。
「おまえの相手は、私だ⋯⋯!」
〈竜〉はユリに反応すると、私から離れてユリの方へと目を向けた。
狙いを私からユリに変えたのだ。
〈ユリアーナ!〉
〈主人!〉
その間にハクとレンが現れて、私の体を治していく。
途切れ途切れになりつつも、少しだけ話せるようになる。
「は⋯⋯く。⋯⋯れ、ん⋯⋯⋯⋯」
〈ごめん、ユリアーナ! 僕が、僕がステラ姉に会いに行ったから⋯⋯っ〉
〈側を離れてすまなかった。許してくれ⋯⋯っ〉
許すもなにも、私は怒ってなどいない。
怪我をしたのは私のせいなのだから。
―――死にたくないな。
このままじゃ確実に死ぬ。
〈竜〉にやられた怪我の【治癒】が間に合わない。
押さえつけられた時からずっと自分でも【治癒】をかけていたのだが、一向に治らない。
【治癒】で治せないほどの重症なのだ。
こんなの初めてである。
今生きているのが不思議なくらいだ。
〈ステラ姉!〉
〈ステラ!〉
何かにぶつかった鈍い音が聞こえた。
〈竜〉が再び咆哮を上げる。
あれは、もしかしてユリなのか?
ユリがやられているのか⋯⋯?
ユリは不死身と思われがちだけど、不死身じゃない。
怪我をしたら怪我の程度に比例して魔力を失う。
ユリの身体は魔力でできているから、すべての魔力が失われたら、ユリは消えてしまう。
ハクとレンにユリを助けて逃げるように頼むも、ふたりは頑なに拒んだ。
「ゆり、を、みすて、る、の?」
〈っ⋯⋯僕だってそんなことしたくないよ! でも、でもそうしたらユリアーナはどうするの!? ユリアーナを誰が助けるの!?〉
〈ハクの言う通りだ。ユリは大切な仲間だが、我らは其方の使役獣なのだ、主人。主人を見捨てるなど⋯⋯!〉
「めいれい、です」
命令、の言葉を聞くと、ふたりはピクリと反応した。
「ゆりを、たす、けて、にげな、さ、い⋯⋯」
〈っ⋯⋯どうして!!〉
〈主人!〉
「いき、なさい」
ユリはすでに複製体を超える力を持っている。
私が死んでも消えないはずだ。
ハクとレンは使役獣だから、私が死んだら何の絞りもなくなるだけで、死なない。
私は誰にも、自分のせいで死んでほしくないのだ。
〈⋯⋯行くぞ、ハク〉
〈レン!? なんで⋯⋯!〉
〈主人の命令だ! 早くしろ!〉
レンが走ってユリのもとへ向かう。
ハクは迷った後、レンの方へ行った。
―――これでいい。
〈竜〉は競技場の結界を壊して建物そのものを破壊する。
そしてふと私の存在を思い出したのか、こっちを向いた。
ドシ、ドシ⋯⋯とこちらへ来て、口を大きく開ける。
火属性魔法の最大魔法【紅蓮】よりもエネルギーの高い火の玉が生まれた。
あれに当たったら骨すら残らないだろう。
魔力が凝縮され、火の玉がどんどん大きくなる。
―――あぁ、でも。
こんなところで、死にたくない―――。
ついに火の玉を〈竜〉が放った。
目の前がオレンジ色に染まる。
だけど、何故か熱くなかった。
それどころか、心地良いと感じていた。
いったい、どうして―――
「―――遅くなってごめん。リアナ」
上の方で優しい声がした。
私は抱きかかえられているのだろうか、身体の右側がほんの少し温かい。
【治癒】をされているのか、痛みがだんだんと消えていくのを感じた。
私やハクたちでは治せなかった傷が癒えていく。
「もう大丈夫。大丈夫だから」
―――あぁ。
ウィリアム様がいるって思うだけで、緊張の糸が緩む。
「あんまりしゃべっちゃダメだよ」
ウィリアム様の人さし指が私の唇に触れる。
そして優しく抱き寄せられて「大丈夫、大丈夫」と耳元で囁いた。
本当にウィリアム様が来てくれたんだと、確信が安堵に変わる。
「ここまで耐えてくれてありがとう。後は任せて。リアナは眠っていいよ。今、リアナが最優先にすべきことは心身の回復だ。〈竜〉は片付けておくから、安心して」
「は、い⋯⋯」
ウィリアム様にそう言われると、なんだかすごく眠くなってきた。
一気に眠気に包まれて、私は夢の中へと落ちて行った。
その時、ウィリアム様が何かを言っていた―――ような気がした。
はっきりとしたことは聞こえなかったが、
「―――リアナを傷つけたんだ。相応の代償は払ってもらうぞ、〈竜〉」
どこか、怒ったような声に聞こえたのは覚えている。
――――――――――――
補足/
ハクとレンがユリのことをステラと呼ぶのは、ユリの名前が主人のユリアーナからとったものだからです。ユリアーナとユリが同じ場所にいたとき、一瞬どっちのことを呼んでいるのか分からなくなります。なので、ステラと呼ぶことにしました。
ユリアーナは重症のため、無理に移動させると死んでしまう可能性がありました。そのため、ユリアーナはハクとレンにユリを連れて逃げるよう言いました。
著者から/
次回、裏話にさせてもらいます。裏話と言っていますが、ウィリアム視点になるだけでほぼ本編です。よろしくお願いします。
ハロウィンの短編も作りました。よろしくお願いします。
→https://www.alphapolis.co.jp/novel/61423936/604001724/episode/10385472
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