学園と夜の街での鬼ごっこ――標的は白の皇帝――

天海みつき

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捜索

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 学園では、生徒の自主性が重んじられる。卒業後、各分野でのトップに立つことを想定としているのだから当然なのだろう。入学式も例外ではなく、学園の大人側と調整しながら、生徒会を中心に生徒たちが半分は運営している。

 その名の通り学園の風紀を守る風紀委員に所属する者たちは、当日、警備に追われる。会場が広い癖に、委員会のメンバーはというと、その活動内容から厳しい審査基準があり、数が少ない。つまり、万年人手不足、という訳である。

 真新しい制服に身を包んだ新入生たちが寮へと帰ってゆくのを窓から眺め、煌はため息をついた。

 「ため息をついてる暇があったら、仕事してくれない?溜まる一方なんだけど?」

 男にしては高めの可愛らしい声がその背中に投げられる。無視しようかとも一瞬思ったが、一度それをした時、その後が更に面倒な事になったのを思い出す。うんざりしながら振り向くと、ドスンとしてはならない音を立てて書類が机に乗せられる。広いはずの机が一部を除いて書類に埋まっている。その書類はというと今にも崩れ落ちそうだ。

 「仕事をやっても終わらないどころか、書類が増えるのを阻止できるだけってどういうことだ?」
 「そんな事知らないよ。やらなかったら更に溜まって終わりが遠のくだけだし」

 美少女に見紛う可憐な顔に、立派なクマを飼った少年が虚ろな表情で笑う。今日まで入学式の為に奔走した。無事に入学式は終わったと言えど、終わりではない。後始末に新学期の事。忙しくなる一方だ。風紀副委員長を務める予定の少年もうんざりした表情を隠さない。

 「と言うか、僕も新入生なんだけど?なんでここで書類に埋もれないといけないわけ?」
 「人手が足りない。お前ならお互いにやり口を知っている。副委員長をやれる奴が居ない。持ち上がり組だから中等部の時から手伝わせることが出来た。以上」
 「何て言うか、雑過ぎない?龍?」

 何度も繰り返された問いに簡潔に答える煌。風紀委員長として風紀委員を預かる彼は、切実な人手不足に対し、今年度から高等部に進学が決まっていた少年―如月颯斗をこれ幸いと3月ごろからこき使っていたのだ。颯斗もまたNukesの初期メンバーの一人。龍の名前で活動していた煌とも付き合いが長いのだ。

 「確かに、龍は委員長。あきは戦闘不可能の対人スキル壊滅引きこもり人間。しゅうに至っては危なすぎて外に出せない、と」
 「……うるさい」

 せっせと手を動かしながら颯斗がボヤく。すぐさま近くから不満そうな声が返ってくる。高校生が使うにしては立派過ぎる椅子に腰かけた煌は、ペンを弄びつつ様子を窺う。その視線の先では、これまたせっせと手を動かす野性味を帯びた美貌の青年が仏頂面をしていた。風紀に所属するNukes初期メンバー、柊怜毅ひいらぎれんきである。彼もまた、大層立派なクマと仲よくしている。


 「煩いはそっち。文句言うなら、僕がここで風紀副委員長を押し付けられている理由をよくよく思い出してからにして。ついでに、自分がどうして“終焉”なんて大層かつ物騒な呼ばれ方してるのかについての経緯も詳しく説明してくれると尚良し」
 「……」

 普通の人間ならすくみ上る様な視線を受けても一切気に留めない颯斗。こんなのは、慣れだ慣れ。ついでに笑顔に毒と熨斗を付けてお返ししておけば、怜毅が黙るのを知っているのだ。案の定、苦虫をじっくり味合わせることに成功する。そんな彼らに煌はクツクツと笑った。

 「その変にしてやれ、よう

 煌の仲裁に、二人が鉾を収める。その際、チラリと視線を向けてきた怜毅に苦笑する。

 “終焉”。怜毅の通り名の一つである。元々一匹オオカミとして夜の街に居た怜毅。発作的には破壊衝動を抑えられなくなることがあるのだ。最早精神疾患に近いソレを抱える怜毅を家族は持て余し、怜毅は益々孤立し、衝動が悪化していった。衝動に突き動かされている怜毅を押さえられる者はおらず、多くの人間を病院送りにしてきたのだ。それが“終焉”の由来。畏怖と共にそう呼ばれていた怜毅を拾ったのが、Nukes総長の皇帝だった。その後に、発作を起こした怜毅を皇帝と煌の二人が抑え込める事が判明し、怜毅はそのままNukesに居ついた。

 皇帝が姿を消してから、怜毅は煌の動向が気になるようだ。本人ですら押さえられない、不本意な発作を抑え込める貴重な存在である煌すらもいなくなったり、その役目を放棄されることを恐れているのだ。

 「見回りとか、外の活動出来ない分、書類仕事きちんとしろ」

 それだけ声を掛けて、目の前の白い山を崩しにかかる。こればっかりは本人の心次第だととっくに割り切っている。

 皇帝アイツもそう言っていた。

 ふと、そんな事を思い、胸に痛みが走る。白い輝きと笑顔が脳裏に浮かび、いつまでも消えない痛みと喪失感にそっと目を伏せて意識を無理やり他へと向ける。

 煌は皇帝が姿を消した直後、誰よりも荒れた。それこそ、同じ苦しみを抱えていた仲間に心配されるほど。今ではどうにか持ち直し、皆で誓ったのだ。

 もう一度、アイツに会う。連れ戻す。ぶん殴って、説教する。

 「そのために、まずは目の前の仕事、すっか」

 無意識に独り言を零し、気合を入れる。小さな声だったが、性能の良い耳で拾い上げた二人がそっと目くばせをするが黙って書類に目を落とす。

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