学園と夜の街での鬼ごっこ――標的は白の皇帝――

天海みつき

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逃走

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 綺麗にメイクされた美しい顔。大きな瞳とすっと通った鼻筋が印象的。何よりも竜崎を驚かしたのは、初めて会ったのに初めて会った感じのしない雰囲気だった。

 「お前」
 「しっ」

 細い指を赤い唇に当てて微笑む少女。小さく首を傾げる動作に合わせて、黒髪がサラサラと揺れる。蠱惑的な仕草で言葉を奪った少女は、そのままゆっくりとあとずさりして、パッと外に走り出していった。慌てて後を追おうとするが、しつこく追いかけてきた者達が教室の外にいる事に気付き、慌てて気配を消す。

 「どこいった?」
 「あ、あれ、さっき竜崎様を連れて行った女!」
 「てことはあっちか!」

 謎の少女を追って、ストーカーモドキたちが走り去っていく。ずるずると壁に背を預けて滑り落ちた竜崎は呆然と天を仰いだ。

 全く、何だったのか。

 少女に捕まれていた手を掲げて気付く。少女は裾を掴んでいたため、その手の感触が残っていない。声も聞き取れるかどうか位のもので、よく覚えていない。助けられたのに、全く手がかりがない。違和感と、既視感。ぼんやりとその手を眺めていた竜崎だが、ポケットのスマホが振動したのに気付き我に返る。

 「おいこら何処にいやがる馬鹿!お前が持ってる資料ないと先進まないんだが?!」

 通話を開始した途端、凄まじい音量で怒声が耳に突き刺さる。悪い、と謝罪した竜崎はぶつくさと続いている愚痴を聞き流して教室を後にした。

 考えるのは後だ、と意識を切り替えて。


 盛大に行われた学園祭。数日にわたって開催された祭りの閉めを飾るのは、全校生徒による後夜祭。煌々と燃え盛るキャンプファイヤーを囲んで最後のひと騒ぎをするのが伝統だ。その際に学園祭の人気投票結果が公表される。景品はなくとも、やはり、こう言ったイベントは盛り上がるもので。今年も大いに盛り上がっていた。

 「やっと終わったぁ」
 「お疲れ」
 「暫く紙を見たくない」

 ぐったりとする颯斗と怜毅に、竜崎は苦笑した。警備と言いつつ、実際は他の者達が気張って目を光らせているため、実質は休憩しているのに等しい。せっせと食事をする二人。見上げると、雲一つない夜空に、堂々たる満月がその姿を見せている。

 「満月見ると、いつも思うんだよね。聖、いつまで誤解してるんだろって」

 竜崎の視線を追った颯斗がポツリと呟く。その口元には笑みが刻まれていて。竜崎もつられて笑った。

 「ニュクスっていう名前を聞いて、最初に行った台詞が、核兵器?面白い事言うね、だからな」

 彼らの所属するNukus。しかし、その名前は実は正確ではない。ニュクスの読みは同じでも、聖月の誤解から付けられた名前。修正は出来たが、その勘違いが如何にも聖月らしくてそのままにしておいたのだ。くすりと思いだし笑いが漏れる。

 その後、俺も何か取ってくる、竜崎はと二人の傍を離れた。

 後夜祭では、多少の食事と飲み物が用意され、自由に取っていくことが出来る。普段ならば人前に立てば騒がれる竜崎だが、今は舞台上の生徒会が皆の注意を引いている。舞台を見上げていない一部の者も、互いとお喋りする事に夢中で竜崎に気付かない。それをいいことに竜崎は闊歩する。

 目についた肉を取り分けていた竜崎は、ふと己の手首に目をやった。学祭期間中の、ちょっとした出来事が――綺麗に靡く黒髪が脳裏に浮かんだ。そして、もう一つ、全く逆の、白い色をした長い髪の事も。

 くっと拳を握りしめた、その時。

 「だから!ちょっとは大人しくしてってあれ程!」
 「仕方ないじゃん!テンション上がっちゃったんだもん!学祭だし!」
 「関係ない!っていうか、なんで俺たちまだ女装してるの?!」

 背後でそんな会話が聞こえ。一つは全く覚えのない声だが、もう一つの方が、余りに心当たりありすぎて。目を見開いた竜崎は勢いよく振り返る。

 何処だ、そんな風に視線を彷徨わせて。必死な形相に周囲の者達が驚くのも目に入らず。求める姿を探す。

 すると、ふと一点に竜崎の焦点が結ばれた。白黒のメイド服と、赤白のメイド服を着た二人。じゃれ合うように歩いているその後ろ姿を食い入るように見つめていると、視線に気づいたのか、白黒のメイド服の人影が振り返り。驚いたように目を丸くした。

 後夜祭に参加しているという事は、学園の生徒。メイド服は女装、つまり彼らは男。それ以外にも気になる点が頭の中で勢いよく展開され、点が線でつながれる。

 顔色を失って立ち竦む竜崎に、少年はふっと笑う。そのまま、白く細い指を、紅い唇に寄せる。学園祭中に見た姿であり、脳裏に浮かぶ別の人物の姿にも重なって。さっと手を振った少年が背を向ける。

 「おい」

 慌てて手を伸ばしたその時、周りがわっと声を上げる。生徒会が何かをしたらしい。その所為で求めた姿が人込みに消えて、どれだけ探しても見つかる事が無かった。

 「野郎」

 一瞬だけ相まみえた聖月。掴み損ねたその姿に、竜崎は呻く。しかし、その顔は柔らかく崩れていた。

 絶対に捕まえてやる。尻尾を出したのはお前だ、と竜崎が決意を新たにした瞬間だった。


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