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暗雲
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しおりを挟む第九学園からはるか離れた別の場所。国の中枢、首都機能を持つ街であり、第一学園を擁するその街に、立派な庭園を持つ巨大な屋敷がいくつか存在した。その数は五つ。言わずともわかるだろう。国を支え、支配する五大名家の本屋敷である。その内の一つ、最も古い屋敷の廊下を足早に歩いている者がいた。全身を黒でまとめたスーツの男は、無表情のまま奥の間へとたどり着き膝をついた。
「ご当主様。失礼いたします」
「入れ」
淡々と中に呼びかけると、気だるげな声が入室を許可してくる。すぐさま横開きの戸が開かれる。内部には戸の開閉係がおり、半分自動的に開閉される仕組みとなっている。顔を伏せたまま男は中に入り、奥に寝そべる老人の元へ向かった。
「進展があったか」
「はい。相手もさること、巧妙に足取りが消されていましたが、ようやく発見いたしました」
そして懐から出したのは一枚の写真。裏返しに差し出したそれを、老人がぱっと奪い去る。そこに映し出されていたのは、黒髪を靡かせて笑う少年。長い前髪と眼鏡で人相が隠されている。アングルから察するに、隠し撮りだろう。じっと見つめていた老人は重々しく尋ねる。
「間違いないだろうな」
「はい。確認は致しました。本来のお姿である特徴的な白髪と碧眼。これらを写真に収める事は出来ませんでしたが、手の者はその姿で夜闇を駆ける姿をはっきりと目にしております」
それからもう一つ、と男は淡々と報告していく。
「高宮の御曹司と接触したとの報告が」
くしゃり、と老人の手の中で写真が歪む。ぶるぶるとその手が震えていたが、その震えは徐々に体全体に波及し、その干からびた喉がクツクツと笑い声を立てた。
「憎き高宮と対等に渡り合う事が出来るあの度量。幾度となく当家を相手にしながらも逃げおおせるその手腕。やはり、彼奴しかおらぬ」
「おおせの通りかと」
「連れてまいれ。どのような手を使っても構わぬ。必ず、連れてまいれ」
ギロリ、と老いさらばえた枯木同然の姿からは想像できない強い視線に射抜かれ、男は黙って頭を下げた。老人は今だにケラケラと狂った玩具の様に笑っている。
「彼奴しかおらぬ。彼奴しかなぁ」
そう言って、握りしめた写真を丁寧に引き延ばし、そっとその顔を撫でた。
のぉ、聖月や。
老人――真宮嗣耀は猫なで声で写真に語り掛けた。男――真月深央は黙ってその場を後にした。
当主の前を辞し、深央はゆっくりと息をついた。
「全く。居場所を掴むまでにどれだけ苦労させられたと思ってやがるあのクソジジイ」
悪態をつきつつ思考を巡らせる。五大名家の一つを相手にしてなお逃げおおせている、天才的な頭脳をもつ少年。嗣耀は簡単に命じてくれるが、ここまでで相当苦労しているのだ。聖月を捕まえるのははっきり言って、骨が折れる。
「まったく、因果だねぇアイツも。ここまで血相変えて追いかけられりゃあ俺でもげんなりするわ」
行儀悪く懐から取り出した煙草に火を付けてくゆらせる。ふっと吐き出した煙は、苦い。ゆっくりと空気に紛れて消えていく煙を黙って目で追っていたが、けたたましい声が聞こえてきて、顔を顰めた。
「死にぞこないのクソジジイの次は、けばけばしいクソ女かよ」
ついてねぇ、と煙草を握りしめる。じゅっと手のひらが焼ける音がするが気にしない。ぱっと吸い殻を庭に投げ捨てると表情をけし、それとなく声から遠ざかろうとする。が、遅かったようだ。
「真月!そこに居るのは真月ね!」
「……はい、奥様。何用に御座いましょうか」
「何用って、あの話しかないでしょうが!」
真っ赤なドレスを着た妙齢の女性。肉厚的なその姿は、健康的な男であれば垂涎の的であろう。しかし、深央は眉一つ動かさず膝をついた。豪奢ではあるが、品位を失わず荘厳な雰囲気を醸し出す屋敷には似つかない、きらびやかすぎる姿。いつか目が潰れないかと内心本気で思っている深央である。
「それは、聖月様のことでしょうか」
「様など付ける必要はない!」
ヒステリックに叫ぶ女。名前は真宮万寿。当主、真宮嗣耀の今は亡き息子の妻、つまり嫁であり、この家の女主人。己の美貌に絶対の自信を持ち金と権力をこよなく愛する、絵に描いた毒婦である。
「見つかったというのは本当なの」
「はい。当主の命でこれより聖月様においでいただくことになります」
「真月。途中で殺しておしまいなさい」
冷ややかな命令に、それでも深央はピクリとも動かない。いらいらと爪を噛む万寿。その瞳が移すのは、求める権力のみ。
「真宮の次期当主は私の息子よ。分家如きに渡すわけ無いわ」
「しかし、当主の命令は絶対です」
「バレなきゃいいのよ。事故なりなんなり。優秀なお前なら出来るでしょ」
昏く嗤う万寿。幼い頃から何不自由なく育った彼女は、自分の思い通りにならない事はないと信じ切っている。クズが、と内心吐き捨てる深央には気付いていないのだろう。そっとため息をついた深央は小さく返した。
「出来得る限り」
「信頼しているわよ。あの憎たらしい小僧は始末しておいて頂戴」
それだけ吐き捨てるように命じると、女は侍女たちを引き連れて去っていく。その先々で騒音がする。苛立ちをぶつけているのだろう。物に当たるなよガキか、と内心思いつつ近くにいた者を捕まえて掃除の手配をする。そのまま彼自身は屋敷の中を足早に進んでいく。これ以上、澱んだ空気を吸いたくなかった。
「ほんと、因果だねぇ。同情するわ」
幼い頃に会った、美しい少年に想いを馳せ、しかしどうしようもない身の上で。深央は静かに策を練り始めた。
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