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第4章 馬車
第60話 ルネサスの心の傷
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話が一段落し、ふっと静寂が部屋を包んだ。
「……あっ、私、お茶いれるね」
アリーがそっと立ち上がり、部屋の隅の湯沸かし道具へと向かう。カップを並べる小さな音が、静けさの中にやさしく響いた。
そのとき、不意にルネサスがぽつりと呟いた。
「……ラン、お前は……憎くならなかったのか?」
唐突な問いだった。でも、意味はすぐにわかった。
俺は少しだけ目を伏せ、それからゆっくりと頷いた。
「……兄が、いつも心配してくれてたから。全部がつらかったわけじゃない。だから……7年我慢すれば自由になれる、そう思えば、なんとかやってこれたんだ」
そう、俺には兄がいた。
もしあの家に、一人でも味方がいなかったら……
想像した瞬間、胸の奥が苦しくなった。思わず首を振り、暗い考えを振り払う。
「7年も……我慢してたのか……」
ルネサスは呆然としたように、俺の顔をじっと見つめていた。
「それって……すごい、って言うのも違うけど……よく、耐えたな」
その言葉に、そっとアリーの声が重なる。
「……ランは、我慢するのに慣れすぎてるのよ」
「ん?それって……ダメなことなのか?」
「もちろんよ。我慢に慣れちゃうと、他の気持ちまで麻痺しちゃうから」
アリーはそう言いながら、湯気の立つカップを一つずつ手渡していく。
「ありがとう、アリー……冷たくて、気持ちよさそうだ」
「うん、ありがとう」
みんなが一言ずつ礼を言い、少しだけ空気が和らいだ。
そのとき、ディーンがふと窓の方へ視線を向けた。外はすっかり夜。冷たい風がカーテンをゆっくりと揺らし、部屋に静かな揺らぎをもたらしていた。
「……あれは、ちょうど今ぐらいの時期だったな。夏の終わり、少し冷たい風が吹き始める頃……」
ルネサスの穏やかな声が部屋に響く。そして、ぽつりと……
「俺は……10歳の時、家族に捨てられたんだ」
その一言に、空気がわずかに変わる。
誰も声を発さず、自然とルネサスへと視線が集まっていった。
「ガキの頃から、ずっと言われてたよ。手がかかる奴だって。感情の起伏が激しいとか、口の利き方がなってないとか……。とにかく『扱いづらい子供』だったんだろうな」
淡々と語られる声の裏に、押し殺した悔しさがにじんでいた。静かな部屋に、それがかえって重く響く。
ルネサスは黙ったまま、ディーンの横顔をじっと見ていた。
すると、アリーがそっと声をかけた。
「……それは、苦しかったと思います。私も……似たような感じでしたから」
静かで、優しい。押しつけがましくない、真っ直ぐな言葉。
「アリーは……嫌じゃないのか?こんなわがままな人間が」
ルネサスのつぶやきに、再び静寂が落ちる。
それでもアリーは微笑んで、首を横に振った。
「それって、子供のときの話でしょう? もし成人してもわがままが治ってなかったら……うーん、さすがに考えるけど」
その冗談めいた言葉に、わずかに場の空気が緩んだ。
「……そうだな。子供の頃は、わがままでいいんだ。というか、普通はそうなる」
ディーンが静かに言った。
「……ランみたいに、貴族として育てられてなければ……な」
拳を強く握りしめ、ディーンは床に視線を落とす。 その仕草から、当時の記憶がいかに悔しかったのかが伝わってくる。
言葉よりも、その沈黙が、彼の過去を物語っていた。
「……あっ、私、お茶いれるね」
アリーがそっと立ち上がり、部屋の隅の湯沸かし道具へと向かう。カップを並べる小さな音が、静けさの中にやさしく響いた。
そのとき、不意にルネサスがぽつりと呟いた。
「……ラン、お前は……憎くならなかったのか?」
唐突な問いだった。でも、意味はすぐにわかった。
俺は少しだけ目を伏せ、それからゆっくりと頷いた。
「……兄が、いつも心配してくれてたから。全部がつらかったわけじゃない。だから……7年我慢すれば自由になれる、そう思えば、なんとかやってこれたんだ」
そう、俺には兄がいた。
もしあの家に、一人でも味方がいなかったら……
想像した瞬間、胸の奥が苦しくなった。思わず首を振り、暗い考えを振り払う。
「7年も……我慢してたのか……」
ルネサスは呆然としたように、俺の顔をじっと見つめていた。
「それって……すごい、って言うのも違うけど……よく、耐えたな」
その言葉に、そっとアリーの声が重なる。
「……ランは、我慢するのに慣れすぎてるのよ」
「ん?それって……ダメなことなのか?」
「もちろんよ。我慢に慣れちゃうと、他の気持ちまで麻痺しちゃうから」
アリーはそう言いながら、湯気の立つカップを一つずつ手渡していく。
「ありがとう、アリー……冷たくて、気持ちよさそうだ」
「うん、ありがとう」
みんなが一言ずつ礼を言い、少しだけ空気が和らいだ。
そのとき、ディーンがふと窓の方へ視線を向けた。外はすっかり夜。冷たい風がカーテンをゆっくりと揺らし、部屋に静かな揺らぎをもたらしていた。
「……あれは、ちょうど今ぐらいの時期だったな。夏の終わり、少し冷たい風が吹き始める頃……」
ルネサスの穏やかな声が部屋に響く。そして、ぽつりと……
「俺は……10歳の時、家族に捨てられたんだ」
その一言に、空気がわずかに変わる。
誰も声を発さず、自然とルネサスへと視線が集まっていった。
「ガキの頃から、ずっと言われてたよ。手がかかる奴だって。感情の起伏が激しいとか、口の利き方がなってないとか……。とにかく『扱いづらい子供』だったんだろうな」
淡々と語られる声の裏に、押し殺した悔しさがにじんでいた。静かな部屋に、それがかえって重く響く。
ルネサスは黙ったまま、ディーンの横顔をじっと見ていた。
すると、アリーがそっと声をかけた。
「……それは、苦しかったと思います。私も……似たような感じでしたから」
静かで、優しい。押しつけがましくない、真っ直ぐな言葉。
「アリーは……嫌じゃないのか?こんなわがままな人間が」
ルネサスのつぶやきに、再び静寂が落ちる。
それでもアリーは微笑んで、首を横に振った。
「それって、子供のときの話でしょう? もし成人してもわがままが治ってなかったら……うーん、さすがに考えるけど」
その冗談めいた言葉に、わずかに場の空気が緩んだ。
「……そうだな。子供の頃は、わがままでいいんだ。というか、普通はそうなる」
ディーンが静かに言った。
「……ランみたいに、貴族として育てられてなければ……な」
拳を強く握りしめ、ディーンは床に視線を落とす。 その仕草から、当時の記憶がいかに悔しかったのかが伝わってくる。
言葉よりも、その沈黙が、彼の過去を物語っていた。
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