腹違いの弟くんの執着

ひぽたま

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プロローグ 〜ごめんねの雨・2〜

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 私が毎日高校の帰りに城之内邸に寄るようにしたら、葵くんは約束を守って、毎日中学校に通ってくれたよね。
 そして学校のテストの成績は抜群によかったから、城之内先生も大喜びだった。

『葵がまた学年トップだったんだよ。本人は、あかね先生の教え方がうまいからだと言っていた。さすがだね、あかねちゃん、ありがとう』
『そんな。葵くんの成績がいいのはもともと頭がいいだけですから』
『あかねちゃんも、葵も謙虚だね。二人ともいい子に育ってくれて、私は嬉しいよ』

 この時におかしく感じるべきだったんだ。
 城之内先生が自分の息子と、スナックのママの娘に過ぎない私を『二人とも』なんて並べて語るなんて、おかしいって。
 私は馬鹿で呑気だから、全然気がつかなくて、だから中学二年生で進学先のアンケートを取られたときに葵くんが、

『おれ、高校はあかねーちゃんと同じとこに入りたいな。そんで合格したらお祝いに……デートしてくれる?』

 顔を真っ赤にしながら誘ってくれたとき、つられてちょっぴり照れてしまった。
『デートっていつものおでかけとは違うの?』
『全っ然、意味が違うから! デートって、好きな人とするもんじゃん? おれ、あかねーちゃん好きだから……高校生になったら彼氏に立候補するから、覚悟しておいて』
『葵くんが高校生になるとき、私はもう二十歳だよ。おばさんとデートしてるって、葵くんが同級生に笑われちゃう』
『あかねーちゃんはおばさんになんかならない。ずっと、可愛いけど頼りない、おれの大事なひとだ』
『えー』
 笑って話をそらそうとしたけど、葵くんの表情はどこまでも真剣で。
 だから、私も覚悟を決めて真剣に考えて、返事をしたつもりだった。

『いいよ……約束。あかねーちゃんも大学受験がんばるから、葵くんも希望の高校に入れるようにがんばろう。そして二人とも希望の進路に進めたときは、お祝いにデートしようね』
『約束してよ。指切り』
『げんまん? 懐かしいなー』
 彼の細い小指に小指を絡めあって、約束したのに。

「なんで」

 葵くんはまだ、現実を受けとめられないみたいだった。

「なんで、いまそんなこと言うの。いきなり……姉弟だなんて言われたって、信じられっこないじゃん」

 冗談めかして笑おうとして失敗して、おかしな顔になっている。

「大学に合格したの。推薦で、地元の国立大の医学部だよ。昨日合格通知が届いて、お店に城之内先生がいらしていたから報告したらすごく喜んでくださって、そのあと」

『さすがあかねちゃんだ。学費は全部援助してあげるから、立派なお医者さんになるんだよ』

 当たり前のように言われて、すごく焦った。だって学費の援助なんて入学祝いとは桁が違うし、お店のお客さんに過ぎない城之内先生にそこまでしていただく義理はないって思ったから。
『学費はアルバイトで賄うつもりです』
 と言うと、先生は厳しい顔をした。
『とんでもない。医学部の勉強がどれほど大変なものか、真面目にやっていたらアルバイトをする時間なんてほとんどないんだよ』
『でも、お客様の先生にご迷惑をかけるわけにはいきません』
『迷惑でなどあるものか。あかねちゃんには葵も世話になっているし、それにね』
 先生がママに目配せする。カウンターの内側でこちらのやり取りをうかがっていたママが、小さく首を竦めた。
 そろそろいいんじゃない、というように。

『それにね……僕はずっと、あかねちゃんに父親らしいことをしてあげたいと思っていたんだ』

 私は、ぽかーんとした。城之内先生は葵くんのお父さんだけれど、私のパパではない。私はママにずっと、父親は『最初からいない』と教えられてきた。それなのに、どうして……。
『十八年前、研修医だった僕が城之内病院にアルバイトに来ていたとき、このスナックで働いていたあかねちゃんのママと知りあったんだ。僕たちはすぐ深い仲になって――あかねちゃんも成人になったのだから、意味はわかるだろう? 一時は結婚の約束までしたのだけれど、僕の側の事情でそれは叶わなかった』
 先生側の事情というのはつまり、アルバイト先の城之内病院の院長に気に入られて、娘婿にならないかと誘われたこと。
 先生の実家は財産もない普通の家庭だったから、結婚するだけで自分の病院を持てるというのは断りようがないほど魅力的な条件だったのだそうだ。
 だけど別れ話を切り出したとき、ママのお腹の中にはすでに私がいた。
 ママはそのことを先生に黙ったまま別れ話を受け入れ、一人で私を出産したのだそう。

『しばらくは連絡も取らなかったのだけれど、きみが保育園のとき――真夜中にひきつけを起こしてしまったことがあって、ママが数年ぶりに僕に連絡を寄越して、泣きながらこう罵ったんだ。一人前の医者になったんなら自分の娘くらい助けてみせろ、ってね』
『救急車を呼べばいいだけだったのに、慌てちゃったの』
 カウンターの中からママが言う。『仕方ないさ』と答える先生との雰囲気の親密さが、まだ子供の私には汚れて感じられた。

『なぜ……いまなんですか? 打ち明けてくださるなら、もっとずっと前でもよかったのに』

 先生の答えは単純明快だった。
『なぜって、きみが医学部に入るくらい成績優秀だからだよ。さすが僕の娘だって、ごほうびをあげたくなったんだ。それから一人前の医者になったあかつきにはきちんと庶子として書類も整えたうえで、ぜひ城之内病院のスタッフとして働いてもらいたい。家族を従業員にするのは節税対策になるし、いずれ葵が跡を継ぐときにあかね先生がそばにいてくれたら心強いだろうからね? そのときのためにあかねちゃんには葵の家庭教師をお願いしていたのだよ。この話、受けてくれるだろうね?』

 私は頭が真っ白になりながら、自分なりに大人の事情を理解しようとした。
 私と葵くんは、腹違いの姉弟だったらしい。
 そして先生は将来葵くんと私を城之内病院で一緒に働かせるために、学費の援助を申し出たり、葵くんの家庭教師を任せたりしていたらしい。
 つまり私と葵くんは――デートなんかしたら、いけない関係だったっていうことだ。
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