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新学期!!
後悔
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保身の為に無神経な質問を先輩に投げかけてしまいそうだ。もう、先輩の口から女の名前なんて聞きたくねぇよ。
「セイシュン、熱出して寝込んだ事あっただろ」
オレが心の中を泣き言で埋めていたら、先輩の話はいきなり脱線し始めた。圏ガクに来てからオレが寝込んだのは、深夜の行水が祟り翌日ぶっ倒れたあの日だけだ。
確か、寮長の計らいで、先輩は見舞いに来てくれたんだよな。
「うん。行ってやれって言われたからな」
寮長の配慮がなければ、来る気はなかったのか。地味にショックだ……いや、まあ、倒れた事を知らなかったら来られないよな。心の安寧の為、そう納得しておこう。
「あの時、熱でうなされているお前が……うわごとで『じいちゃん』って言ったんだ」
全く思い出せないが、寝言でじいちゃんを呼んでいたなんて、恥ずかしいじゃあないか。
言ってないと反論してみるが、先輩は困ったように笑って続けた。
「セイシュンのそんな姿を見て、子供の頃の事を……はっきりと思い出して……じいちゃんが俺にしてくれた事をお前にしてやりたいって思ったんだ」
先輩の嘘という未知の恐怖と、寝言の恥ずかしさから、少し逸らせていた顔を元に戻すと、申し訳なさそうな先輩の顔があった。
「え、じゃあ……代わりって」
気まずそうに口を閉じたままの先輩にそう尋ねると、情けなさを隠しきれない表情で頷く。
「お前を子供の頃の自分に見立てて、じいちゃんの真似事をしていたんだ。今の自分にじいちゃんを重ねて見てた」
不安が一瞬で溶けて消える。先輩に飛びついて馬鹿やりたい衝動を抑えるのに一苦労した。
「ここに来るまで、ひたすらに何も考えず毎日を過ごしていたせいか、どう生きていいのか分からなかったんだ」
先輩は言いながら笑おうとしたが、形にはならなかった。その代わりに浮かんだのは、どこか虚ろな表情で、オレは自然と握った手に力を込める。
「そんな時、若狭ちゃんが『好きな誰かの真似をする所から始めてみろ』って教えてくれてな」
先輩の表情が少し明るくなった。現金なものだが、先輩が女をちゃん付けで呼んでも、心の中がざわつく事はなかった。
「好きの意味は分からなかったが、誰かと言われて思い浮かぶのは、じいちゃんしかいなかった」
どこか遠くを見るような目で、ぽつりぽつりと先輩は呟く。
「でも、な……じいちゃんの事、俺は殆ど知らないんだ。困った顔をしている人に手を差し伸べていた……とか、その程度で」
オレは黙って相槌も打たず、それに聞き入った。きっと、その一つ一つは、先輩を形作っているものだ。
「お前に会うまで……医務室でうなされてたお前を見るまでは、漠然としてたんだ」
たどたどしい手探りの言葉が途切れる。頬の辺りに突き刺さる後輩の視線に気付いたのか、先輩はオレの方へと顔を向けた。
「じいちゃんが俺にしてくれた事……思い出したのに駄目だな。上手く真似出来なかった」
先輩は、いつも見せる、オレの好きなふにゃっとした顔を少しだけ浮かべる。
「セイシュンと一緒にいると、してやりたい事だけじゃなくて、俺がしたい事も、どんどん増えて……じいちゃんならしない事、たくさんやっちまった」
後悔している、そう言いたげな表情だ。黙って聞いていようと思ったが、この部分だけは口を開かずにはいられなかった。
「先輩はオレを好きになったんだから、したい事が増えるのは当たり前だろ。いいんだよ、それで」
オレの涙ぐましい努力(かなり美化した言い方だが、あえて目を瞑ろう)が、先輩に届いたのだ。今はそんな自分に自信を持って良い。
きっと、オレが先輩を好きになったきっかけは、先輩が『じいちゃん』になろうとした部分なんだろう。でも、今の言葉でオレは断言出来る。
「オレの好きな奴は、他の誰でもない、オレを好きになってくれてる今の先輩だよ。もう誰かの真似なんかしなくていいんだ」
先輩にとって大事な部分……それをオレは否定する。
「生き方って言うと、なんかすげぇ大層に聞こえるけど、要するに何がしたいかって事だろ」
立ち上がって、先輩の正面に立つ。目線を合わせたくて、中途半端な姿勢になるが気にせず、両手で先輩の顔を極力優しく包み込んだ。手のひらから伝わる先輩の頬は冷たく、オレはあたためてやりたくて、ギュッと力を入れると、先輩の表情が崩れた。きっと、元から脆かったに違いない。
「今の先輩にしたい事がないとか抜かしやがったら、本気で怒るからな」
潤んだ先輩の目は、真っ直ぐにオレを見ている。
「セイシュンと、ずっと、一緒にいたいよ」
同じ気持ちでいてくれる事に、今更ながら感動して鼻の奥がツンと痛くなった。
「お前と一緒にいる時間が、ずっと続けばいいって……思ってる……だから」
ならば何の問題もない、そう思い安堵したオレとは正反対に、先輩は辛そうに俯いてしまう。
「後悔してるんだ。お前に辛い、嫌な思いをさせるとか、そういう後悔じゃない。ただ……」
先輩に似合わない自嘲が、辛そうな表情に色濃く滲む。
「セイシュンと離れ離れになるのが、堪らなく恐い。分かってた事なのにな……俺にお前の隣りを歩く資格はないって」
また『資格』か。オレを黙らせたきゃ、頭の中にある、先輩の思考を形にしたガイド本でも持ってこい。そう怒鳴ってやろうとした時、遠慮の無い足音が二つ、小吉さんの畑を踏み荒らしながら、真っ直ぐ近づいて来た。入り口からの目隠しになっていた背丈の高い植物をなぎ倒して現れたのは、芭灯とかいう柄の悪い刑事と、圏ガクのラスボスである守峰だった。
「金城、面倒な事になった。乳繰り合ってる所悪いが、ちと付き合えや」
二人共、これ以上ないくらい険悪な顔で、とても刑事と教師には見えない。
「はい」
異常な雰囲気に気圧されたオレとは対照的に、先輩は何かを悟ったかのように、さっきまで見せていた感情の一切を消し去った静かな表情で、返事をして立ち上がる。
「待て、夷川。お前は行くな」
きっと笹倉たちの所へ行く気だろう、元来た道を戻る刑事の後に続く先輩を追いかけようとして、オレは残っていた守峰に思いきり腕を掴まれた。
「笹倉政史の事は覚えているな。あいつが見つかった」
笹倉の名前に動揺しないオレを見て、状況を把握していると判断したらしく、守峰は説明を全て省き、選択だけを突きつけて来た。
「金城の代わりに事情を説明する気なら、おれらの前で全てを話して貰う。覚悟があるなら付いて来い。出来ないなら、ここに残れ」
「行きます。オレが全部話す」
「セイシュン、熱出して寝込んだ事あっただろ」
オレが心の中を泣き言で埋めていたら、先輩の話はいきなり脱線し始めた。圏ガクに来てからオレが寝込んだのは、深夜の行水が祟り翌日ぶっ倒れたあの日だけだ。
確か、寮長の計らいで、先輩は見舞いに来てくれたんだよな。
「うん。行ってやれって言われたからな」
寮長の配慮がなければ、来る気はなかったのか。地味にショックだ……いや、まあ、倒れた事を知らなかったら来られないよな。心の安寧の為、そう納得しておこう。
「あの時、熱でうなされているお前が……うわごとで『じいちゃん』って言ったんだ」
全く思い出せないが、寝言でじいちゃんを呼んでいたなんて、恥ずかしいじゃあないか。
言ってないと反論してみるが、先輩は困ったように笑って続けた。
「セイシュンのそんな姿を見て、子供の頃の事を……はっきりと思い出して……じいちゃんが俺にしてくれた事をお前にしてやりたいって思ったんだ」
先輩の嘘という未知の恐怖と、寝言の恥ずかしさから、少し逸らせていた顔を元に戻すと、申し訳なさそうな先輩の顔があった。
「え、じゃあ……代わりって」
気まずそうに口を閉じたままの先輩にそう尋ねると、情けなさを隠しきれない表情で頷く。
「お前を子供の頃の自分に見立てて、じいちゃんの真似事をしていたんだ。今の自分にじいちゃんを重ねて見てた」
不安が一瞬で溶けて消える。先輩に飛びついて馬鹿やりたい衝動を抑えるのに一苦労した。
「ここに来るまで、ひたすらに何も考えず毎日を過ごしていたせいか、どう生きていいのか分からなかったんだ」
先輩は言いながら笑おうとしたが、形にはならなかった。その代わりに浮かんだのは、どこか虚ろな表情で、オレは自然と握った手に力を込める。
「そんな時、若狭ちゃんが『好きな誰かの真似をする所から始めてみろ』って教えてくれてな」
先輩の表情が少し明るくなった。現金なものだが、先輩が女をちゃん付けで呼んでも、心の中がざわつく事はなかった。
「好きの意味は分からなかったが、誰かと言われて思い浮かぶのは、じいちゃんしかいなかった」
どこか遠くを見るような目で、ぽつりぽつりと先輩は呟く。
「でも、な……じいちゃんの事、俺は殆ど知らないんだ。困った顔をしている人に手を差し伸べていた……とか、その程度で」
オレは黙って相槌も打たず、それに聞き入った。きっと、その一つ一つは、先輩を形作っているものだ。
「お前に会うまで……医務室でうなされてたお前を見るまでは、漠然としてたんだ」
たどたどしい手探りの言葉が途切れる。頬の辺りに突き刺さる後輩の視線に気付いたのか、先輩はオレの方へと顔を向けた。
「じいちゃんが俺にしてくれた事……思い出したのに駄目だな。上手く真似出来なかった」
先輩は、いつも見せる、オレの好きなふにゃっとした顔を少しだけ浮かべる。
「セイシュンと一緒にいると、してやりたい事だけじゃなくて、俺がしたい事も、どんどん増えて……じいちゃんならしない事、たくさんやっちまった」
後悔している、そう言いたげな表情だ。黙って聞いていようと思ったが、この部分だけは口を開かずにはいられなかった。
「先輩はオレを好きになったんだから、したい事が増えるのは当たり前だろ。いいんだよ、それで」
オレの涙ぐましい努力(かなり美化した言い方だが、あえて目を瞑ろう)が、先輩に届いたのだ。今はそんな自分に自信を持って良い。
きっと、オレが先輩を好きになったきっかけは、先輩が『じいちゃん』になろうとした部分なんだろう。でも、今の言葉でオレは断言出来る。
「オレの好きな奴は、他の誰でもない、オレを好きになってくれてる今の先輩だよ。もう誰かの真似なんかしなくていいんだ」
先輩にとって大事な部分……それをオレは否定する。
「生き方って言うと、なんかすげぇ大層に聞こえるけど、要するに何がしたいかって事だろ」
立ち上がって、先輩の正面に立つ。目線を合わせたくて、中途半端な姿勢になるが気にせず、両手で先輩の顔を極力優しく包み込んだ。手のひらから伝わる先輩の頬は冷たく、オレはあたためてやりたくて、ギュッと力を入れると、先輩の表情が崩れた。きっと、元から脆かったに違いない。
「今の先輩にしたい事がないとか抜かしやがったら、本気で怒るからな」
潤んだ先輩の目は、真っ直ぐにオレを見ている。
「セイシュンと、ずっと、一緒にいたいよ」
同じ気持ちでいてくれる事に、今更ながら感動して鼻の奥がツンと痛くなった。
「お前と一緒にいる時間が、ずっと続けばいいって……思ってる……だから」
ならば何の問題もない、そう思い安堵したオレとは正反対に、先輩は辛そうに俯いてしまう。
「後悔してるんだ。お前に辛い、嫌な思いをさせるとか、そういう後悔じゃない。ただ……」
先輩に似合わない自嘲が、辛そうな表情に色濃く滲む。
「セイシュンと離れ離れになるのが、堪らなく恐い。分かってた事なのにな……俺にお前の隣りを歩く資格はないって」
また『資格』か。オレを黙らせたきゃ、頭の中にある、先輩の思考を形にしたガイド本でも持ってこい。そう怒鳴ってやろうとした時、遠慮の無い足音が二つ、小吉さんの畑を踏み荒らしながら、真っ直ぐ近づいて来た。入り口からの目隠しになっていた背丈の高い植物をなぎ倒して現れたのは、芭灯とかいう柄の悪い刑事と、圏ガクのラスボスである守峰だった。
「金城、面倒な事になった。乳繰り合ってる所悪いが、ちと付き合えや」
二人共、これ以上ないくらい険悪な顔で、とても刑事と教師には見えない。
「はい」
異常な雰囲気に気圧されたオレとは対照的に、先輩は何かを悟ったかのように、さっきまで見せていた感情の一切を消し去った静かな表情で、返事をして立ち上がる。
「待て、夷川。お前は行くな」
きっと笹倉たちの所へ行く気だろう、元来た道を戻る刑事の後に続く先輩を追いかけようとして、オレは残っていた守峰に思いきり腕を掴まれた。
「笹倉政史の事は覚えているな。あいつが見つかった」
笹倉の名前に動揺しないオレを見て、状況を把握していると判断したらしく、守峰は説明を全て省き、選択だけを突きつけて来た。
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