圏ガク!!

はなッぱち

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新学期!!

二人の関係

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 不穏な単語に思わず息を呑む。

「あんたは……城井浩太郎の、息子……なのか?」

 頭の中にあったイコールで繋がってしまった内容を呟くと、即座に訂正が入った。
「違う。早合点をするな」

 先輩のじいちゃんが寮長の父親で、なんて話に展開するのかと思い、パニクる寸前だった。ベッドの柱から離れ、寮長としっかり向き合う。

「三年、いや、もうじき四年前になるか……僕の父は事故死した。船が沈んだんだ。正式な手順を踏んで乗船していた客は一人残らず死亡している。その中の一人だった」

 淡々と語る言葉に一切の感情は含まれず、無駄な同情は不要だと割り切る。

「引き上げられた残骸からは、事故としての証拠しか見つからなかったが、僕は知っている。あれが事故ではなかった事を」

 寮長の言葉には、恨みの類いも感じなかった。『殺した』なんて言い方をしていたのに。

「僕もその船に乗っていたんだよ。そこで、彼を見た。いや、見たなんて生易しいものじゃないな」

 自嘲気味に寮長が笑う。その顔には様々な感情が斑に浮かび、ゆっくりと混ざっていく。

「彼に見逃された。彼に救われた……金城先輩は僕と操を船から逃がしたんだ」

 ドクッと心臓が鳴った。先輩の名前を出した寮長の声が、慟哭のように思えたからだ。

「じゃあ、あんたは……先輩に会う為に、圏ガクに入学したのか」

「そうだ」

 分からない。目の前の寮長が何を考えているのか分からなくて、オレは黙るしかなかった。

「初めて金城先輩と出会った日、僕は全てをなくした。それまで築き上げてきたものを全て」

「足も、その時に怪我したのか?」

 寮長の言葉が指すものが分からず、不躾だがそう聞いてみると、何故かフッと表情が和らいだ。

「怪我はもう完治している。元から大した傷ではなかったしな。今もこうしているのは、単に僕の心が弱いせいだ」

 車椅子を抱えて走り回る奴を侍らせていようと、不便なのは変わりないだろう。その事実にオレの胸は苦しくなった。

『俺は……葛見を酷く傷つけたんだ』

 いつか聞いた先輩の声が蘇る。本当に言葉通りの意味だったなんて、思いもしなかった。辛そうな先輩の表情と、目の前の寮長の複雑な表情を重ねて見てしまい、もどかしくて堪らなくなる。

「先輩を……告発する為に、寮長はここに来たんだな」

 先輩の姿にたぐり寄せられた、寮長が圏ガクにいる理由を口にする。会長が敵意を剥き出しにする理由も、それが原因だろう。

「性急だな。何を焦っているんだ」

 寮長は目を丸くして言う。

「自分の父親を死に追いやった相手が、のうのうと普通に生活してるのを許せなくて、わざわざ圏ガクまで来たんじゃないのか」

 知らずオレの言葉にも敵意が混じる。あぁこれじゃあ会長と同じになっちまう。

「金城先輩を告発する為……と言ったな。もし、僕がそのつもりならば、今お前がこうして苦しむ必要はなかったはずだ。先ほども言っただろう、早合点をするなと」

 オレが離れた分、寮長が車椅子を近づけた。そして、どこから出したのか、部屋に転がっていたのと同じペットボトルの紅茶を手渡される。

「これでも飲んで少し落ち着け。紅茶と呼べるような代物ではないが、風味のある水だと思えば多少は飲める」

 抑揚はないのに分かってしまった。寮長の心遣いに、自分の中で何かが折れた気がした。

「……すいません。オレ、自分の事しか見えてなくて……寮長の気持ちとか、全然……」

 言葉が詰まる。寮長の視力が悪くてよかった。今の情けない顔を見られずにすんだ。

「父の事か? それならば気にする必要はない。真っ当な親ではなかったからな。死別した悲しみを僕は持ち合わせていないんだ」

 寮長は一瞬、迷うように目を細めたが、その理由を話し出した。

「あの船の乗客は、人間を玩具として扱う外道共だ。その死を悼む必要はない」

 ゾッとする程に鋭利な寮長の声は、オレの中にあった目に見えない何かを突き刺した。けれど、それを取り除いてはくれず、存在だけを自覚させる。

「乗客、乗員、貨物も含めて、八十六人が死亡した」

 八十六。現実感のない数字は、形容出来ない自分の中にある何かを更に大きく膨らませる。

「一人一人に直接手を掛けた訳ではないが、故意に起こされた沈没事故に金城先輩は荷担している」

 オレは息を呑み、手渡されたペットボトルを握り締めていた。

「僕は僕だけが知っている事件の、唯一の手がかりである金城先輩について調べるよう、家の者に言った。その過程で、城井浩太郎にたどり着いたんだ」

 寮長はオレの手元、手帳に視線を向けたが、オレはその先を言われる前に口を挟んだ。

「先輩がっ、先輩が、今まで何をやっ、やらされて……何をやってきたのか教えてくれないか」

 寮長が避けた、オッサンが避けた、いや避けてくれた事に自分から飛び込んで、オレの声は情けないくらい震えていた。
 体の内側が膨れ上がって、自分に飲み込まれているような感覚が、震えを更に酷くさせる。

「僕が教えてやれるのは、僕が直接関わったこの一件だけだ」

 寮長の答えにホッとしてしまった自分に腹が立った。

「告発する為に来たのかと聞いたな。それは僕も考えていた。あの事故で死んだのは、何も外道ばかりではない。外道に弄ばれ慰みものにされた者たちも多くいたはずだからな」

 喋りながら寮長は車椅子を操作し、部屋にある机へ向かう。

「好事家たちの無駄に逞しいコネクションによって事故……事故というより船上で行われていた集いの方だろうな、それらは隠蔽され、沈没事故は殆ど公にならず処理されてしまった……最初はそれを疑ったが、調べる内にそうではない事が嫌でも分かった」

 机の引き出しを開けると、何か小さなケースを手に取り、方向転換せず器用に元の場所に戻ってくる。

「金城先輩だ。手を尽くして彼について調べさせたが、何一つ分からなかった。いや、調べれば調べるほどに彼の痕跡は消えていった」

 どういう意味だと問えば、何故か手を出せと要求された。

「事故後、彼が関わっていそうな事件をいくつか見つけたが、全て沈没事故の時と同じような結末を迎えていた。もちろん、金城先輩の素性もまるで掴めなかった」

 寮長はオレの手の上に妙な形のケースを置いた。

「じゃあ、どうやって城井の事を知ったんだ?」

「彼の方から接触して来た」

「先輩のじいちゃんと話したのか!?」

 何もかもがそうなのだが、寮長の予想外の答えにオレは食いついた。

「いや、話した事はない。彼が亡くなる少し前に、恐らく保険としてだろうな、彼の書き溜めた手帳を託された」

 先輩について嗅ぎ回っていた寮長たちに気付いた城井老人は、密かに手帳の在処だけを知らせてきたらしい。

「手帳をきっかけに僕らは城井浩太郎の存在を知り、彼が亡くなった事で金城先輩を見つけ出した」

 先輩が警察に捕まった時の事情は知らないと寮長は言った。

「どうして、その時に言わなかったんだ。船の事故の事。事情は分からなくても、先輩が捕まった事は知っていたんだろう」

 そう聞くと、寮長は小さく笑って、オレの手の中を指さした。

「夷川、少し手伝って欲しい」

 改めて手渡された物を見ると、それは多分コンタクトレンズのケースだった。嫌な予感がした。

「僕の目に、それを入れてくれないか」

「絶対無理ッ!!」

 今度こそオレは躊躇する事なくベッドに飛び乗り、寮長との距離を稼いだ。

「何故だ?」

 寮長は不思議そうに顔を顰める。

「眼鏡すら触った事ねぇのに、目玉に直接入れるようなモン恐くて触れねぇよ」

 恐ろしい事を言い出す寮長に、受け取ったケースを投げ返し抗議すると、鼻で笑われてしまった。

「何を恐がる事があるんだ。小学生でも利用しているじゃないか。下らない事を言っていないで下りて来い」

「小学生でも自分で入れるだろ! 必要なら自分でやれよ!」

「それが出来ないから頼んでいるのだろう。すぐに済む。いいからやれ、夷川」

「だから無理だって言ってんじゃん! てか、なんでいきなりコンタクト入れる気になったんだよ。普段はなくても平気なんだろ」

 オレの抗議を聞き入れたのか、小さく息を吐くと、寮長はオレの手元を見ながら答える。

「その手帳が見たいんだが……まあ、いい。ならば、お前が読んで聞かせてくれないか」

 寮長の提案にオレは言葉を詰まらせる。

「………………む、無理だ」

「ふむ……僕に見せる気はない、と言う事か?」

「違う……オレ、この手帳、読めないんだ。字の癖ありすぎて、何が書いてあるか分からない」

 寮長相手に隠しても無駄だと思い、素直に答えれば、軽く鼻で笑われてしまった。

「なるほど、それで簡単に手帳を奪われたのか。この手帳が金城先輩にとって、どれほどの意味を持つのか、お前はまだ知らないのだな」

 もったいぶった言い方をする寮長を見ると、さっき投げ返したコンタクトレンズのケースを差し出されてしまった。

「は、狭間が、読めるって言ってたから、呼びもど……」

 咄嗟に思いついた事は、最後まで言葉にならず、オレは渋々、コンタクトレンズを受け取った。

「そう緊張するな。レンズを目の上に乗せるだけだ。誰にでも出来る」

 出来ない奴が偉そうに言うな。つい出そうになった文句は大人しく腹におさめて、オレは手帳を寮長に手渡し、コンタクトレンズのケースを開けた。

「まず人差し指にレンズを乗せてくれ。それから、近くへ来い」

「やっぱり、は、狭間を呼び戻そう。狭間なら寮長の目玉を指で突く事も、コンタクトへし割るような事も絶対ないから!」

「くどい、黙れ」

「……はぃ」

 実際に触れれば瞬時に凍ってしまいそうな寮長の視線が、ぶっすりオレの心に突き刺さる。自分の立場を思い知らされ、泣く泣くオレはベッドから下りた。

 慎重にコンタクトを取りだし、言われた通り指に乗せる。そして、今となっては何処を見ているのか分からない、焦点の合わない視線を向けて来る寮長へと一歩近づく。
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