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蜜月
初仕事
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久し振りの夜更かしのせいか、その夜はいつも以上に熟睡出来た。大抵はまだ暗い早朝に目が覚めるのだが、先輩がトレーニングの時間に起こしてくれなかったらしく、目が覚めたら窓の外は明るかった。
先に起きていた先輩が、ストーブを点けてくれていたおかげで、一日いや一年のスタートを心地良く過ごす事が出来た。
夕べ言っていた通り『新年会』をやっているらしい山センたちに合流するつもりだったが「挨拶を済ませてからにしよう」と先輩が言うので、オレらは身支度を整えて旧館の食堂へ向かう事にした。
残留であるオレたちに正月の予定は全くない。世間的にどんなイベントがあろうと、ここは山の中だ。それゆえ、三が日はほぼ完全フリーな(点呼すら夕食時の一度のみという)休日と化している。
生徒が完全にフリーな休日を与えられているのだから、教師も全く同じとはいかずとも元旦くらいゆっくりしているだろう。
「多分、オレの担任はまだ寝てると思うけど」
「そうかもな。じゃあ谷垣先生への挨拶は昼過ぎにもう一度来よう」
その時は小吉さんも誘ってやろう。
校舎を出ると冷え切った空気に小走りしてしまいそうになる。でも、晴れた空を眩しそうに見上げる先輩に付き合って、真冬の空気を満喫しながら、旧館へとゆっくり歩いた。
割れた硝子を段ボールで塞いである旧館の玄関にたどり着くと、正月らしさが微塵もなくて笑えてくる。
「正月の挨拶って、何を言えばいいんだっけ?」
ここ数年、ほぼ一人で過ごしていたので忘れてしまった。受験勉強に明け暮れていた時は、正月の行事を覚えさせる為か大層に色々と用意されていた気もするが、何一つ思い出せない。
「ん、そうだな、今年もよろしくお願いします……で、いいんじゃないか?」
まあ、それだけ言えれば十分か。朝から挨拶しに顔を出す生徒は、間違いなくオレらだけだろうし、比べる所がなければ問題ないだろう。
旧館で生活してる奴らの大半が寝ているのか、中は静まり返っていた。節電の為か廊下の照明は一つも点いておらず、日の届かない場所は薄暗い。他に用事もないので、まっすぐ食堂へ向かおうとしたのだが、突然隣の扉が開いた。そして、そこから出て来た深刻な顔をした女神に呼び止められた。
「すまないが、少し顔を貸してくれ」
ただならぬ様子。稲っちが何かやらかしたか? とちょっと期待して、招かれるまま厨房に入ると、眩しすぎるくらいの蛍光灯の元、見覚えのある発泡スチロールの箱が台の上に鎮座していた。
「明けましておめでとう。新年早々で悪いとは思うのだが、これを一緒に組み立てて貰いたいんだ」
村主さんから渡された教師陣用の食事、おせちが入った箱の中を覗くと、色とりどりの料理が入ったケースやパックがぎっしり詰まっていた。
「組み立てって……この『おせち』をですか?」
料理を組み立てるって言うんだろうか。違和感のある言い方に思わず聞き返してしまう。
「そうだ。これが完成図になる。それから……これが台座だ」
出来上がりの写真が載ったコピー用紙を手渡され、高そうな弁当箱を目の前に置かれた。
「おぉ、豪華だな」
完成図を一緒に見ていた先輩が感嘆の声を上げる。色とりどりのおかずが絶妙なバランスで詰められ、これぞ正月って感じの弁当……じゃないな、確か……じゅう、重箱だ。
「先生方にお食事を用意しようと思ったんだが……開けてみたら、こんな有様でな。途方に暮れていたんだ。私は、こういう事に疎くてな」
文字通り、丸ごと野菜のカレーを作った人だからな。
「分かりました。でも、オレらも料理とかまともに出来ませんよ」
一応承諾はするが、期待はするなと釘を刺す。すると、女神は実に男前な笑みを浮かべて言った。
「何心配するな。調理が必要な物はない。出来上がっている物を箱に詰め込めばいいだけだ。三人の手があれば、数分で終わるさ」
その言葉を安易に信じた訳ではないが、美味しそうな写真を見て、ちょっとつまみ食いをしたくなり、おせちの組み立てを手伝う事になってしまった訳だが、ものの数分でオレは後悔した。
「ちょっ、なんで素手で盛りつけようとしてんだよ!」
繊細さを要求されるであろう盛りつけを箸どころか、指先すら使わず、手で鷲掴みにして行おうとする女神に待ったをかける。
「失礼な奴だな。手はちゃんと洗ってある。そんなチマチマやっていたら日が暮れるぞ」
オレの制止など聞かず、重箱にダンクを決めるような勢いで煮物をブチ込む大女。
「あぁー! 先輩まで何やってんだよ! そんな力一杯押さえつけたら潰れるだろ!」
そして、背中を丸めてチマチマ作業していると見せかけて、重箱がギシギシ嫌な音を立てるくらい念入りにねじ込む大男。
「セイシュン多少は仕方ないと思うぞ。見本の写真通りに入れようとしたら、これぐらい潰さないと絶対に入らないだろ」
「全部入れなくていいから! ちょっと多めに用意されてるだけだって」
見映えなど全く気にせず、好き勝手に進めようとする巨人二人に挟まれ、正月早々右往左往する羽目になった。豪快を絵に描いたような女神と、間違った丁寧さで全てを無に帰す(ペースト状にする)先輩は、オレの真っ当な抗議に二人揃って首を傾げやがるのだ。
つまみ食いどころか、まともな形を保ったおせちを死守する為、二人を牽制しながら慣れない作業に没頭する他なかった。
先に起きていた先輩が、ストーブを点けてくれていたおかげで、一日いや一年のスタートを心地良く過ごす事が出来た。
夕べ言っていた通り『新年会』をやっているらしい山センたちに合流するつもりだったが「挨拶を済ませてからにしよう」と先輩が言うので、オレらは身支度を整えて旧館の食堂へ向かう事にした。
残留であるオレたちに正月の予定は全くない。世間的にどんなイベントがあろうと、ここは山の中だ。それゆえ、三が日はほぼ完全フリーな(点呼すら夕食時の一度のみという)休日と化している。
生徒が完全にフリーな休日を与えられているのだから、教師も全く同じとはいかずとも元旦くらいゆっくりしているだろう。
「多分、オレの担任はまだ寝てると思うけど」
「そうかもな。じゃあ谷垣先生への挨拶は昼過ぎにもう一度来よう」
その時は小吉さんも誘ってやろう。
校舎を出ると冷え切った空気に小走りしてしまいそうになる。でも、晴れた空を眩しそうに見上げる先輩に付き合って、真冬の空気を満喫しながら、旧館へとゆっくり歩いた。
割れた硝子を段ボールで塞いである旧館の玄関にたどり着くと、正月らしさが微塵もなくて笑えてくる。
「正月の挨拶って、何を言えばいいんだっけ?」
ここ数年、ほぼ一人で過ごしていたので忘れてしまった。受験勉強に明け暮れていた時は、正月の行事を覚えさせる為か大層に色々と用意されていた気もするが、何一つ思い出せない。
「ん、そうだな、今年もよろしくお願いします……で、いいんじゃないか?」
まあ、それだけ言えれば十分か。朝から挨拶しに顔を出す生徒は、間違いなくオレらだけだろうし、比べる所がなければ問題ないだろう。
旧館で生活してる奴らの大半が寝ているのか、中は静まり返っていた。節電の為か廊下の照明は一つも点いておらず、日の届かない場所は薄暗い。他に用事もないので、まっすぐ食堂へ向かおうとしたのだが、突然隣の扉が開いた。そして、そこから出て来た深刻な顔をした女神に呼び止められた。
「すまないが、少し顔を貸してくれ」
ただならぬ様子。稲っちが何かやらかしたか? とちょっと期待して、招かれるまま厨房に入ると、眩しすぎるくらいの蛍光灯の元、見覚えのある発泡スチロールの箱が台の上に鎮座していた。
「明けましておめでとう。新年早々で悪いとは思うのだが、これを一緒に組み立てて貰いたいんだ」
村主さんから渡された教師陣用の食事、おせちが入った箱の中を覗くと、色とりどりの料理が入ったケースやパックがぎっしり詰まっていた。
「組み立てって……この『おせち』をですか?」
料理を組み立てるって言うんだろうか。違和感のある言い方に思わず聞き返してしまう。
「そうだ。これが完成図になる。それから……これが台座だ」
出来上がりの写真が載ったコピー用紙を手渡され、高そうな弁当箱を目の前に置かれた。
「おぉ、豪華だな」
完成図を一緒に見ていた先輩が感嘆の声を上げる。色とりどりのおかずが絶妙なバランスで詰められ、これぞ正月って感じの弁当……じゃないな、確か……じゅう、重箱だ。
「先生方にお食事を用意しようと思ったんだが……開けてみたら、こんな有様でな。途方に暮れていたんだ。私は、こういう事に疎くてな」
文字通り、丸ごと野菜のカレーを作った人だからな。
「分かりました。でも、オレらも料理とかまともに出来ませんよ」
一応承諾はするが、期待はするなと釘を刺す。すると、女神は実に男前な笑みを浮かべて言った。
「何心配するな。調理が必要な物はない。出来上がっている物を箱に詰め込めばいいだけだ。三人の手があれば、数分で終わるさ」
その言葉を安易に信じた訳ではないが、美味しそうな写真を見て、ちょっとつまみ食いをしたくなり、おせちの組み立てを手伝う事になってしまった訳だが、ものの数分でオレは後悔した。
「ちょっ、なんで素手で盛りつけようとしてんだよ!」
繊細さを要求されるであろう盛りつけを箸どころか、指先すら使わず、手で鷲掴みにして行おうとする女神に待ったをかける。
「失礼な奴だな。手はちゃんと洗ってある。そんなチマチマやっていたら日が暮れるぞ」
オレの制止など聞かず、重箱にダンクを決めるような勢いで煮物をブチ込む大女。
「あぁー! 先輩まで何やってんだよ! そんな力一杯押さえつけたら潰れるだろ!」
そして、背中を丸めてチマチマ作業していると見せかけて、重箱がギシギシ嫌な音を立てるくらい念入りにねじ込む大男。
「セイシュン多少は仕方ないと思うぞ。見本の写真通りに入れようとしたら、これぐらい潰さないと絶対に入らないだろ」
「全部入れなくていいから! ちょっと多めに用意されてるだけだって」
見映えなど全く気にせず、好き勝手に進めようとする巨人二人に挟まれ、正月早々右往左往する羽目になった。豪快を絵に描いたような女神と、間違った丁寧さで全てを無に帰す(ペースト状にする)先輩は、オレの真っ当な抗議に二人揃って首を傾げやがるのだ。
つまみ食いどころか、まともな形を保ったおせちを死守する為、二人を牽制しながら慣れない作業に没頭する他なかった。
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