圏ガク!!

はなッぱち

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家畜も色々

悪夢

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 早めに部屋へ帰って寝とけと、皆元には言われたのだが、放課後は悲しいかな談話室全壊に対する反省の為に使わなければならなかった。

 壊した机や椅子を補修したり、ひび割れた壁や窓ガラスの応急処置をしたりと、あの騒ぎの後でオレはチマチマと自分のペースでだが、事後処理をやっているのだ。まあ、最初の内はサボってたから、偉そうな事は言えないが。

 生徒会の連中はもちろん来ないし、スバルは邪魔だから来なくていいと言ってある。たまに、狭間やコウスケが手伝いに顔を出してくれるが、基本的に一人で片付けている。一人でやっているせいだと思うが延々と続くかと思われた作業に、今日はようやく終わりが見えてきたので、いつもより没頭してしまい、気付けば外は暗くなりかけていた。

 しゃがみ込んだ姿勢で長時間作業していたせいで、立ち上がると軽く立ちくらみがしたが、夕食前に手でも洗ってしまおうと、普段は使わない手洗い場へと立ち寄った。今日の作業場は談話室だったので、ちょっと迷ったのだが、二年フロアの手洗い場に寄ったのだ。すると、少しボーッとしていたせいか、足を踏み入れてしまった後に先客が居る事に気が付いた。

「あっ……と、すいません、寮長」

 こちらに気付き顔を向けてきた寮長は、オレを見て少し眉を顰めた。他学年のフロアへの立ち入りは寮則で禁止されている事を思い出し、一応言い訳はさせてもらった。談話室で作業していた事を告げると、いつもの長考が挟まれる。

「…………夷川か?」

「え? あぁー……はい、そうですが」

 寮長がオレを見ながらそう問いかけてきたので、ちょっと面食らった。まさか自分にとんでもないモノをぶっかけた奴の事を忘れていたのだろうか。その出来事を忘却してくれるのは有り難いが……なんか複雑だ。

「体調でも悪いのか?」

 オレが軽くショックを受けていると、寮長は心配そうな声でそう続けた。そう言われるとちょっと鼻が詰まって息がし難いかもしれない。

「声がおかしい。熱でもあるんじゃないか?」

 自分の体調がそこまでおかしいとは思えないのだが、寮長は車椅子を操作し手洗い場から出ると、付いて来るよう言った。サッと手をすすぎ埃だらけのシャツで軽く水気を拭い、寮長の後を追うと、忘れがたい事件現場にオレは舞い戻っていた。寮長と正面衝突した、ガランとしたベンチ以外に何もない場所に。

 寮長は何を思ったのか、オレにベンチへ座れと言ってきた。意味が分からなかったが、別に拒否する理由もないので、ベンチに腰を下ろした。疲れているのか体が重く、それだけで大きく息を吐いてしまう。

「少し動くな」

 車椅子をオレの足下ギリギリまで近づけ、寮長は背を浮かせ少し身を乗り出し、スッと白い指をこちらに伸ばしてきた。額に冷たい指先が触れる。冷たさが酷く心地よかった。

 寮長は納得したような表情で、車椅子に座り直し少し後ろへと下がると、何かを考えているらしく頬杖をついて目を伏せた。近すぎる距離のせいか、少し視界がぼやけてしまう。

 ぼんやりした視界をなんとかしたくて、こちらが距離を開けようと後ろへ下がると、自分が座っている事を失念してしまい、後頭部を思い切り壁に打ち付けてしまった。

「僕は動くなと言ったはずだ。ジッとしていろ」

 寮長は呆れた顔をしてオレを見ている。相手が何をしたいのか分からず、黙って痛む頭をさすった。そんなに強く打った訳ではないのに、頭までクラクラしてきて、オレは何故か焦りだした。体調の不調が次々に現れ出し、それらのせいか何かに追われているような、妙な胸騒ぎが刻々と増していく。

 とにかく動かなければいけない。切羽詰まった感情が、何に起因するのか分からないまま膨らむ気持ちの悪さに吐き気まで催す。幸いな事に嘔吐する事はなかったが、何度も嘔吐いて目や鼻から、口を覆っていた手のひらにダラダラと何かが垂れた。

「大丈夫……では、なさそうだな。これを使うといい」

 オレが嘔吐いている間にだろうか、隣の席に、あの日みたいに寮長が腰掛けていた。車椅子から自力でベンチに移ったらしい。差し出されたのは真っ白なハンカチなのだが、今の汚らしい自分の手では即座に受け取る事は出来なかった。すると、寮長はオレの背中をゆっくり撫でながら、自分の手が汚れるのも気にせず、ハンカチを握らせてくれる。

「もうすぐ雫が戻って来る。少しだけ待ってくれ」

 なんで執事モドキが来るんだ。頭の中がグルグルと回っている。まともな思考なんて無理だと分かっているのに、色々な事がその渦の中で見え隠れしており、目が離せなかった。

 触れられるくらい近い距離にある、寮長へと視線をやる。近くで見るその姿は、やっぱりきれいで、いつか聞いた先輩の悲しそうな声と重なった。

『俺は……葛見を酷く傷つけたんだ』

 あの夜、心の奥底に沈んでいった不安が、一瞬で頭の中を占拠した。他の事が考えられなくなり、吐き気が引いて動くようになった口から、無意識に言葉が疑問が転がり出る。

「寮長は、せん、ぱいの事、まだ、すきなんですか?」

「……? 先輩とは誰の事だ」

 寮長の顔が曇る。オレは金城先輩だと答えた。意識が朦朧として、自分が何を言っているのか、半分くらいしか分からなかった。

「どうして僕が金城先輩に好意を持たないといけないんだ」

 不可解という顔の寮長を見た。

「せんぱいに、傷つけられた、から。嫌いに、なったんですか?」

「……どうしてお前がそんな事を知っている」

 半分どこぞへ意識が吹き飛んだ状態でも、寮長の声に込められた嫌悪感は理解出来た。頭の中にある先輩との会話を、浮かんだ順に言葉にして伝える。きっと、メチャクチャな説明だったと思うのだが、寮長は先ほどの嫌悪感を引っ込めてくれた。

「随分と毒された誤解の仕方だな」

 その代わり呆れたような、嘲るような声と表情をオレに向けた。その意味は分かる。オレの不安を煽った妄想は、本当にただの妄想だったと言う事だ。

 あぁ、謝らないと……寮長をホモ呼ばわりしてしまった。あーそう言えば……先輩から、もう一度ちゃんと謝っとけって、言われたんだっけ。謝る事だらけだ。

 オレは寮長に頭を下げようとして、突然ブレーカーが落ちたみたいに意識がブツンと途切れた。








 気が付くと、誰かに胸や腹を叩かれていた。バシバシと上着を叩かれ、耳元で叫ばれているようだ。もう自分がどういう状態で居るのかすら分からない、酷く不確かな感覚の中、その声がオレの頭蓋骨をかち割ったらしく、脳みそに大音声で声が、悲鳴に近い声が響いた。

「清春っ! 起きなさいっ! どうしてこんな所で寝てるの!」

 重い瞼を必死で持ち上げると、母さんの悲壮な顔が目に飛び込んでくる。目が合うと、いきなり動かない体を引きずり起こされ、両肩を掴まれた。本当に頭が割れているんじゃないかと思うような頭痛で、目を開けているのすら辛い。瞼が自然と落ちる前に、母さんはオレの両肩を思い切り揺さぶる。

「清春っ! しっかりしなさい! こんな所で寝てちゃ駄目よ! ほら、立ちなさい、立って!」

 柔らかなソファーに体が沈む。この感触、覚えている。マンションのロビーにあった高そうなソファーだ。

「ほら、行くわよ! 試験が始まってしまうわ! 清春、ほら立ちなさい! お母さんを困らせないの! 自分で立って歩きなさい!」

「奥さん、無理ですよ。この子、道端で倒れていたんです。早く病院に」

「大丈夫です。この日の為にずっと二人で頑張って来たんです。そうよね、清春?」

 誰だろう、知らないおじさんが、心配そうにオレを見ている。おじさんの言葉に、母さんはさっきまでのキンキン声を引っ込めて、不気味なほど落ち着いた声でオレにそう問いかけた。けれど、オレを見るや、またヒステリックに捲し立て始める。

「清春! 六年間ずっと頑張ってきたでしょう? それが無駄になってもいいの? お母さんと約束したじゃない、今度は絶対に頑張るって。今日試験を受けないと、頑張って来た事が全部なくなってしまうのよ! それでもいいの?」

 母さんの顔が歪んでいる。オレは知っている。それは泣くのを我慢している顔だ。涙が出ない泣き顔だ。

 そうだ。今日は入試の日じゃないか。ロビーにある文字盤の読みづらい時計を見上げる。急がないと間に合わない時間だ。感覚のない体に力を入れる。立ち上がると、母さんがオレの腕を掴みグイグイと引っ張ってくれた。

「タクシーを呼んであるから大丈夫よ。ちゃんと間に合うわ」

 よかった。歩いて試験会場に辿り着く自信はなかったから。

「お母さんと清春の六年間を無駄にしちゃ駄目よ。もう、あんな思いをお母さんにさせないでね。必ず合格するんですよ」

 タクシーの後部座席に乗り込み、参考書を母さんが開いて手渡してくれたが、頭の中がぼんやりしていて上手く文字が読めない。車の中で本を読むのは難しいのかな。オレは勉強する振りをしながら、母さんに試験会場まで連れて行ってもらった。

 それからタクシーを降りて、試験を受ける部屋を探しながら校内を歩いている所で記憶は途絶えた。次に意識が戻ったのは見慣れない場所でだった。けれど不安はなかった。また、母さんが駆けつけてくれたから。

「どうして、ちゃんと試験受けられなかったの! 開始時間には間に合ったじゃないの! お母さん連れて行ったじゃない! なのにどうして最後まで頑張らなかったの!」

 オレの頬を顔をバシバシと叩いている母さんは、きっと何年も溜め込んでいた涙が溢れ出していた。

 オレが頑張らなかったせいで、母さんが泣いている。

 とても悲しかった。だから、カサカサして上手く動かない口で「次は絶対に受かるから」と一生懸命に伝えた。

 きっと、声にならなかったんだと思う。母さんは看護師さんが止めに入るまで、何度もオレを叩いて泣き続けた。

「頑張るから、オレ、また、頑張るから。もう一回、全部、最初から頑張るから……」

 オレの顔は歪んでいる。泣くのを我慢している訳じゃない……泣きたい訳じゃないのに、自分の内側に溜まった涙で溺れそうになっていた。
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