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1、婚約者
しおりを挟む「ルイーズ、金を貸してくれ!」
久しぶりに会った婚約者に対する第一声がそれ……?
私の名前は、ルイーズ・アシェント。16歳。伯爵令嬢。2年前に婚約した、ハリソン・ガードナー様が1ヶ月ぶりに会いに来たと思ったら、開口一番にお金を貸してくれと言われた。彼との婚約は、私の気持ちも聞かずにお父様が勝手に決めたことだった。ガードナー侯爵と夜会でお会いした時に、酔った勢いでそのような話になったとか……お父様は、そのことを全く覚えていなかった。覚えていないとはいえ、約束したのだからと言われ、仕方なくハリソン様と婚約をすることになった。
ハリソン様はガードナー侯爵家の嫡男で、金色の髪に緑色の瞳、目鼻立ちがくっきりしていて、とても美しい容姿だ。茶色いくせっ毛で、茶色い瞳の地味な顔立ちの私を見下していて、婚約者扱いしたことなど1度もなかった。
いつだって、私に会いに来る理由はお金だ。ここまであからさまな態度で接する彼を、好きになることは出来そうもない。それに……
「マーシャの体調が悪いんだ。すぐにでも医者に診せないと!」
私ではなく、ほかの女性を大切にしている。
マーシャ、マーシャ、マーシャと、私の名などほとんど口にしないくせに、何度も彼の口から発せられる名前。
マーシャさんというのは、ハリソン様の幼馴染みで、身体が弱いらしい。それが事実なのかは、私には分からない。それよりも、彼女の体調が悪いからといって、なぜ私がお金を出さなければならないのか……
お父様は、私が自由に出来るお金を毎月用意してくれている。ハリソン様は、その額のギリギリを貸して欲しいと言ってくる。まるで、私が用意出来る額が分かるみたいで気持ちが悪い。
そんなに彼女が好きなら、マーシャさんと婚約でも結婚でもすればいい。
「お断りします。私には、お金を出す理由がありません」
ハリソン様は私の腕を掴み、ギュッと力を込めて睨みつけてきた。
「お前はそれでも人間か!? マーシャが死んでも、お前は何も感じないのか!?」
何も感じない……とまでは言わない。どんなに嫌いな相手でも、人が亡くなったら悲しい気持ちにはなる。だけど、私はマーシャさんに会ったこともないし、彼女を助ける義務も義理もないし、何より彼女が病気だと言っていることも怪しい。
マーシャさんが病気だと、ハリソン様がお金を借りに来たのはこれが初めてではない。婚約してからの2年間で、ハリソン様には20回以上お金を貸している。お金を借りに来る理由は毎回同じで、マーシャさんの体調が悪いと言ってくる。
どんな病なのか聞いても、『マーシャは身体が弱い』としか言わない。2年間も同じことを繰り返して来たのだから、いい加減うんざりしている。
「私は、人間ではないのかもしれませんね。他に用がないのでしたら、とっととお帰りください」
うんざりした私は、彼の婚約者として接するのをやめた。政略結婚ではあったけれど、彼を愛そうと努力はして来た。容姿が釣り合わないのは分かっていたから、少しでも美しくなる努力もした。
2年間頑張ったのだから、もう自由になってもいいわよね?
私に追い返されたハリソン様は、トボトボと邸から帰って行く。
この日私は、彼と別れる決意をした。
別れると決めたけど、私から婚約を破棄するつもりはない。理由は、彼に慰謝料なんて渡したくないから。今まで貸したお金も、全て返してもらうつもりだ。
私を散々バカにして、ただのお金を出す道具扱いしてきたことを後悔させてやる。
その日の夜、一枚の手紙を書いた。
宛先は、リーシュ・ノーランド侯爵。リーシュとは、幼い頃からの友人だ。幼馴染みがいるのは、ハリソン様だけではない。私にだっている。
ハリソン様とのことを全て伝え、手伝って欲しいと手紙に書いた。
翌日、またハリソン様がお金を貸して欲しいと邸を訪ねてきた。このまま毎日来られたら迷惑なので、今回は借用書を書かせてお金を貸すことにした。
「借用書なんか、書く必要あるのか? 俺達は婚約しているんだぞ?」
応接室にお通しして借用書を差し出した私に、ハリソン様はそう言った。私が、婚約者だという認識はあるようだ。
「サインしないのでしたら、お金を貸すつもりはありません。どうしますか?」
納得したようには見えないけど、仕方なくといった様子でサインをした。
「これでいいだろ!?」
お金を借りに来ているのに、どうしてハリソン様が偉そうなのか。別れると決めたからか、前よりも嫌なところが増えた気がする。
「どうぞ」
お金を受け取ると、すぐにハリソン様は帰って行った。本当に、私のことをお金としか見ていないのがよく分かった。
お父様にもこのことは話してある。
よく2年も我慢出来たな……私って、偉い。
その翌日、マーシャさんに会いに行くことにした。マーシャさんの家は、小さな雑貨屋をやっているらしい。
今まで、マーシャさんのことをあまり知りたくなかった。だけど、もう逃げたりはしない。
「いらっしゃいませー!」
店の中に入ると、中年の女性が愛想良く接して来た。自宅は、店の2階にあるようだ。
「何かお探しのものはありますでしょうか? 今日は可愛い髪飾りが入荷したんですけど、つけてみませんか?」
「あの……買い物に来たわけじゃ……」
聞こえていないのか、わざと聞いていないのか、私の言葉には反応せず、髪飾りを私の頭に当てて鏡を見せてくる。
「良くお似合いです! 実は、この髪飾りは、亡くなった夫の知り合いが譲ってくれたんです。少しお高いんですけど、身体の弱い娘の為に少しでも足しにして欲しいと言ってくれて」
「そうなんですか……」
「お嬢様みたいな素敵な方に買っていただけたら、髪飾りも喜ぶと思います!」
買い物に来たわけではないのに、女性に勧められるまま髪飾りを買ってしまった。私は何をやっているのか……
この女性は、マーシャさんの母親だそうだ。
女性の名はコリー。コリーさんは、マーシャさんが幼い時に旦那さんを病で亡くし、女手一つでマーシャさんを育てて来たそうだ。
「ご苦労されたのですね……」
話を聞きながら、目にいっぱい涙を浮かべる。マーシャさんの病弱も、本当のことかもしれないと思い始めていた時……
「ルイーズ! 何をしている!?」
振り向くと、呆れ顔のリーシュが立っていた。
リーシュに手を引かれ店の外に出ると、はぁとため息をつかれた。
「まったく、あんな古典的な手に引っかかりやがって」
「古典的なって、まさか……」
「あの親子は、大嘘つきだ。旦那には逃げられ、それからは男を騙して金を貰っている。お前まで騙されて、どうすんだよ……」
リーシュがいなかったら、確実に騙されていたと思う。……勧められるがままに、髪飾りを買ってしまったし。
「もしかしたら、ハリソン様は優しいだけなのかな?」
あんなに演技が上手い母親に育てられた娘なんだから、ハリソン様を騙すのも簡単だったはず。
「勘違いするな、アイツは最低だ。たとえ騙されているとしても、婚約者に金を出させるのは間違っているし、何よりルイーズを大切にしないやつは許せない!」
二つ年上のリーシュは、幼馴染みでもあり、兄のような存在だった。リーシュもきっと、私のことを妹のように思ってくれている。
「そうだよね! たとえ親が決めた相手だったとしても、ハリソン様にはまったく誠意が感じられなかった。もう揺らがないし、あの母娘にも騙されたりしない!」
あのお母さんの娘なんだから、マーシャさんも手強い相手なのだと分かる。それでも、もう惑わされたりはしない。ハリソン様とマーシャさんには、思い知らせてあげるわ!
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