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8、知りたくなかった……
しおりを挟む邸に戻った私は、エルビン様に報告しようと書斎を訪れました。
書斎から、話し声が聞こえてきます。お客様がいらしているのでしょうか?
仕事がたまっていると仰っていたから、急な来客でしょうか……
早く帰って来たことですし、お茶をお出ししましょう。
お茶の用意をしてから書斎に向かい、ドアをノックしようとした時、ドアが少し開いていることに気付きました。そして書斎の中から、お姉様の声が聞こえて来たのです。
「やっとゆっくり話せるわね。これからはしょっちゅうお茶会を開かせるわ」
何の話をしているのでしょう?
立ち聞きなんて良くないと思いつつも、体が動きません。
聞いちゃ……いけない気がします……聞いちゃダメだって、私の頭の中でサイレンが鳴っているみたい……だけど、動けません……
「ねぇ、どうして私の事が好きなのに、妹と結婚なんてしたの?」
な……に……それ……
エルビン様が、お姉様を好きだなんてありえません! 否定してください!
「姉妹だから……君に少し似ていたからだよ」
…………嘘……こんなの嘘! 嘘に決まっています!
エルビン様が、こんな事言うはずがありません!!
「アナベルが私に? あんなブスが、私に似てるはずないじゃない。他にも理由があるんでしょ?」
お姉様はエルビン様を見つめながら、少しずつ近づいて行く。
「アナベルと結婚したら、こうして君に会うことが出来ると思ったんだ。俺達は家族だから、怪しまれる心配なくこの邸に出入り出来るだろ?」
これはきっと夢……こんな悪夢なんて見たくありません! 早く目を覚まさなくちゃ……
「そうね、これからはしょっちゅう会いましょう。で? 話してるだけで満足なの?」
お姉様の手が、エルビン様の首に……
嫌……やめて……エルビン様に、触らないで……
「イザベラ……愛してる……」
お茶を乗せたトレイを持つ手が震えています……
ダメ……もう、持っていられません……
その時、トレイを持っている私の手をフワリと誰かの手が包み込んでいました。
「これ以上、見ない方がいいです」
顔を上げると、目の前にはルークが立っていました。全く気付きませんでした……
ルークは私からゆっくりトレイを受け取ると、
「お部屋に戻りましょう」
そう言って、優しく微笑みました。
言われた通り、自室へ戻る為に歩き出そうとしたけど……足が、動きません。
それを見たルークは、書斎のドアを音を立てずにそっと閉めました。
「大丈夫です。ゆっくり深呼吸をしてください」
「……すぅ…………はぁ…………」
深呼吸をして、足を動かしてみます。
「どうですか?」
「大丈夫……みたい……」
そのままルークに支えられながら、自分の足で自室まで戻りました。私は今、とんな顔をしているのでしょう?
お姉様を憎んで、恐ろしい顔をしているのでしょうか? それとも、エルビン様に裏切られ絶望している顔をしているのでしょうか?
どうして私は、邸に戻って来てしまったのでしょう……どうして書斎に行ってしまったのでしょう……どうして……
あんな事、知りたくありませんでした。知らなければ、騙されていたとしても、幸せでいられたのに……
ルークはトレイを持ったまま、部屋のドアを開けてくれました。こんな姿を見せてしまって、申し訳ないと思っています。だけど、ルークを気遣う余裕なんて今の私にはありません。
毎日毎日、エルビン様にまとわりついていた私は、エルビン様にとってお姉様の妹でしかなかったのですね。
ああ……今頃、気付いてしまいました。
私はエルビン様に、1度も愛してると言われた事がありませんでした。
「ルーク……私、どうすればいいの?」
どうしたらいいのか分かりません。だってこれは、ただの浮気じゃない。最初から、エルビン様は私を愛していなかったのです。ずっと、お姉様を愛していたのですから……
溢れてくる涙を止める事が出来ません。
「奥様は、どうされたいのですか?」
私は……どうしたいのでしょう?
きっとこれからも、エルビン様とお姉様は会い続けるし、エルビン様が私を愛する事はないでしょう。それでも私は……
「エルビン様を、愛してる……」
あんなに酷いことをされたのに、私に言ってくれたことは何もかも嘘だったのに……
それでも、嫌いになれないなんてどうかしていますね。
「俺は奥様の味方です。奥様がしたいようにしてください」
ルーク……ありがとう。自分でもバカだと分かっています。
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