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二章
再会
しおりを挟むバイゼル侯爵の屋敷は、ホークス公爵の屋敷よりも立派だった。
侯爵は他国にこの国の情報を流し、見返りに多額のお金を受け取っている。
グルダはクリスティ様の件で、グランディ王国からもスフィリル帝国からも恨みを買っていると噂が流れている。
ただその噂は、あの日誕生パーティーに出席した他国の参加者が流したのだろう。叔父様にお会いするために、パーティーには様々な国の王族と貴族が参加していた。
スフィリル帝国皇帝は、溺愛している姪を傷つけたクリスティ王女を許せず、死ぬよりもつらい目に合わせているという噂も流れているそうだ。
グランディの国王とスフィリル帝国皇帝に、グルダの国王は圧力をかけられ、国王の座から退いたとも言われている。そしてグランディ王国は、グルダを手に入れるために第一王女を嫁がせようとしている……と。
あの一件は傍から見ればそう思われるかもしれないと、考えるべきだった。これは、私の蒔いた種だと思い知らされる。
バイゼル侯爵は、その噂を利用した。スフィリル帝国に恨まれているグルダなら、簡単に手に入れられると他国に話したのだろう。
屋敷の敷地内に馬車を止めると、ホークス公爵と私、そしてカタリーナとともに屋敷の中へと通される。
「公爵が私の屋敷を訪れるとは、珍しいですね。なにかあったのですか?」
議会まで、あと三週間と少し。普段は訪ねて来ない公爵がわざわざ屋敷を訪れたのだから、なにかあったと思うのが普通だろう。
「侯爵に、折り入って話があってきました」
深刻そうな顔をする、ホークス公爵。ずいぶんと、演技が板に付いてきた。
大変なことが起きているのではと、バイゼル侯爵はすぐに応接室へ通してくれた。
「実は……私はもう、ランドルク公爵に従うのを辞めることにしました」
ソファーに座ると、すぐに本題に入る。
私の身分を明かさず、まずはホークス公爵が先に話をするというのがスコフィールド子爵の考えだった。
「ホークス公爵!? とても正気だとは思えません! あと少しで、グルダは我々のものになるのですよ!?」
子爵の案は、正解だった。バイゼル侯爵は、ペラペラと自分の罪を話し出す。
「侯爵こそ、正気ですか? この国は、ランドルク公爵家のものになるだけです。我々はいつ捨てられてもおかしくない、ただの道具に過ぎません」
「捨てられる? そんなことはさせない! この国を攻めるようにと、私が他国を説得したのだ! ランドルク公爵は、私の娘とサイモン殿下を婚姻させると約束してくれた!」
感情的になり、全部自供してくれた。侯爵は、ホークス公爵よりも単純なのではと思えてくる。
「それは、もう叶うことはないでしょう」
「なに!? 護衛ごときが、口を挟むな!」
ゆっくりとホークス公爵の隣に腰をおろし、バイゼル侯爵の顔を見る。
「さんざん私の話を他国に流していたのに、顔もご存知なかったとは笑えますね」
バイゼル侯爵が、私の顔を認識していないのは最初からわかっていた。だからこそ、子爵の案が上手くいった。
侯爵はランドルク公爵の使いに出ていて、クリスティ様の誕生パーティーに出席していなかったのだ。
「ま……さか……」
「初めまして、セリーナ・ブランカと申します。侯爵が流した情報、偽りだらけですよ? 他国に情報を売るなら、正確なものでないと。侯爵は、グルダの周辺諸国からお命狙われてしまいますね」
もちろんこれは、侯爵が流した情報ではない。ただ、否定はしなかっただろう。
「セ、セ、セリーナ様!? わ……私は、そのような情報を流してなどいません!」
「そうですよね。侯爵が流したのは、グルダの軍事機密ですものね」
「そうです! 私は、セリーナ様の情報は一切流していません!」
軍事機密は、国の存亡に関わる。大それたことをしたという自覚は、ないのだろうか。
他国が誤解しているとわかっていながら訂正はせず、それを利用し、軍事機密を流してグルダ王国に攻め入るよう誘導した。
「私はグルダを危険に晒したあなた方が、許せません。侯爵、ここで死にますか? それとも、私たちに協力しますか? カタリーナ……」
カタリーナは剣を抜き、バイゼル侯爵の喉元に突きつける。
「セ……リーナ様?」
「先程、あなたは罪を自白しました。グランディ王国も、スフィリル帝国も、グルダの友好国です。グルダを裏切ったあなたに、選択肢を与えて差し上げます。どうなさいますか?」
カタリーナの剣が侯爵の喉元に触れ、真っ赤な血がツーッと流れる。
「も、もちろん、セリーナ様に協力いたします」
死を突きつけられ、バイゼル侯爵は大人しく協力することを選んだ。
「賢明なご判断ですね」
周辺の国々が攻めてくるのは、ルギウス様に責任を追求するため……そのために、大勢の民が犠牲になる。侯爵がしたことは、決して許されることではない。
私たちに協力したところで、侯爵は反逆罪に問われる。きっとバイゼル侯爵は、協力すれば命は助かると思っているのだろう。
けれどハーレス侯爵の時とは違い、命だけは助けると約束するつもりはない。親切にそれを、教えてあげる気もない。
軍事機密漏洩という重い罪を犯した侯爵への罰は、ルギウス様にお任せしよう。
屋敷の外に出ると、なぜか騒がしかった。
「セリーナ!」
騒ぎの中心から、大好きな人の声が聞こえる。これは、幻聴? そう思いながらも、レイビス様の姿を探す。
「レイビス様……?」
レイビス様が、私に駆け寄って来るのが見えた。嬉しくて、私も走り出す。
彼は私を思い切り抱きしめ、私もそれに応える。
「会いたかった……」
「私もです……」
どうしてレイビス様がここにいるのか、聞きたいことはたくさんあるけれど、今はこのままでいたい。
八日ぶりに会えた愛しい人の腕の中で、張り詰めていた気持ちがスーッと溶かされていく。ずっとこうしていたいけれど、そうもいかない。
「どうしてこちらに?」
名残惜しそうにするレイビス様から身体を離し、疑問を口にする。
「心配するな。五人の貴族から協力は得ている」
「ずいぶん早かったのですね! さすが、レイビス様です!」
「そんなに褒められると、言いにくいのだが……」
どこか歯切れが悪い。
「五人とも強制的に協力させたから、情報を漏らさないように全員連れてきた」
問答無用で、協力しないなら殺すと脅したそうだ。私もついさっき脅してしまった手前、彼を責めることはできない。
それに、全員連れてきてくれたのには感謝している。
次の屋敷まで九日ほどかかったけれど、ブレナン伯爵は驚くほどあっさり協力を申し出てくれた。
ランドルク公爵に不満を抱いていたのと、私たちを敵に回したくないというのが理由だ。
これで、残り一人になった。
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