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2、豹変するクリス様
しおりを挟む愛人や子供が居たことを、私に悪いと思っている様子はない。それどころか、当たり前のようにここに住むと言った。それなのに、愛してる? わけが分からないのは、私の理解力が足りないのだろうか。
「妻を愛しているのに、愛人と子供を邸に住まわせるのですか?」
あまりに理解できなさ過ぎて、普通に疑問を口にしていた。辛い気持ちは、消えてはいない。それでも、聞かなければならないと思った。
「邸ではなく、離れに住む。ライラのことは、愛してはいないから安心しろ。ライラは平民だ。ただの遊びだったのだが、子供が出来てしまった。カミルの母親ではあるから、離れに住まわせるだけだ。ヤキモチを妬いたのか? セシルは、可愛いな」
そういうことを言っているのではない。
平民? 遊び? 子供が出来てしまったから仕方がない?
私の知っているクリス様だとは思えなかった。
「奥様、顔色が優れないようですが、具合がお悪いのですか? 私達のことは気にせず、お休みになってください」
わざとらしく心配したフリをする彼女の目は、明らかに私を見下していた。
顔色が悪いのは、あなたのせいだ……そう言ってしまいたかったけれど、子供の前で話す内容ではないと思い、何も言わなかった。
「体調が悪いのか!? 気付かなくてすまなかった。すぐに医者を……」
「大丈夫です。少し休めば、良くなります。失礼します」
彼の優しさが、今は辛いだけだ。
心底心配してくれているように感じるのに、彼が遠く感じた。これ以上、ここには居たくなかった私は、すぐに自室へと向かった。
部屋に入った瞬間、足に力が入らなくなった。ドアを背に座り込みながら、天井を見上げる。
いつからか、頬を涙がつたっていた。それに気付かないほど、私の心は打ちのめされていた。
どれくらいそうしていただろう……
いつの間にか、窓の外が暗くなっていた。
私はいったい、これからどうすればいいの?
あんなに酷いことをされたというのに、私はまだ……彼を愛している。嫌いになれたら、どんなに楽だろう。
結局、答えが出ないままフラフラと立ち上がり、ベッドに横たわる。泣き疲れたからか、そのまま眠りについていた。
翌朝、鳥の鳴き声と共に、楽しそうな声が庭から聞こえて来て目が覚めた。
ベッドから起き上がり、カーテンを開けると、クリス様とライラさん、そしてカミルが三人で遊んでいた。幸せそうな家族にしか見えない。朝早くから遊んでいるのは、クリス様には仕事があるからだろう。クリス様と遊ぶ為に早起きしたカミル、カミルが大切だから時間を作ったクリス様。それを見守るライラさん。
邪魔なのは、私だ。
私が身を引けばいい。ただそれだけのことだった。彼のことは愛しているけれど、カミルのことを考えたら私は居ない方がいい。私に子供が出来てしまったら、辛い思いをするのはカミルだ。あの子に、そんな思いをさせたくない。
出会う前から、彼にはライラさんとカミルが居た。気付けなかった自分を責める。
幸せだった日々が、少しずつ薄れて行く。
すぐに両親に手紙を書くことにした。
両親ではなく、私自身が決めた結婚だったけれど、お父様もお母様も祝福してくれた。それなのに、たった一年で離婚をしたいと伝えるのは胸が痛んだ。
机に向かって手紙を書く……一文字目で、視界が滲んだ。ポタポタと、紙の上に涙の雫が落ちて行く。
頭では何が起こったのか理解はしたけれど、昨日の今日で気持ちがついて行かない。
そんなに簡単に切り替えられるほど、気持ちは単純ではなかった。それでも、両親に伝えなければ……
外から聞こえていた、楽しそうな声が止んだ。
窓から噴水が見えるこの部屋は、水の音が好きな私の為に、クリス様が用意してくれたものだ。細かいことまで気遣ってくれていたはずのクリス様は、その私の部屋の前で楽しそうに愛人と子供と遊んでいた。
手紙を書き終え、ため息をつく。
昨日の朝までは、世界で一番幸せだと思っていたのに、それが一瞬で崩れ去った。
実家に帰ろう。そう思い、使用人に手紙を届けてもらうよう頼んだ後、荷造りを始めた。
荷物は、あまり多くなかった。クリス様からいただいた物や思い出がある物は、全て置いていくつもりだ。トランク一つを持って、部屋を出ようとドアを開けた。
「どこに行く気だ?」
いつから居たのか、ドアの前にはクリス様が立っていた。
「……実家に戻ります。離婚届は、署名して後日送らせていただきます」
顔を見ることが出来なかった。
もう二度と、彼に会うつもりはない。クリス様とは、これでお別れだ。
「それを、許すと思っているのか?」
「えっ……?」
その瞬間、腕を掴まれて部屋の中に戻された。
無理やりソファーに座らされ、上から見下ろされる。その視線は、失望したと言わんばかりに私を見つめている。
「どれほど君を愛しているのか、君はまるで分かっていない! まだ混乱しているのだな。ライラのことは愛していないと言っているのに、私を信じられないのか?」
彼の指先が、頬に触れる。
壊れ物を扱うように、優しく触れている彼の指先に、私は嫌悪感を抱いていた。
クリス様は、ズレている。愛していたら、何をしても許されると思っているのだろうか。
彼を、何があっても愛していると思っていた。だけどもう、純粋な気持ちで彼を想うことなど出来ない。
「申し訳ございません、私はもう、クリス様のおそばにいることは出来ません」
昨日は言えなかった言葉が、今はすんなり出て来た。彼への愛が、薄れている証拠だ。
それでもまだ、愛する人に変わりはない。
「私から離れることは、許さない。少し時間をやろう。君はまだ、混乱しているだけなのだから。私のそばを離れないと言うまでは、この部屋から出るな。朝食がまだだったな。メイドに用意させる」
彼の目は、真剣だった。
本気で、私を部屋から出さないつもりのようだ。
そのまま、部屋から出て行こうとするクリス様を急いで呼び止めた。
「お待ちください、クリス様! このようなことは、おやめ下さい!」
彼は振り返らないまま足を止め、
「これは、君のためだ」
それだけ言うと、部屋から出てドアに鍵をかけた。
私のため? 私のためを思うのなら、手放して欲しかった。クリス様はもう、私の知っている彼ではないのだと思い知った。
私の気持ちなんて、全く考えてくれていない。こんなことをされたら、気持ちが離れていくだけだと気付いていない。
彼が私を、本当に愛しているのかは分からない。
今の状況を考えると、父からの援助が目的ではないかと思えて来る。
私の父は、この国でもっとも力と財力を持つ公爵だ。父の力と、援助金が目的なのかもしれない。
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