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3、味方
しおりを挟む部屋に朝食が運ばれて来た。
メイドは目を合わせることなく、食事をのせたトレイをテーブルの上に置くと、申し訳なさそうに部屋から出て行った。話しかけたけれど、聞こえないふりをしていた。会話してはならないと、クリス様が命じていたのだろう。
料理は、私が好きな物ばかり……
どうしてこんなふうに気配りが出来るのに、肝心なことは分からないのだろうか。
さて、これからどうしよう。
使用人に頼んだ手紙は、クリス様に阻止されたようだ。というより、私が実家に戻ろうとしていることをあの使用人がクリス様に話したのだろう。
この邸の使用人は全員、クリス様が幼い頃から仕えている。私に味方してくれるような人は、居ないということだ。
ドアには鍵をかけられ、窓の外には見張りが二人。逃げ出すのは難しそうだ。
手紙を届けることも出来ない。
この部屋から、出ることも出来ない。
こんな扱いを受けたことで、彼への想いがさらに薄れて行く。愛していたから、苦しかった。その苦しみさえ、薄れて行く。
私には、彼の考えを理解することは出来そうにない。彼の言いなりになるつもりも、全くない。
クリス様は、私を甘く見すぎている。
私は、あなたの思い通りになんかならない。
午後になると、ライラさんとカミルの声が庭から聞こえて来た。庭は広いはずなのに、なぜかその場所ばかり選ぶ。
カミルを見ていると、辛くなる。カミルが悪いわけではない。
クリス様と婚約した時、二人の子供を想像した。幸せな家族……それが、もう叶うことはない。
彼と離婚したとして、私はまた誰かを愛することが出来るのだろうか。
二人の楽しそうな姿を見ていたら、食事が部屋に運ばれて来た。
また、私が好きな物ばかりだ。
メイドは目を合わせることなく、食事を置いてすぐに出て行く。いつまで、こんなことが続くのだろうか。
このまま私を、閉じ込めて置くことは出来ない。侯爵の妻として、社交の集まりには顔を出さなければならないからだ。顔を出さなければ、誰かが異変に気付く。
クリス様に出会うまで、全ての縁談を断って来た。父が権力を持っているからか、幼い私にさえ媚びへつらう貴族達を見てきた。それがトラウマになり、男性に嫌悪感を抱いていたのだ。
そんな私が、あっさりクリス様に騙されてしまったのだから、見る目がなさすぎる。穴があったら……いいえ、穴を掘って閉じこもりたい気分だ。まあ、部屋に閉じ込められているのだけれど……
色々な意味で、クリス様は目立つ。
その隣に私が居なければ、変だと思われるはずだ。それまでは、大人しくしているしかなさそうね。
「……美味しい」
運ばれて来た食事を、一口食べる。
こんな時でも、お腹が空く。
次々に料理を頬張ると、何だか塩っぱい……いつの間にか、涙が溢れ出していた。
どんなに強がっていても、愛する人から裏切られて平気なはずがない。それでも、強くならなければいけない。カミルのために。
夕食の時間、メイドが食事を運んで来た。
毎回、違うメイドが食事を運んで来る。クリス様は、メイドを信用していないのだろう。
「セシル様……申し訳ありません」
今回のメイドは、食事をテーブルに置いたあと、深々と頭を下げて謝って来た。三人目でようやく口を聞いてくれたことに、嬉しさが込み上げてきた。
「頭を上げて。あなたが、謝る必要なんてないわ」
彼女の名前は、アンナ。歳は私とあまり変わらないけれど、幼い頃からダーウィン侯爵家に仕えている。彼女が頭を下げた理由は、ライラさんのことを知っていたのに、私に黙っていたことに対してだろう。
「セシル様は、誰よりも優しくしてくださいました。こんな私のことを、家族だと仰ってくださったのに、セシル様を騙すような真似をしてしまいました……」
私は、バカだ。
最愛の人に騙されていたことで、それを話せなかった使用人まで疑ってしまっていた。主人の言うことは絶対……話すことが出来ずに苦しんでいたアンナの気持ちを、分かってあげられなかった。
「アンナは、何も間違っていない。あなたはただ、メイドとしての仕事をしただけ。主人の命令に背いたら、メイド失格になってしまうもの」
こうして謝ってくれたことが、私にとっては救いだった。他のメイド達や使用人達は、私と目を合わそうともしない。
「私は、メイド失格です。これから、主である旦那様を裏切るのですから。私は、セシル様に忠誠を誓います!」
アンナの目は、本気だった。
そして、全てを話してくれた。
この邸で働く使用人は、ほとんどが孤児院から連れて来た子供達だったそうだ。アンナもその一人で、亡くなったクリス様のご両親も、クリス様も、人として扱って来なかった。そもそも上位貴族は、礼儀作法を学んだ貴族の子を使用人として雇うことが多い。だけど、ダーウィン侯爵邸には貴族の子は一人もいない。
アンナ達は使用人という名の道具として、僅かな賃金でこき使われて来た。使用人に払うお金がもったいないからと、孤児院から子供を引き取り、使用人にして来たということのようだ。
目を合わせなかったメイド達は、クリス様が主人だから従っているのではなく、恐れているのかもしれない。何も知らずに、幸せだと思っていたあの頃の自分を殴りたい。
孤児院の子供達は、養子として迎えるべきなのに、こんなこと許されない。
「何も知らずに、ごめんなさい……」
自分がいかに愚かだったのか、思い知らされた。
椅子から立ち上がり、アンナに頭を下げながら、誠心誠意謝ることしか出来ない。
「セシル様!? そのようなこと、おやめ下さい! セシル様は、私のような使用人に優しくしてくださいました! 家族の居ない私を、家族だと仰ってくださいました! そのように扱われたことは、生まれて初めてで……」
真っ直ぐ私の目を見つめながら、アンナの瞳から涙がこぼれ落ちる。
私は父や母から、使用人は家族だと教わった。主人の為に懸命に働く使用人を、大切に思うのは当然のことだと思って来た。
アンナは……この邸の使用人は、どれほど辛い思いをして来たのだろうか。
クリス様、あなたは……いったいどれほど私を失望させるおつもりなのですか?
離婚するだけでは終われない。
翌朝、珍しくクリス様が自ら食事を運んで来た……と思ったら、
「カミル、今日はセシルと遊びなさい」
そう来るとは思っていなかった……。
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